冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~   作:斉宮 柴野

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今回はわりと家庭回です。
ただし、裏ではろくでもない話が進んでいます。


聖杯は銀行、夕飯は戦争

先に言っておくけれど、私は別に「家庭的な女」という安っぽい看板を首から提げているわけじゃない。

 主演を張り、現場を回し、必要とあらば怪獣にも人類悪にも魔法少女にも変身できる女が、たまたま、ほんの気まぐれのように夕飯を作っているだけだ。そこを「良妻賢母」なんて都合のいい言葉で括られるのは、どうにも舞台を降りたような、負けたような気がして虫唾が走る。

 

 だが、現実問題として、言峰家の慌ただしい夕方は、私がこの油の匂い染み付く台所に立たなければ永遠に幕を下ろさない。

 夫である綺礼は絶対に自分から料理を始めないし、白野は必要なものを必要な時刻のきっちり五秒前に要求してくるし、立香は天使のように可愛いけれど泣き声は容赦なく鼓膜を貫くし、カレンは嫌がらせを人生の潤滑油にして生きているし、アビーは悪意なく話を致命的にややこしくする。

 

 要するに、我が家は毎日が本番なのだ。しかも一発勝負の生舞台。リハーサルなんて生温いものは存在しない。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

風が吹き抜ける高台では、私たちのドタバタ喜劇とはまるで別ジャンルの、血の匂いすら漂いそうなシリアスな映画を撮る気満々の連中が、密やかに言葉を交わしていた。

 

 マリスビリー・アニムスフィア。天体科の君主(ロード)。

あれはもう歩く企画書と呼ぶべきだろう。吐き出す息からすら、真新しい札束の匂いがしそうだった。

 

 その隣に静かに佇むのは、魔術王ソロモン。

 

 役者としての格が、文字通り次元からして違いすぎる。彼がそこに存在しているだけで、周囲の空間の照明が一段階明るく絞られたような錯覚に陥る。ずるい。ああいう天性の存在感を放つ人間が、どの業界にも必ず一人はいるのだ。一言も発さずとも、ただ立っているだけで画面の空気を支配してしまうタイプが。

 

「マリスビリー。君は聖杯に何を願う?この聖杯戦争という舞台が成立したとして、一体何を求めるんだい」

 

ソロモンが、夜の静寂を撫でるような穏やかな声で問いかけた。

 普通ならここで「根源への到達」だの「人類の救済」だの「理想の体現」だの、いかにも魔術師が好みそうな仰々しい単語が飛び出す場面だ。けれど、あの男の思考回路は違う。

 

「まだ言っていなかったかな。『資産』だ。これから私がプロデュースする大事業には、途方もない金がかかるからね」

 

私はこの話を後から聞いて、本気で自分の耳を疑った。資産。夢とか理想とか、そういう見栄えのいい飾りを一切纏わずに、いきなり生々しい予算の話に飛ぶなと言いたい。現実という引力が強すぎる。

 ソロモンもソロモンで、少しだけ呆れたような気配を滲ませながらも、理解の速度が異常に早かった。

 

「つまり、聖杯は融資してくれる銀行というわけか」

 

「現代知識をよく活用してくれるね。しかも、利子はつかないし返済期限もないと来ている。スポンサーとしては最高だ」

 

万能の願望機に対する解釈として、これほど最低で、かつ最高なものがあるだろうか。

 

 聖杯をただの銀行口座扱い。しかも無利子無期限の優良物件。血みどろのロマンをここまで即物的な金融商品に落とし込めるのは、もはや一周回って才能だ。あの男はきっと、どんな神々しい神話を見せられても、真っ先に神殿の維持費と年間収支を計算するタイプに違いない。

 

「そのためには、儀式を成立させるための仕掛けを作らないといけないが……どうする?」

 

「御三家は衛宮を抱き込んで同盟している。身内同士の馴れ合いのようだが、であれば手間は省ける」

 

「前回のサーヴァントも、イレギュラーな形で残留しているようだが」

 

「構わないさ。どのような手でも、六騎のサーヴァントを小聖杯に注げばいい。……小聖杯となる器は、用意できるんだろう?」

 

この男、発想に一切のブレがない。盤上に人間が何人いようが、誰の感情がどう引き裂かれようが、最終的に彼の瞳に映るのは「素材」と「結果」だけだ。超大作映画を力技で回す鬼プロデューサーのようで、同業者としてちょっと嫌いになれない自分がいるのが酷く悔しい。

 ソロモンは短く答える。

 

「大聖杯を見ればね」

 

「なら、まずはそこへのロケハンに向かおうか」

 

ロケハンと言った。今、この男、血塗られた冬木の大聖杯に向かってロケハンと言った。

 だが、ただの笑い話として切り捨てられないのがまた胃が痛くなる要因だ。彼らは本当に、私たちのやかましい日常喜劇の裏側で、途方もなく巨大な舞台の設営を始めようとしている。こちらの低予算コメディをよそに、ハリウッド超大作並みの絶望的な企画を淡々と進めていくのだから、非常にタチが悪い。

 

「君が欲しいのが『資産』だけなら、聖杯は足りるかもしれない。だが、君が本当に必要としているのがその先にあるものなら、足りないかもしれない」

 

「その時は追加で調達するだけだ」

 

 こういう恐ろしい台詞を平然と口にする人間こそが、一番ろくでもない大事件の起点になるのだ。平穏な舞台が音を立てて崩れ去る時というのは、たいてい誰かが、その程度の何気ない台詞を吐き捨てた瞬間なのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

――で、その頃の私は一体何をしているかというと、当然ながら台所で汗を流していた。

 

「うおおおおおおお!!!」

 

我ながら、なぜ重い中華鍋を振るうたびに腹の底から雄叫びが漏れるのかは分からない。だが、燃え盛るコンロの熱気を顔面に受け、カンカンと鉄を打ち鳴らしている時の私は、間違いなく半分くらい戦士の魂を宿している。

 

 本日の献立は、鼻腔を容赦なく殴りつける刺激的な香りの麻婆豆腐、とろみのある中華風スープ、そしてシャキシャキとした歯ごたえを残した野菜炒め。さらに子供たちの舌に合わせた甘口の別皿対応というマルチタスクだ。白野の底なしの胃袋を満たす量、計算しつつ、別々の工程を秒単位で同時進行させていく。控えめに言っても、複雑極まりない舞台進行表(タイムテーブル)を頭の中で処理しているようなものだ。

 

「真樹よ……夕飯はまだかね?」

 

私は振り返らない。振り返る余裕などない。代わりに、背中越しに沸点を突破した苛立ちを叩きつける。

 

「そう思うんなら手伝いなさいよ!!!!私だけじゃなく、あんたもこの舞台の出演者でしょうが!!」

 

のんきにソファに腰を下ろしているのは、我が夫である言峰綺礼。

 正義の味方を堂々と自称し、困っている人がいれば即座に助けに向かい、死徒だか使徒だかよく分からない物騒な連中を喜々としてしばき回るくせに、こと夕飯作りに関してだけは絶対に自分から動こうとしない男だ。役作りが徹底しすぎている。そこだけは悪役の矜持を保ったままでいなさいなんて、一体誰が教えたというのか。

 

 その直後、今度は白野が一切の感情を排した冷静な声で追撃を仕掛けてくる。

 

「お母さん。明日の学校の準備が足りない。卵パック十二個必要なの」

 

「何なのその必要数は!?なんで前日の夜に、そんな大量の小道具を要求してくるのよ!!」

 

「図工と理科と生活科で使う」

 

「合わせても十二はいらないでしょうが!!」

 

「でも予備もいる」

 

「予備を当日の夜に申告するな!!」

 

悲鳴に近い声を上げた直後、今度は足元のベビーサークルの方から、立香の渾身の泣き声がリビング中に響き渡った。

 

「うわーーーーーん!!!」

 

「ああもうっ!おむつ!?おっぱい!!??綺礼!!」

 

「私は正義の味方だ。ゆえに、すでに立香を抱き上げている。だから早く作るのだ、真樹よ」

 

弾かれたように振り返ると、綺礼が漆黒の神父服のまま、立香をふわりと抱き上げていた。しかも、腹立たしいほどに手慣れた動きで背中を叩き、あやしている。顔だけ見れば世界を滅ぼす悪の親玉みたいな愉悦の笑みを浮かべているのに、やっている行動は完全に満点の育児なのだから始末に負えない。

 

「このエセ善人めー!!ギャラ泥棒!!」

 

「善人ではない。正義の味方だ」

 

「意味が分からない理論で返すな!!」

 

「ちなみにおむつは今替えた」

 

「じゃあ先に言ってよ!!」

 

「お前が先に叫んだ」

 

「うっ……!」

 

正論を叩きつけられると弱い。いや弱いけれど、今はそこに構っている場合ではない。

 台所では容赦なく油が跳ねて私の腕を焼き、鍋の中のスープは沸騰し、白野は真顔で卵パック十二個を要求し続け、立香は綺礼の腕の中でぐずぐずと泣きじゃくっている。私の脳みそは、許容量を超えてそろそろ物理的な湯気を吹き出しそうだった。

 

 白野が、無言のまま一枚のメモ用紙を差し出してくる。

 

「理由、書いた」

 

「……見せなさい」

 

そこには几帳面な文字で「学校で使う」「余ったら工作に使う」「余っても何かに使える」と箇条書きにされていた。

 

「最後の一行が雑すぎるわ!!」

 

「でも余ったら使える」

 

「そういう問題じゃないの!そしてまず余らない前提で話して!!」

 

「うん」

 

「返事だけはいいわね!」

 

怒涛の連撃に息をつく間もなく、今度は追い打ちをかけるように玄関の重いドアが開く音がした。

 

「ただいま帰りました」

 

「ただいま。お腹が空いたのだわ」

 

反抗期の権化、言峰カレン。そしてそのサーヴァントであるアビゲイル。ようやく帰還したらしい。

 私は、砂漠でオアシスを見つけたような一筋の希望にすがりつく思いで振り返った。

 

「おかえりなさい。おつかいありがとうね。カレン、卵買ってきたの??」

 

カレンは華奢な靴を脱ぎながら、ふんと冷たく鼻を鳴らすだけだった。

 

「サーヴァントはお腹減らないでしょう〜!!って、ちょっとカレン!卵は!?」

 

「私は権威に敢然と立ち向かう女。継母が命じた過酷な命令なんて聞かない」

 

「アンタ、頼んだら『買ってくる』って言って外に出たんでしょうが!!じゃあ何しに出たのよ!!??」

 

「私は夜の蝶。外に出たのは散歩」

 

「ならなんで買ってくると言ったの!?」

 

「嫌がらせ」

 

「むきーーーーーー!!!」

 

このクソガキ!!

 嫌がらせをするというただそれだけの目的のために、行くと見せかけて行かない。しかも手口が古典的な詐欺と同レベルに悪質だ。一体誰の血を引いたらこんな捻くれた性格になるのか。

 

 反射的に視線を綺礼へと突き刺した。当の綺礼は立香を抱いたまま、微塵も悪びれる様子もなく、すっと知らぬ顔で目を逸らした。お前だよ。絶対にお前のせいだ。

 アビーが隣で、おろおろと困惑したように私とカレンを交互に見比べている。

 

「マスター、卵は買わなかったの?」

 

「ええ。これは反抗期における高度な自己表現です」

 

「そうなんだ……。難しいわ」

 

「難しくない!!ただの性格の悪さよ!!」

 

カレンは涼しい顔のまま、白金色の髪を優雅にかき上げる。

 

「あら、継母。今さら気づいたのですか。遅いですね」

 

「気づいてるわよ最初から!!でも普通ちょっとは丸くなるでしょうが、年齢とともに!!」

 

「丸くなる予定はありません」

 

「高らかに宣言するな!」

 

険悪な空気を切り裂くように、綺礼がぽつりと呟いた。

 

「仕方あるまい。こうなれば、泰山に激辛麻婆の出前を……」

 

「今作ってる最中でしょうが!!勝手に別ロケの弁当を発注するな!!」

 

「継母はやはり悪。人類悪は演技が下手」

 

「なんの関係があるのよ!もう!!」

 

叫びながら、私は乱暴にエプロンのポケットへ手を突っ込んだ。家族という名の共演者が使い物にならないなら、素直に強力なスポンサーの力を使う。一流の女優というのは、そうした見切りと判断が早いものだ。

 

 取り出したのは、手に馴染むガラケー。折りたたみのプラスチックを開く小さな音が、私の闘志に火を点ける。

 短縮ダイヤルを強く押し込む。呼び出し音は数秒も鳴らなかった。

 

「もしもし……王様!お願いします!卵を十二パック分買ってきてください!!」

 

電話の向こう側で、あからさまな沈黙が重く落ちた。そして、いかにも尊大で不機嫌極まりない声が鼓膜を震わせる。

 

『開口一番それか……真樹よ。王たる我にいきなり使いっ走りを頼むとは、万死に値するぞ』

 

「こっちは夕飯時の修羅場なのよ!万死とか言ってる場合じゃないの!」

 

『我は今、極めて重要な――』

 

『マスター、久しぶり。……せっかくだから買っていくよ。ちょうど近くまで来てたんだ』

 

エルキドゥだ。気が利く。完璧に空気が読める。美人秘書としての能力値が高すぎる。

 

『何を勝手な!エルキドゥ!我は今、王としての威厳をだな……』

 

『はいはい。社長、美人秘書の僕がスケジュールを変更しました』

 

この二人の掛け合い、何度耳にしても完成度が高すぎる。

 

冷静に考えれば頭痛がするほどおかしい状況なのだが、悲しいかな、うちの近所ではすでに「そういうもの」として完全に景色へ定着してしまっている。日常への慣れというのは本当に恐ろしい。

 

『おのれ!……ええい、最高級たまごを購入せよ!!我が持っていくものに、安価なものなどあってはならぬ!』

 

「お願いね!どっちかっていうと中身じゃなくて空の『パック』が必要だから、それもよろしく!!」

 

『パック欲しさに我を……ッ!』

 

相手の抗議を待たず、容赦なく通話終了のボタンを押した。電話口の向こうでまだ何か怒鳴っていたような気がするけれど、知ったことではない。あの王様は文句を並べ立てながらも確実に来てくれるし、エルキドゥがその辺の機微を完璧に管理してくれる。これこそが、スポンサーとの確固たる信頼関係というやつだ。

 

一時停止していたフライパンを再びコンロの上で滑らせ、火加減の微調整に戻る。

 だが、私の頭の片隅には、先ほどから小さな棘のように引っかかっている違和感があった。

 カレンの返答が、妙に短いのだ。アビーの纏う空気も、いつもと少し違う。さっきまでの軽薄で意地悪な勝ち誇り方ではない。

 だから私は、油の跳ねる音に紛れさせるように、ごく軽い調子で尋ねた。

 

「で、カレン。外で何があったの?」

 

「いえ……何も」

 

返答が短い。あの子は、平常運転で淀みなく毒を吐き散らしている時の方がまだ心理が読みやすい。本当に核心に触れる何かを抱え込んでいる時は、逆に感情の起伏が平板になる。

 

 私は火から目を離し、娘の横顔を盗み見た。表情はいつも通り冷ややかで、声色もほぼ一定を保っている。

 

この子、外から何かを持ち帰ってきている。

 目に見える形のある物ではない。肌を撫でる夜風の冷たさとは違う、どこか底冷えするような『気配』の残滓。あるいは、重く濁った情報の切れ端のようなもの。

 

 それに、アビーの纏う空気も少し違う。重いというか、深い。外へ出る前よりも、どこか一段階下の、暗く冷たい層に触れて帰ってきたような生々しい感触がある。

 

「そう。じゃあ先に手を洗ってきなさい。ご飯できるから」

 

カレンが、少しだけ警戒するように目を細めた。こちらが何かを察していることは、おそらく彼女にも伝わったはずだ。だが、あの子もその場で感情的に戦うタイプではない。今は一旦黙り、状況を保留すると判断したのだろう。

 

「承知しました、継母」

 

「その呼び方はいつか強制的に矯正してやるからね」

 

「十年失敗し続けているのに?」

 

「うるさい」

 

アビーがそっと私のエプロンの裾を引いた。

 

「真樹」

 

「なに?」

 

「卵、間に合う?」

 

「間に合わせる。世の中には気前のいい金ピカがいるのよ」

 

「すごいわ」

 

「すごいでしょう」

 

そこだけは胸を張って自慢できる。我が家には、文句を言いながらも卵を十二パック届けてくれる王様がいるのだ。字面だけ見れば頭が沸いているとしか思えないが、これが紛れもない現実なのだから受け入れるしかない。

 

数分もしないうちに、本当に玄関のインターホンが鳴り響いた。

 ドアを開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、予想通りの眩しい金ピカだった。

 ギルガメッシュが、まるで他国から奪い取った貴重な戦利品でも献上するような尊大な顔つきで、高級スーパーの分厚い紙袋を二つ提げて立っていた。その隣には、黒のスーツを完璧に着こなしたエルキドゥ。どう見ても凄腕の美人秘書だ。通りすがりの人間が見たら、お忍びの芸能人とその敏腕マネージャーの来訪にしか見えないだろう。

 

「ご苦労様!王様!エルキドゥさん!」

 

「ご苦労だと?貴様、本当に我を使い走りとして扱う胆力だけは天下一品だな」

 

「だってちゃんと持ってきてくれるじゃない」

 

「そこを当然のように言うな!」

 

エルキドゥが、手にした紙袋を軽く持ち上げてみせた。

 

「卵は十二パック。全部割れないように緩衝材も入れてあるよ。パックだけ必要って言ってたから、一応中身も使いやすいものを選んだ」

 

「できる秘書!!!!」

 

「当然だ。社長が無駄に最高級ばかり選ぼうとするから、家庭向けの扱いやすさも加味して調整した」

 

「おのれエルキドゥ!家庭向けとはなんだ!我の選定に文句があるのか!」

 

「あるよ。真樹の家に一個数千円の卵を十二パックも入れたら、卵かけご飯一回で家計簿が破綻する」

 

「そういうところよ!!好き!!」

 

「軽率に好きとか言うな継母。浮気です」

 

背後から、カレンの冷気を孕んだ声が飛んできた。いつの間にか玄関の廊下まで出てきている。空気を読まないどころか、完全に読んだ上で的確に急所を刺しに来ている顔だ。

 

「それは博愛主義的な家族愛の範囲よ!たぶん!」

 

「たぶん、なのですね」

 

「ここで断言すると、後で綺礼が色々と面倒なの!」

 

「ほう。相変わらず騒々しい巣だな。貴様らの家は、一日たりとも静寂というものを知らんのか」

 

「知らないわね。今も夕飯前の修羅場の真っ最中よ」

 

「くだらぬ」

 

「とか言いながらわざわざ来てくれるあたり、王様もだいぶこの家に絆されてるわよね」

 

「誰がだ。勘違いするな。これは我が愉悦の一環だ」

 

「はいはい」

 

 その時、エルキドゥがふと、静かな瞳でカレンを見た。その視線はひどく柔らかいけれど、ただの挨拶ではない。明確な「観察」の目だ。

 

「……何かあったね?」

 

見事な直球だった。私が言葉を濁し、回りくどく探っていたことを、この人はたった一秒で、しかも寸分の狂いもなく言い当てる。

 カレンは少しだけ不快そうに眉を寄せた。けれど、無視して逃げるような真似はしない。

 

「何か、というほどのことでは」

 

「ある時の言い方だよ、それ」

 

「今日はやけに鋭いですね」

 

「今日も、だよ」

 

言葉の応酬は柔らかいのに、カレンには一切の逃げ場が用意されていない。さすがは神代の兵器、対話における圧力(プレッシャー)の掛け方まで超高性能だ。

 

「外で、誰かと会ったのよね?」

 

カレンは沈黙という盾に隠れた。

 代わりに、アビーがおずおずと小さな手を上げる。

 

「きれいな人に会ったの。名前は、マリス。マリス・カルデアス」

 

生活感のある場所で、世界規模の致命的な火種について語り合っているのは、客観的に見てかなり狂った絵面だ。卵パック十二個の重みと、聖杯戦争という非日常の異常事態が、同じ画角の中に平然と収まっているのだから。

 

奥のリビングから、立香の泣き声が再び鼓膜を叩く。私は一瞬にして現実に引き戻された。

 

「とにかく今はご飯よ!エルキドゥさん、王様、入ってく?もうすぐ熱々の麻婆できるし」

 

「遠慮しておくよ。今日は様子を見に来ただけだしね」

 

「我もだ。貴様の家庭の低俗な修羅場に深く関わると、後でろくな脚本にならん」

 

「もうすでに十分すぎるほど関わってるでしょうが」

 

背を向けて去り際、エルキドゥが私にだけ聞こえる小さな声で囁いた。

 

「真樹、気をつけて。今夜の冬木、少し気配が変だ」

 

「……分かってる」

 

「その子たちも、だよ」

 

彼が静かな視線を向ける先には、カレンとアビーがいる。私は短く頷いた。

 

「うん。ちゃんと見てる」

 

ギルガメッシュは、最後まで呆れるほど偉そうだった。

 

「まあいい。万が一つまらぬ事態になったら、我が気分次第で舞台を整えてやらんでもない。感謝して待て」

 

「はいはい、ありがたい大家さん」

 

「誰が大家だ!!」

 

そう威勢よく怒鳴りながらも、金ピカの社長は乱暴にすることなく、きっちりと玄関のドアを閉めて帰っていった。妙なところで律儀な男だ。




ありがとうございました。
今回はかなり日常寄りの空気なのに、気づくとちゃんと危ない話になっている、そんな回を目指していました。
次回もまた見届けていただけたら幸いです。
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