冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
【冬木市郊外の森】
「で、あれはどこの英霊かしら?」
つい先ほどまで狂戦士の必殺の一撃を防いでいた緊張感はゼロである。
「わからないわ。でも、モルガンが神に連なるものだって……」
イリヤがスカートを押さえながら答える。敵への警戒と衣装への羞恥心がブレンドされ、ひどく複雑な精神状態にある女子大生だ。
「イリヤさんの心拍数、敵の攻撃時よりも衣装を見られた時の方が上がっていますね。これはもう、バーサーカーより真樹さんの視線の方が強敵ということでよろしいでしょうか」
「よろしくないわよ!黙ってて!」
「乙女心は複雑ですねえ。ルビーちゃん、感動しました」
「感動するなら少しは配慮して!」
モルガンは極めて涼しい顔をしている。マスターの痛々しい衣装には絶対に触れないという鋼の意志を感じる。
「この神性は、理性を失ったバーサーカーの状態でもはっきりと伝わります。しかし、この狂気は……哀れなものですね。神に連なるものが、自分の名も誇りも失い、ただ暴力として立っている」
「神に連なるもの……」
狂戦士を観察するその脳内で、何かが音を立てた。
「でも、モルガンだってバーサーカークラスで呼ばれたんでしょう?」
「…………」
イリヤは嫌な予感に身を固くした。真樹の分析ターンが明後日の方向へ飛ぶのは、もはや恒例行事である。
「私は理性を保っています。あの獣と同列に扱わないでください」
「でもバーサーカーはバーサーカーでしょう?同じクラスの先輩として、何か感じるものとかないの?」
「ありません」
「冷たい!」
「当然です。そもそも貴女は何なのですか。マスターの知り合いだと分かるので攻撃はしませんが、ずいぶん無礼ですね。ジャンヌ・ダルクを名乗るには、いろいろと条件が足りないように見えます」
「条件?」
自分では完璧な聖女オーラを放っているつもりらしい。
モルガンはその根拠なき自信を、冷徹な視線で一刀両断にした。
「まず年齢」
「なっ」
「聖女というより、生活感のある既婚女性です。さらに魔力の匂いに出産の跡が混じります。処女が条件の聖女とは程遠い。いわば、聖非処女です」
「むきーーーーー!!!!」
イリヤが口を覆い、マジカルルビーが歓喜に震える。
「出ました、聖非処女!これはパワーワードですねえ。ルビーちゃんの用語辞典に登録します!」
「登録しないで!そんな辞書、子供に見せられないでしょうが!」
「真樹さんのお子様方なら耐性ありそうですが」
「あるかもしれないけど、でもでもでも!!!」
「あんたなんか!あんたなんか!私よりたくさんの子持ちのくせに!!」
「それが何の関係があるのですか。聖非処女」
「ぐはっ!」
言葉の暴力。宝具よりも的確に急所を抉るモルガンの話術に、真樹がよろめく。
「ちょっと二人とも!今は敵が目の前にいるんだから、そこまで低次元な舌戦をしないで!」
「低次元ではありません。これは聖女を名乗る者に対する資格確認です」
「私は綺礼さんと結婚して子供もいるけど、精神性は聖女なの!」
「いま自分で条件をかなり破壊しましたね」
「うるさい!」
この間、狂戦士はただ唸っているだけである。
目の前で繰り広げられるあまりにも次元の低い言い争いに、理性を失ってすら「今ここで暴れるのはどうなのか」と戸惑っているように見える。
空気の読めないバーサーカーの動きすら止める、ある意味で恐ろしい空間掌握力だ。
「と、まあ、じゃれ合いはこれくらいにして」
「今の、じゃれ合いだったの!?」
「そうだったのですか?」
「そうなの!いい?重要なのはそんなことじゃないわ。私は、あのバーサーカーの真名がわかったのよ!」
名探偵のような迫力と自信。ただし、名探偵の推理が常に正しいとは限らないのがこの世界である。
「えーーーー!?本当に!?」
「ほう。貴女が?」
モルガンすらわずかに興味を惹かれた。真樹の根拠のない自信には、人を巻き込む謎の引力がある。
「ええ。よく聞きなさい。まず鋼のような肉体。神に連なるもの。そしてイリヤちゃん、さっきあの筋肉の塊はBランク以下の攻撃を無効にして、死んでも蘇ったのよね?」
「う、うん。たしかに一回完全に倒したはずなのに、傷が治って復活したわ」
「どんな攻撃にも耐える強靭な体躯。そして死からの復活。これらの要素を総合すると、候補は歴史上、一人しかいないわ」
たっぷりとした間を取る。
ルビーだけが「盛り上がってまいりました」と実況を挟む。
「北欧神話における光の神!オーディンの息子!バルドルよ!!」
しかし、ここで予期せぬ反応を示したのはモルガンだった。
「な……神霊ですって……!?」
それを見たイリヤも「え、本当にそうなのかも」と錯覚し始める。真樹はさらにアクセルを踏み込む。
「そうよ!神霊そのものではなく分霊、あるいはサーヴァント化できるように格を落とした存在ね。母フリッグにあらゆる物は彼を傷つけないと誓わせた無敵の逸話!そしてラグナロクの後に死から復活する逸話!それらが合わさった宝具に違いないわ!」
「そ、そうだったのね……!私、てっきりヘラクレスかもって一瞬思ったんだけど……」
「ヘラクレスなら蘇ったりしないわ!そんな逸話はないでしょう?」
「えっ、そうなの?」
「そうよ!それにヘラクレスなら弓を持ってくるはずよ!生前の彼は弓の達人でしょう?あの得物を見てみなさい。どう見ても弓じゃない!」
「た、確かに……!」
素直に納得するイリヤ。
納得してはいけない。狂戦士クラスなら弓を持たないなどザラである。だが、勢いのある大人に断言されると、流されてしまうのが十九歳の悲しい性だ。
「神性の格、無敵の逸話、復活……たしかに筋は通ります。サーヴァントとして召喚されるには規格外ですが、何らかの不正な召喚、あるいは聖杯の異常による神霊の投影だとすれば……」
「でしょう!?」
「しかし、バルドルがこのような体躯で、斧剣を振るうという伝承は」
「召喚時のクラス補正よ!バーサーカーにされたせいで膨らんでるの!」
「なるほど」
「納得しちゃった!?」
モルガンすら丸め込まれた。冷徹な女王の意外なチョロさである。
「つまり、あの敵の本質は暴力ではなく光!無敵!蘇生!神話の弱点!そう、これは単なる力比べじゃないわ。知識で勝つタイプのボスなのよ!」
「ボス扱いなのですね」
「ボスよ。しかも初見殺しタイプ。ギミックを解かないとダメージが通らないの」
「ゲーム的ですねえ」
「じゃあ、そのギミックって……」
「バルドルなら明確な弱点があるわ。神話の通り、ヤドリギよ!!」
その瞬間、狂戦士が不自然に動きを止めた。
赤黒い魔力が減衰し、斧剣を下段に下げる。
「見なさい、怯んだわ!!」
「図星を突かれて動揺しているのよ!弱点がヤドリギだとバレたから!理性を失っていても、戦士としての知性は失っていないのかも……!流石は神霊、バルドルね!」
「■■■■…………」
狂戦士の唸り声は、否定か、困惑か、ただの帰宅願望か。
「すごい……本当に効いてるみたい!」
「ええ。心理戦もまた戦いよ」
「ならば、ヤドリギはこの森にありますか。あれば即席の槍か矢に加工できます」
「そこなのよ。私、植物は詳しくないの」
「自信満々に弱点を提示しておいて、現物がわからないのですか」
「知識パートと採取パートは別なの!」
「都合の良い分業ですね」
「ルビー!検索機能とかないの!?」
「ピロリン☆お任せください!カレイドステッキに不可能はありません。たぶん」
「えー、ヤドリギとは樹木に寄生する常緑植物で、木の上に丸い緑の玉みたいに見えることが多いです。つまり、あそこにある緑のモコモコがそれですね。ルビーちゃん賢い!役に立つ!褒めてください!」
「あった!!」
魔法少女の姿で枝上の緑の塊を目指して走り出す。シュール極まりない光景だ。
それを見つめる狂戦士は、追撃の構えすら見せない。むしろ、じりじりと後退を始めていた。
「■■……………」
「見て!逃げ腰よ!」
「ええ。弱点を突かれる恐れを認識しています」
「バルドル、やはり侮れないわね。自分が不利と見るや距離を取る判断力……神霊の格を感じるわ」
「イリヤさん、頑張ってください!十九歳の魔法少女が木登りをする姿、なかなかレアですよ!」
「黙って!スカートの中のアングルに気をつけて!」
「安心してください。ルビーちゃんは全年齢対応の良識あるステッキです」
「どの口が言うのよ!!」
「さあ、かかってきなさい、光の神!こちらにはもう弱点の目星がついているわ!」
「■■…………」
狂戦士はさらに後退する。
真樹のトンチキな挑発に応じることなく、その体躯はゆっくりと森の闇へ溶けていく。
「……逃げる気ね」
「そのようです」
「追う?」
「マスターがヤドリギを手に入れるまでは無理に追うべきではありません」
「それもそうね。ここは敵の撤退を許して、こちらは対策を完成させましょう。勝ち筋が見えた以上、次で仕留める」
かくして、大英雄ヘラクレスは背を向けて去っていった。
戦場の尊厳を守るための、極めて消極的かつ賢明な撤退である。
「あっ!あったよー!これでしょヤドリギ!」
「よくやったわ、イリヤちゃん!」
「これです。流石はマスター」
「やった!これで勝てるのね!」
「ええ。これで槍か矢を作って持っておきましょう。そうすれば、またあの光の神が襲ってきても大丈夫よ!」
「この素材に神話的な意味を付与すれば、概念武装として成立する可能性があります。即席ではありますが、備えとしては悪くありません」
「すごい……。真樹さん、さすがです!」
「ふふん。聖女はただ殴るだけじゃないのよ。知性と機転と度胸で戦うものなの」
「聖非処女ですが」
「モルガン、次それ言ったら綺礼さんに言いつけるわよ!」
「貴女の夫に言いつけて、私に何の不利益が?」
「……たぶんない!」
「では脅しになりませんね」
「それで、このヤドリギ、具体的にはどう加工するの?」
「まず棒にします」
「雑!!」
「素材としての形状は大事よ。槍でも矢でも、相手を傷つける形にしないと弱点として機能しないでしょう?」
「それはまあ、そうかもしれないけど」
「そして名前をつけるの。『対光神特攻ヤドリギアロー』とか」
「急に安っぽくなったわ!!」
「では『滅神の宿木』あたりで」
「モルガンが名前つけると急に物騒!」
ただの植物の塊が、モルガンの魔力付与によっていかにもなクエストアイテムへと昇華される。
「いいわね。これなら舞台映えするわ」
「舞台映えより実戦性能が重要です」
「実戦性能も舞台映えも両方大事よ。勝っても絵面が地味だと伝説にならないんだから」
「今の戦いを伝説として残す気なの?」
「もちろん。バルドルを知略で退けた聖女と魔法少女と冬の女王の一夜。語り継げるわ」
「お願いだから語り継がないで!!」
衛宮家での報告会を想像しただけで胃に穴が開きそうである。
「でも、帰ったら報告しないといけないわよね……」
「衛宮家に?」
「うん。切嗣とか母様とか、たぶん士郎にも……。あとアルトリアも聞くわよね」
アルトリアの困惑顔、胃を押さえる士郎、面白がるアイリ、無言の切嗣、そしてクロエの執拗なからかい。鮮明すぎる未来予想図にイリヤが涙目になる。
「絶対にクロには言わないで」
「無理では?ルビーがいます」
「そうだった!!」
「ルビー!今日の映像は絶対に誰にも見せないで!いい!?これはマスター命令よ!」
「了解です!では映像データは『公開用』ではなく『保存用』に分類しますね」
「消しなさいって言ってるの!!」
「大切な思い出を消すなんて、ルビーちゃんにはできません」
「思い出じゃなくて証拠よ!」
「イリヤちゃん、大丈夫よ。十年もすれば、今日のことも笑い話になるわ」
「十年後でも嫌よ!」
「私は十年前の魔法少女衣装、いま思い出すとまあまあ笑えるわ」
「本人が笑える段階まで行くのに十年かかるんじゃない!」
「そうとも言う」
「では皆さん、今回の作戦名は『光の神撃退作戦・ヤドリギを添えて』でいかがでしょう」
「却下」
「では『聖非処女の名推理』」
「絶対却下!!」
「ルビー、それを外で言ったら分解するからね」
「ひええ、聖女の笑顔が怖いです!」
夜はまだ終わらない。遠くで弾ける別の魔力に、真樹の纏う空気がわずかに引き締まる。
「行くわ。イリヤちゃん、無理しないで」
「うん。真樹さんも気をつけて」
「ええ」
光を広げながら飛び立つ聖女。後には魔法少女と冬の女王、そしてうさんくさい植物だけが残された。
「……これ、本当に効くのかな」
「効くかもしれませんし、効かないかもしれません」
森に静寂が戻る。ヘラクレスはどこかで魂を休めていることだろう。彼にも休む権利はある。
「……ルビー、まさか録画とかしてないわよね?」
「…………」
「今の沈黙なに?」
「さて、次の戦場に向かいましょうか!」
「消しなさーーーい!!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
敵の正体を見抜くことは戦いにおいて重要です。
ただし、その推理が正しいとは限りません。
イリヤとモルガンがどこまで真樹に付き合うのか、そしてルビーの録画データが今後どう使われるのか、温かく見守っていただければ幸いです。