冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
真樹はイリヤの戦場へ向かいますが、そこでは戦闘以上に別方向で過酷な光景が待っていました。
独自設定・ギャグ多め・キャラ崩しを含みますので、問題ない方のみお楽しみください。
【冬木市上空】
黄金の光跡が真っ直ぐに走っている。一見するとロマンチックな流れ星だが、実態は人類最古の英雄王が乗り回す交通機関と化したヴィマーナである。
神話と宗教と特撮が正面衝突したような豪華布陣だが、中身のやり取りはひどく世俗的である。
「で、誰から行くのだ。マキよ」
自分の宝具を配車アプリ感覚で呼び出された挙句、運転手まで押し付けられれば、王でなくとも文句の一つは言いたくなるだろう。
だが、真樹にとっては日常茶飯事だ。この王様は文句を言いながらも結局は最後まで付き合ってくれる。便利と言ってしまうと怒られるが、便利なものは便利なのだから仕方がない。
一か所なら話は早い。だが今夜は、深夜のテンションに当てられたのか、妙にやる気に満ちている。衛宮邸、遠坂邸、新都、間桐邸、郊外。反応が多重に重なり、街全体がパニック映画のセットと化している。
「士郎君のところにはアルトリアちゃんと新人のセイバーがいるし、桜ちゃんはビースト付きだから、あの二か所は心配してないわ。なので、それ以外の三か所に行きます。配分は……」
「イリヤちゃんのところには私が。新都で襲われてる慎二君のところには王様が。そして遠坂邸の凛ちゃんのところには綺礼が向かって」
「承知した」
綺礼の顔はしれっとしたまま、続く言葉は完全に被害者ぶっていた。
「しかし真樹よ。私のようなただの代行者では、英霊相手の戦闘は少々荷が重いのだが」
「何言ってるの。ついこの前、死徒とガチでやり合って素手でボコボコにしてたじゃない。いまさら『ただの代行者』みたいな顔しても遅いわよ」
「…………」
「しかも最後、ちょっと楽しかっただろうなみたいな顔してたし」
「…………言いがかりだ」
「言いがかりじゃないのよ。妻は見てるの」
綺礼は沈黙を選択した。
非力な聖職者を装うには、相手が悪すぎる。過去の戦闘歴から戦闘中の微細な表情の変化まで、すべてを把握している妻が隣にいるのだ。結婚というシステムがもたらす、残酷なまでの情報開示である。
「我をあのワカメ頭の救援に行かせるだと?ふざけるな。なぜ王たる我がそのような端役のために動かねばならん」
「いいじゃないですか、慎二君のところ」
「よくない」
「でもあの子、リアクション芸だけは一級品ですよ。襲われてたら絶対すごく面白いです」
「それに相手のサーヴァントが強ければ強いほど、王様の見せ場になりますし」
「……ふん」
不愉快そうな口調とは裏腹に、口角は微かに上がっている。褒められたいのか、適当に扱われたいのか判断に迷う王様だが、少なくとも退屈よりは騒動を好む性質だ。
「王様には、こういう時に雑に投入されて戦場を全部ひっくり返してほしいのよ。大家さん兼スポンサー兼最終兵器として」
「肩書きが雑に増えていくな……」
「便利」
「また言ったな」
それでも拒絶はしない。悪くないと判断したらしい。
「まあよい。この退屈な夜の暇潰し程度にはなるだろう」
「よし、決まりね!みんな気をつけてね!特に綺礼、怪我したら夕飯抜きだからね!」
「善処しよう」
「善処じゃなくて無傷で帰ってきなさいよ」
「難しい要求だ」
「じゃ、私はイリヤちゃんのところに行くわ」
「うむ。さっさと行け」
「綺礼、遠坂邸の方よろしく」
「任せろ」
「王様、新都の慎二君もお願い」
「貴様、最後まで他人に対する態度が軽いな」
「親しみよ親しみ」
「シンジに?」
「慎二君に」
「理解できん」
ヴィマーナが三方向へ降下するための微調整に入る。
「マキ」
「なに?」
「……イリヤスフィールの戦場では、あまり最初から手札を晒すなよ」
「なんで?」
「必要なことだ」
「わかりました。王様」
◇◇
自然の姿はどこへやら。木々はへし折れ、地面は抉れ、もはや「森」というより「木が少し残っているだけの採石場」である。
その中心で、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン・衛宮は半泣きになっていた。
命の危機が迫っているのは確かだが、彼女を泣かせている原因はそれだけではない。
「シュナイデン!!」
「モルゴース!!」
ステッキが放つ眩い光と、雷の魔術。二つの破壊の奔流が一直線に重なり、暴力的な質量を誇る狂戦士へと叩き込まれる。
爆音、土煙、揺れる木々。
エフェクトだけ見れば完全な勝利確定演出だ。
だが、煙が晴れた瞬間に現れた光景が、イリヤの心を粉砕する。
「■■■■■■■■■!!!!」
赤銅色の筋肉を誇示し、斧剣を振るう狂戦士。
無傷だった。
ダメージを受けた形跡すらない。最初から何も効いていないかのように、ただそこにある暴力の塊として立っている。
「嘘でしょ……!全然効いてないじゃない!!」
星型のステッキを握り締め、フリルとリボンにまみれた魔法少女衣装を纏った十九歳の女子大生が声を張り上げる。
可愛らしい衣装と、現実の年齢。その致命的なギャップが、彼女の精神的ヒットポイントを継続的に削り取っていた。
「くっ……大学生になってまで魔法少女をやるハメになるなんて思わないじゃない……!しかも敵がこんなのとか、羞恥心と難易度のバランスがおかしいわよ!!」
「これはいけませんねえ、イリヤさん。敵の宝具は極めて強力、常軌を逸した防御力を誇っているようです。ルビーちゃん、思わず解説役に回りたくなっちゃいますぅ」
「回ってるのよ!!もう十分回ってる!!解説してる暇があったら何とかして!!この格好、クロや美遊に見られたら一生言われるんだから!!」
「大丈夫ですよ。見られた時には、たぶんもっとひどい展開になってるので、そっちが話題になります!」
「慰めになってないよね?」
隣に立つモルガンは、マスターのフリフリ衣装を完全に視界から除外している。触れたら負けだという大人の対応である。
「どうやら、Bランク以下の攻撃は通用しないようですね」
「Bランク以下無効!?なにそれ!!真面目に理不尽じゃない!!」
「ええ、かなり理不尽です」
「そんな平然としないでよ!」
「ですが、理不尽だからといって敵が待ってくれるわけではありません。強力な一撃で、その命を削り取るしかないでしょう」
「簡単に言うなあ……!」
チート級の防御力に怪力。聖杯戦争のバランス調整はどうなっているのかと、イリヤは運営にクレームを入れたくなった。
だが、やるしかない。この羞恥プレイを長引かせる方が精神的リスクが高い。
「限定展開(インクルード)、バーサーカー!!」
華奢な腕に、英霊の暴力的な概念が上書きされる。フリフリのスカートとヘラクレス系武装のミスマッチは、もはや神秘ではなく放送事故だ。
だが、そんなことを言っている余裕はない。
「いっけええええええ!!」
「射殺す百頭(ナインライブズ)!!」
神速の九連撃が狂戦士を捉え、その質量ごと粉砕した。
轟音が響き、敵が沈む。
「はぁっ……はぁっ……!や、やった……!」
魔力を大幅に削られながらも、イリヤの顔に安堵が広がる。
「よし……!これでようやく着替えられる……!早く普通の服になりたい……!」
「マスター、油断しない」
イリヤの視界で、粉々になったはずの肉体がビデオの逆再生のように修復されていく。
「■■■■■■■!!!!!!」
死んだはずの狂戦士が、先ほどよりも強い殺意を纏って復活した。
どういう仕様だ。クレーム対応の斜め上を行く悪辣なアップデートである。
「なに、それ……!?倒したはずなのに……!」
「おそらく一度死んだ攻撃への耐性を獲得します。厄介ですね」
「厄介で済ませるレベルじゃないのよ!!」
振り下ろされる斧剣。
回避は不可能。モルガンの障壁も間に合わない。
死を覚悟した瞬間、イリヤの脳裏をよぎったのは『こんな格好のまま死ぬの最悪』という羞恥心だった。
「我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッレ)!!」
凛とした声とともに、光の結界が展開される。
一撃を真っ向から受け止め、あっさりと弾き返した。
「危ない危ない。間に合ってよかったわ」
白銀の甲冑を纏った救世主、真樹がそこに立っていた。
「真樹さん!!」
「助かった……!真樹さん、ありがとう!本っ当に助かった……!」
駆け寄ろうとするイリヤ。
しかし、真樹の視線がイリヤを頭の先から足元までなめ回すように動き――そして、完全に真顔になった。
「イリヤちゃん……その格好……」
「あっ……!」
慌ててフリルを押さえ、ステッキを隠そうとするが、すべてが手遅れだ。
「見ないで!!恥ずかしいから見ないで!これは不可抗力なの!!ルビーが勝手にこういう方向に寄せてくるのよ!!私だって好きで魔法少女やってるわけじゃないんだから!!」
だが、聖女は一切の容赦なく、トドメの言葉を放った。
「十九歳の魔法少女……これほど痛かったなんて……。見てるこっちが共感性羞恥で死にそうよ」
「うわああああん!!言わないでえええええ!!!」
狂戦士の斧よりも鋭い、精神へのクリティカルヒット。十九歳女子大生にとって、これ以上の致命傷はない。
「出ましたね、救援直後の容赦ないツッコミ!さすが真樹さん、期待を裏切りません!」
「誰もそんな期待してない!!」
「ルビーも黙りなさい!というかあんた、戦闘より今の方が元気あるじゃない!」
「それどころじゃないのよ!心が死ぬの!!」
しゃがみ込みたい衝動。しかし目の前には空気を読まない狂戦士がいる。うずくまる自由すら奪われた過酷な戦場である。
「ルビー、なんとか言いなさいよ!これを選んだの、半分くらいあんたの責任でしょう!?」
「半分どころか七割くらいルビーちゃんの趣味ですが、でも見てくださいこの完成度。夜の森にきらめくフリル、月光に映えるリボン、戦場に舞う痛々しいまでの可憐さ!これはもう一種の芸術ですよ!」
「芸術で人が救われるか!!」
「少なくとも視線は集まります!」
「いらないわよそんな集客力!!」
「なるほどねえ……。イリヤちゃん本人の趣味じゃないのは分かったわ」
「ほんとよ!?そこは信じて!?」
「信じる。だって本人の趣味だったら、もう少し開き直った顔してるもの」
「どういう分析なの!?」
「女性はね、本気で好きで着てる服と、事故で着せられてる服とで、怒りの方向が違うのよ」
「説得力あるのがやだ……」
モルガンが無慈悲な事実を投下する。
「なお、マスターは出撃前に『せめてもう少し布地が多いものはないのか』と五回は確認していました」
「言わなくていい!!」
「事実です」
「だからその事実で追い詰めるのやめてってば!!」
漫才のようなやり取りを、狂戦士が物理的な破壊音で遮る。空気を読む知性など、彼には備わっていない。
「で、今まで何回殺したの?」
「一回……。でも蘇った」
「限定展開の負担は?」
「重い!かなり重い!もう一発やるにしても、タイミングと魔力と気合いが必要!」
「気合いをリソースに入れるあたり、イリヤちゃんもなかなか体育会系になってきたわね」
「好きでなってないわよ!!」
狂戦士が再び攻撃のモーションに入る。
「宝具で一撃は防げる。でも、連打されたらさすがに分が悪いわね」
「つまりどうするの?」
「どうするも何も、止めるのよ」
「どうやって!?」
「そこはこれから考えるの」
「来てから考えるタイプ!?」
「舞台は生ものなんだから、現場でのアドリブが大事なのよ」
「要するにノープランじゃない!!」
「いえ、完全な無策でもないのでしょう。マキ、貴女の宝具は防御向き。時間は作れる」
「ええ。だからその時間で、イリヤちゃんに二発目を打ち込んでもらう」
「二発目ぇ!?私いま一発で魂が半分くらい飛んでるんだけど!?」
「でもやるでしょ?」
「……やるわよ!やるしかないでしょ!」
「その返事ができるなら十分よ」
「それにしても、ほんと痛いわね……十九歳の魔法少女……」
「まだ言うのーーーーー!!!!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回はイリヤ救援回でした。敵は強いですが、それ以上に十九歳魔法少女という現実がイリヤの心を削っています。
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