冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
力では敵わない慎二が、生き残るためにあらゆる小細工を駆使して円卓の騎士へ挑みます。
独自設定・キャラ崩し・ギャグを含みますので、問題ない方のみお楽しみください。
【冬木市・住宅街】
白銀の鎧を纏うランスロットが、アロンダイトを振るう。その刃は夜気を裂き、路面の小石を跳ね上げ、剣筋だけで空気を軋ませていた。対するガウェインは、黄金と白を帯びた鎧を揺らし、ガラティーンを大上段から叩き込む。肌を焦がす熱を伴う魔力が刃にまとわりつき、ただの斬撃が小規模な災害となって吹き荒れる。
二つの剣がぶつかるたび、轟音とともにアスファルトにひびが走る。
塀が震え、街路樹の葉がざわめき、慎二の心臓は今にも肋骨を突き破りそうなほど暴れていた。
「はっ!なにゆえ、貴卿がここにいる、ランスロット卿!」
迫る剣筋の重さは微塵も揺るがない。動揺したなら少しは手元が狂ってくれてもいいものをいっさいの妥協を許さない。
肺を焼くような焦燥の中、ランスロットが刃の重圧を滑らせるように受け流す。
「こちらの台詞です、ガウェイン卿。なぜ貴方が、この冬木にいる。なぜ私の主を狙う」
「貴方達の存在は、世界にまだ赦されていない」
「赦されていない、だと?」
「それに答える義務はありません」
ガウェインが踏み込む。ガラティーンが太陽の刃になって振り下ろされる。ランスロットはアロンダイトを横に構え、その一撃を真正面から受け止める。
地面が沈む。ランスロットの両足が路面に食い込み、砕けたアスファルトが散弾のように周囲へ散る。
普通の人間なら、余波だけで肉体が壊れる距離だ。
「おいおいおい!ここ住宅街なんだけど!?修繕費どころか町内会レベルで問題になるやつだぞ!!」
足はすっかり逃げの姿勢に入っているが、ただ絶望に竦んでいるわけではない。
胸に抱えた魔道書から、紫の魔力が滲み出ている。桜から託された、偽臣の書。
彼自身に魔術師としての才能は皆無に等しい。誰よりも自分が一番それを理解している。だが、魔術以外の頭の回転、現場での状況判断、逃げ足、そして生存本能だけは研ぎ澄まされていた。
今も偽臣の書を通して人払いの結界を展開している。口では文句を垂れ流しつつ、やるべきことはやっているのだ。
褒められれば三日は調子に乗る性質なので誰も口には出さないが、そのしたたかさは間違いなく彼の武器だった。
「くそっ、何なんだよ、また僕かよ!桜はビーストと!衛宮は時計塔帰り?遠坂は昔から遠坂、イリヤさんはあの調子で僕を見てくるし、どうして僕だけ!」
ページを繰る。すると余白に、見慣れた丸文字が浮かび上がった。
『この偽臣の書には、雑魚な兄さんが少しでも長く生き残れたら良いなーと思う魔術が色々と込められています』
「そうか。雑魚か。僕は雑魚なのか。くそが!」
『魔力切れは心配しないでください。私とこの書はパスがつながっています。つまり、兄さんが何を話しているか全部わかるってことなので、悪口を言ったらお仕置きです』
「怖い怖い怖い!前置きが長いんだよ!説明が始まらないじゃないか!絶対いらないだろ!」
『せっかちですね。最初のページを読み飛ばすと死にますよ』
「死にますよじゃない!もう死にそうなんだよ!」
だが、書かれている内容自体は極めて実用的だ。
虚数の影による簡易拘束。
局所的な足場変化。
小規模な落石。
水流。
泥化。
防御膜。
桜の魔力を使えばもっと大規模に展開できるはずだが、慎二を通すため、あえて出力が抑えられているのだ。
言い換えるなら、彼が扱っても絶対に自滅しないよう、安全装置が組み込まれている。
「ランスロット!できる限りサポートはしてやる!だから僕を守れえええええ!あと民家を壊すな!言峰夫婦に賠償請求されたら、僕の人生が終わる!」
「はっ。まずは開けた場所へ誘導いたしましょう」
純白の騎士が、主を庇うように立ち塞がる。
その護衛対象が慎二という現実に運命の悪意を感じなくもないが、騎士は主を選ばない。
「逃がすとお思いですか!」
慎二も走る。偽臣の書を開いたまま駆ける。
息は上がるし、足はもつれそうになるし、何なら今すぐ家に帰りたい。だが帰ったところで桜に「兄さん、逃げたんですか?」とやんわり微笑まれる未来が見える。
あれは死より少しだけ軽い程度の地獄だ。
「くそっ、やるしかない!そこで虚数の落とし穴!」
ガウェインの踏み込み先に、黒い穴が開く。直径三十センチ、深さ三十センチ。子供が砂場で作る悪戯より少し真面目なくらいの規模だ。
普通なら、英雄相手に何の意味もない。
しかし、最高速度で踏み込む騎士の足元に、窪みが現れるという事象は話が別だ。
「のわっ!?」
完全に転倒するわけではない。
だが、そのコンマ数秒の乱れをランスロットは見逃さなかった。
アロンダイトが横から入り込み、ガラティーンの軌道を強引に外へ押し流す。
道路を真っ二つに切り裂くはずだった太陽の一撃が、民家の塀すれすれで虚空を切った。
「今だ!右へ走るぞ!」
「承知!」
「待ちなさい!そのような小細工で騎士の足を止めるとは!」
偽臣の書に新しい文字が浮かぶ。
『兄さん、今のは意外と良かったです。小物らしい陰湿さが出ていました』
「褒めてるのか貶してるのか、せめてどっちかにしろよ!」
汗ばむ指でページを乱暴に繰り、次なる術式を叩きつける。
「次!落石!落石!あと水!」
落ちてくるのは直径十センチほどの石ころ。だが神秘を帯びているせいで無視はできず、コツン、コツンと鎧や顔を叩く音が、地味に神経を削っていく。
さらに細い水流が真横から飛び出し、ガウェインの顔面を濡らした。
「っ、何事ですか!水鉄砲……いや、神秘を纏っている!?わぷっ!」
むせる円卓の騎士。
威力は皆無に近い。しかし不快感は想像を絶する。
慎二は走りながら、確かな手応えを感じていた。
「見ろ、ランスロット!僕の魔術、意外と役に立つだろ!」
「はい。騎士の戦闘呼吸を乱すには十分な妨害です」
「そうだろ!僕はやればできるんだよ!」
『兄さんは自分で戦わない方向だと本当に冴えますね』
「一言余計なんだよ桜!」
ガウェインのフラストレーションは、慎二の想像以上の速度で臨界点へ向かっていた。
落とし穴。石ころ。水鉄砲。足元の泥化。路肩から飛び出す低い虚数の影。
ひとつひとつは笑えるほどに些末だが、すべてが絶妙に不快なタイミングで飛んでくる。
剣を振るう瞬間に足裏の感覚が狂う。
踏み込む前に泥が跳ねる。
視界に水飛沫が入る。
「貴方という人は……!このような、騎士道にもとる手段を!」
「こっちは騎士じゃないんだよ!一般人が騎士道に従ってたまるか!」
本人が胸を張るほど格好よくはないが、生存戦略としては完璧な最適解である。
◇◇
息を切らして駆け込んだ先は、開けた土地だった。
周囲に民家の影はなく、足裏には土と砂利のざらついた感触がある。
少なくとも、これ以上道路や家屋を巻き込んで賠償請求に怯える必要はなくなった。
「はあ……はあ……!ここなら誰もいないぞ!」
「慎二様。お見事な指揮でした」
「当然だ!僕は天才なんだからな!」
肯定の言葉を与えられれば、慎二の自尊心は面白いように膨張する。
そこへ、遅れて追いついてきたガウェインが足を踏み入れた。
その有様は、黄金の輝きからはほど遠い。金の髪は泥と埃で乱れ、白き鎧には無数の石の弾痕と泥水の筋がこびりついている。
「…………ここまでコケにされたのは初めてです」
やりすぎたかもしれない。そう後悔した瞬間、ガウェインの肉体がすっと霊体化し、瞬きする間もなく再実体化した。
泥も埃も消え去り、鎧と髪は完璧な輝きを取り戻している。
「おい!今、汚れ落とすためだけに一瞬消えただろ!いや便利だなサーヴァント!」
「身だしなみは騎士の礼です。侮辱を受けても、汚れを残す理由にはなりません」
「絶対ちょっと悔しかっただろ!」
「黙りなさい。貴方のような小賢しい者に、騎士の誇りをこれ以上汚されるわけにはいきません」
ガウェインの魔力が、空き地の空気を沸騰させる。
ガラティーンが光を纏い、夜の闇を暴力的な明るさで塗り潰す。
「おいおい、さっきのはセコいけど攻撃力はほぼゼロだっただろ!それで宝具まで持ち出すの、大人げなくないか!?」
「消えなさい。転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)!」
剣身から太陽の炎が吹き上がる。
ランスロットは立ち塞がり、両手でアロンダイトを構えた。白銀の装甲を、青い光の帯が駆け巡る。
「縛鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)」
湖の光が溢れ出す。青と白の輝きが激流となって渦を巻き、ガウェインの放つ黄金の熱量に真っ向からぶつかる。
「いや、待て待て待て!僕、ここにいるんだけど!?サーヴァント同士で勝手に盛り上がるな!!」
『兄さん、低姿勢で伏せてください。あと口を閉じると生存率が上がります』
「無理だ!口を閉じたら僕が僕じゃなくなる!」
『それはそうですね』
次の瞬間、極光と極光が激突した。
這いつくばろうとするよりも先に、物理法則が慎二を捉える。
体が軽い。
絶望するほど、自分の肉体が羽虫のように軽く感じられた。
木の葉のように宙へ舞い上がり、そのまま真っ暗な夜空へと放り出される。足元の地面が急速に遠ざかり、街灯の光が米粒のように縮んでいく。
「ランスロット!助けろおおおおお!!!!」
遥か眼下で手を伸ばすランスロットの姿が見えるが、余波が作り出した暴風に阻まれている。
無様に手足を掻き毟る。格好悪い。死ぬほど格好悪い。だが、格好をつけて死ぬくらいなら、無様でも助かる方が百倍マシだ。
終わった。僕の天才的な人生が、まさか空き地で打ち上げられて落下死だなんて。
いや、待て。明日の新聞にどう書かれる。『少年、謎の爆発で墜落?』
直後、全身を強打する痛み。
「痛っ!くそっ、あれ……?」
尻に伝わってきたのは、冷たく硬い、だが妙に豪奢な金属の感触だった。
◇◇
そこは、夜空の只中に浮かぶ黄金の巨大な舟の上だった。
「シンジよ……」
頭上から降ってきたのは、聞き覚えのある傲慢な声。
視線を上げる。
黄金の甲冑を纏ったギルガメッシュが、そこに見下ろすように立っていた。
だが、その顔は激しく歪んでいる。
「ククク……貴様は実に良くできた道化よな。まさか下から吹っ飛んできて、そのような格好で我の船へ乗り込んでくるとは」
「?」
自分の身体へ視線を落とす。
衝撃波と突風に引き裂かれた結果、ズボンは見事に崩壊し、悲惨な状態を晒している。
自分の尻が、月明かりとヴィマーナの黄金に照らされ、これ以上ないほど自己主張しているのだ。
「うわあああああ!!」
両手で必死に下半身を隠そうとするが、全く面積が足りない。どこを押さえても、どこかがはみ出る。人生には、努力ではどうにもならない残酷な瞬間があるのだ。
ついに愉悦に抗えなくなり、ギルガメッシュが爆笑を轟かせた。
「はーはっはっはっは!本来であれば、王の御前に土足で踏み入るなど万死に値する。だが、我は王ゆえな。道化の戯れには寛容なのだ。いや、見事!見事ぞ、シンジ!」
「笑うな!笑うなギルガメッシュ!僕は被害者なんだぞ!!」
「我は人ではない。王だ」
「もっと悪いわ!」
足元に転がっていた偽臣の書が、勝手にページをめくって文字を浮かび上がらせる。
『兄さん、おもったより立派ですね。イリヤさんに見せたら喜ぶかもしれません』
「やめろおおおお!イリヤさんに言うな!絶対に言うな!」
『では保存用に記録しておきます』
「消せ!今すぐ消せ!」
ギルガメッシュは目尻の涙を拭いながら、魔道書を興味深そうに見下ろした。
「この本、なかなかよい性格をしておるな。持ち主に似たか」
「うるさい!褒めるな!いや褒めてないかもしれないけど!」
ギルガメッシュの上機嫌は天井知らずだ。満足げな頷きとともに、破廉恥な少年へ視線を向ける。
「よいよい。その見事な道化っぷり。マキに乗せられてここまで足を運んだ甲斐があるというものだ」
「くそっ、真樹さんめ……!なんでよりによってお前をこっちに寄越したんだよ!」
「貴様の情けない姿が最も映える相手を選んだのだろう」
「最悪の評価だな!」
その時、眼下の空き地から、ガウェインの鋭い声が突き刺さった。
「英雄王。まさか貴方が、此度の被告の一人だとは」
「被告…?」
夜空を埋め尽くすように、無数の宝具の切っ先が現れた。
声の温度を少し下げただけで、世界の色が反転した。
「我を裁けるものなど、天上天下にただ一人。我のみよ」
腹立たしいほど自然な傲慢さだ。絶対性を信じているからこそ、その言葉には淀みがない。
「裁かれるべき罪を知りなさい」
「罪?王の在り方を罪と呼ぶか、雑種。貴様の背後にいる者は、よほどつまらぬ台本を渡しているようだな」
「‥‥……」
『えー。でも英雄王って、エルキドゥさんにたまに物理でしばかれてますよね』
慎二は手元の本を二度見した。
「ついに喋りやがった、この本!」
「我がエルキドゥに裁きを譲っているだけだ。言いがかりをつけるな、小娘の書よ」
『譲るというより、止められているように見えます』
「やめろ桜!今こいつを煽るな!!怒らせたら僕が落ちる可能性が!」
一瞬だけ不機嫌を覗かせたギルガメッシュだったが、足元で布地を引っ張る慎二の姿を視界に収めると、再び機嫌を直したように喉を鳴らした。
「ふん。まあよい。シンジよ、貴様は今宵、我を十分に楽しませた」
「僕の尊厳を犠牲にした娯楽だな」
「尊厳など後で拾え。命は拾ってやったのだからな」
ギルガメッシュが片手を上げる。
王の財宝のゲートがさらに展開し、剣、槍、斧、鎖、神話の原典たる宝具群が顕現した。
「褒美だ。眼下の不遜な雑種は、我が直々に屠ってやろう」
「お、おい、ランスロットは下にいるんだから巻き込むなよ!」
「順番を考えろ」
「僕にとっては最優先だ!完全にヒロインがやられる場面の格好なんだぞ!」
『兄さん、ヒロイン枠おめでとうございます』
「嬉しくない!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は慎二が珍しく(?)逃げるだけではなく、自分なりに頭を使って戦う回でした。
そして最後は、英雄王にしっかり笑われました。
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