冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
英雄たちの激突の裏で、それぞれが「この世界の異常」と向き合う一夜です。
独自設定・ギャグ・キャラ崩しを含みますので、問題ない方のみお楽しみください。
【冬木市・新都上空】
「王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)!!」
圧倒的な殺意が、雨となって地上の空き地へ殺到する。
迎え撃つガウェインは、降り注ぐ武具を次々と弾き落としていく。
剣の軌跡は美しく、その姿勢に一切の乱れはない。
しかし、彼の鎧には慎二が放った水鉄砲や泥の痕跡が微かに残存していた。霊体化を経ても、刻まれた不快感までは拭い去れないらしい。
「くっ……!数で押すとは、英雄王らしいと言えば聞こえはよいが、なんと傲慢な!」
「卑怯などとは言うまいな。戦場で数を用意するのも王の器量よ。中身が足りぬ雑種の僻みなど、我の耳には入らん」
王の傍らで、慎二はヴィマーナの縁から身を乗り出していた。虚数の腰巻きで辛うじて下半身の尊厳を保ちながら、眼下のガウェインをねめつける。
「そうだそうだ!お前なんか埋もれてしまえ!さっきまで僕を追いかけ回した罰だ!ばーか、ばーか!」
つい先ほどまで地面を這いつくばっていた恐怖はどこへやら、状況が彼を別人のように増長させていた。
地上ではランスロットがアロンダイトを構え、降り注ぐ武具の隙間を縫うようにガウェインへと肉薄していく。
「ガウェイン卿、これ以上の戦闘は互いに益がありません。剣を退いていただきたい」
「それを貴卿が言うのですか、ランスロット卿。貴方もまた、本来ならばこの地に留まるべきではない存在」
「それでも、私は今の主を守る。過去の罪も、今の剣も、そのために用いる」
「ならば、やはり斬るほかありません」
ガラティーンが振り下ろされる。ランスロットはそれをアロンダイトで受け流し、さらに上空からの飽和攻撃がガウェインの逃げ場を塞ぐ。
多方向からの圧力に晒され、ガウェインがわずかに後退した。夜という環境が、太陽の恩恵を断ち切っている。
「ぬぅっ……!英雄王に湖の騎士、加えて煩い少年。実に腹立たしい布陣です」
「煩い少年って僕のことか!?僕は煩いんじゃなくて士気を高めてるんだ!自軍の!」
『兄さん、いうほど貢献していません。安全圏からの煽りは戦術的効果より精神的見苦しさが上回ります』
「うるさい!今の僕はヴィマーナに乗ってるんだぞ!つまり上位者だ!」
『イチモツを隠している上位者ですか。新しい概念ですね』
「その情報を蒸し返すな!今はガウェインを倒すところだろ!」
ギルガメッシュの喉の奥から、愉快そうな笑い声が漏れる。
「よいぞ、シンジ。貴様が喋るだけで場が滑稽になる。これほど戦場を娯楽へ変える才は、そうはない」
「褒めてるのか!?」
「褒めておる。道化としてな」
王の財宝の猛威は一向に衰えない。無数の武具が空中で軌道を変化させ、ガウェインを包囲する。
弾き、身を捩り、ランスロットの追撃を凌ぐ。しかし、徐々に防戦一方へと追い込まれていく。武具が鎧を掠めるたびに火花が散り、ガラティーンの熱が土を焦がすが、天から降り注ぐ暴力はそれを優に上回っていた。
「このままでは分が悪い、か」
「今回は退くとします」
「ほう。王の眼前から逃げられるとでも思うか」
「そうだそうだ!逃げられると思うなよ!泥を落として出直すなんて、騎士としてどうなんだ!」
直後、ガウェインの輪郭が陽炎のように揺らいだ。
彼の肉体そのものが、空間の狭間へと滑り落ちるように溶けていく。
ランスロットの剣が空を切り裂いた時には、すでにそこには何の痕跡も残されていなかった。
「消えた……。令呪による転移ではありませんね」
「ふむ。己の力で空間を跳んだか、あるいはそういう仕掛けを持つ者が背後にいるか。いずれにせよ、ただの駒ではなさそうだ」
赤い双眸が興味深げに細められる。
「ふはははは!見たか!太陽の騎士も僕の知略の前には撤退するしかなかったようだな!つまり実質、僕の勝ちだ!」
『兄さん、八割以上はランスロットさんとギルガメッシュさんのおかげです』
「残り二割は僕だろ!十分だ!」
『正確には、兄さんは一割未満です。残りは敵の綺麗好きと夜の環境です』
「桜ぁ!少しは兄を立てろ!」
「そうして胸を張るのはよいが、シンジよ。貴様、いつまでその下半身を晒しておるのだ」
「え?」
「いかに道化とはいえ、そのような風通しの良い格好では風邪を引くぞ。我はそれを見るに忍びん。いや、見るに忍びんと言いつつ面白いのでしばらく見ているが」
視線を落とす。虚数の腰巻きは確かにそこにある。だが、それはあくまで応急処置に過ぎない。破れ去った布地の隙間からは、とあるものが自己の存在を強烈にアピールしている。
さらに悪いことに、ここはヴィマーナの甲板の縁だ。地上で見上げるランスロットとの角度関係は、慎二の尊厳にとって文字通り致命的だった。
「あ……」
「慎二様、ご無事で何よりです。なお、私は主の尊厳に配慮し、視線を上げすぎないよう努めています」
「言うなああああああああああ!!」
『兄さん、安心してください。映像記録は保存用です』
「消せって言ってるだろ!」
『イリヤさんに共有するかは慎重に検討します』
「検討するな!絶対にやめろ!あの人に見せたら、僕はもう二度と目を合わせられない!」
◇◇
【遠坂邸】
慎二の尊厳が夜風に弄ばれている頃、遠坂邸の庭園は破滅的な状況に陥っていた。
庭石は粉砕され、庭木は無惨に薙ぎ倒され、池の水面には魔力弾の余波が暴力的な波紋を描いている。
凛にとって、己の命の危機と同等か、それ以上に屋敷の損壊は重大な問題である。
「どうした、正義の味方。防戦一方じゃないか」
黒い弓兵、エミヤ・オルタの構える二丁拳銃から、無慈悲な銃弾が放たれる。
土気色の肌に張り付いた表情には一切の感情がなく、その声はひどく錆びついた刃のように周囲の空気を削り取る。放たれる魔力弾の軌道は極めて悪辣だ。アーチャー自身ではなく、常に彼が小脇に抱える凛を照準している。
アーチャーは凛を抱えたまま、庭園の残骸を蹴って宙を舞う。
干将・莫耶が火花を散らし、迫り来る銃弾を弾き落とす。しかし、動きは制限されていた。反撃に転じようとするその瞬間、必ず凛の急所へと射線が通る。
「ちょっとあんた!マスター狙いなんて上等じゃない!」
「士郎!私に構わず、あの真っ黒坊主をやっちゃいなさい!」
「いや、それは流石に無茶だ。凛、君を離して前に出れば、君は一秒で肉塊になるぞ」
「一秒かけないで倒せばいいでしょうが!」
「理不尽にもほどがある!」
「このままだと庭が更地になるのよ!命も大事だけど家も大事なの!」
「命の方を優先してくれ!」
「両方守りなさいよ、私のサーヴァントでしょう!」
不可能を絵に描いたような注文だった。
「夫婦漫才は、あの世でやってもらおうか」
「夫婦…に見える?ほんと!!?」
エミヤの胸中に、なぜか複雑な感情が渦巻く。
「あんた将来の士郎なんでしょう!?ならもっとシャキッとしなさい!」
「その認識もたいがい私の精神を削るのだが」
「削れる精神があるなら働きなさい!」
エミヤ・オルタが両手の拳銃を交差させる。
彼を中心とした空間の質感が変質する。銃口へと莫大な魔力が収束した。
「チッ……宝具か」
「止めなさいよ!絶対に止めなさいよ!この家を壊したら、私があんたを壊すから!」
「その前にあちらの宝具で私たちが壊れる!」
凛を自身の背後へと押し込み、双剣にありったけの魔力を注ぎ込む。完全な防御など保証できない。それでも、迎撃する以外の選択肢はなかった。
その刹那。
「ふむ。我が妹弟子に手を出すとは」
それは、エミヤ・オルタの背後から響いた。
「サーヴァントの身であれば問題あるまい。退場して貰おうか」
直後、黒い弓兵の胸の中央から、人間の腕が貫き出た。
背後から肉体を物理的に貫通し、サーヴァントの要たる霊核を正確無比に破壊している。
鮮血が弾け飛び、エミヤ・オルタの口から大量の血が溢れ出した。
「ごぼっ……な……っ」
背後に立っていたのは、言峰綺礼である。
どう見ても最悪の敵の登場シーンだ。だが、彼はこの場において『正義の味方』として顕現している。
「霊核を貫いた感覚はある。どうやら、サーヴァントとしての体は成しているらしい」
「言峰……綺礼……!」
「どちら様かな。あいにくと、私には君のような破綻した風体の知り合いは居ないのだが」
「どの口が……ッ」
ダメージを負いながらも、エミヤ・オルタは最後の気力で銃口を向けようと試みる。
だが、距離が致命的すぎた。この男を至近距離で相手にする恐怖は、英霊の次元においても特筆すべきものだ。
「では、さらばだ」
左拳が、黒い弓兵の背中に叩き込まれる。
八極拳の神髄、崩拳。
外側の肉体を通り越し、内部へと衝撃を直進させる破壊の技術。
サーヴァントの限界を超えた衝撃に耐えきれず、エミヤ・オルタの肉体が縦に裂けた。
外套が四散し、魔力の粒子と血の幻影が庭園の空気に溶けていく。
「失礼。何か言いかけていたかね」
「ふん……地獄に落ちろ」
「そこなら一度くらい覗いた気もするが、今は妻子が待っているのでね」
光の粒子となって消滅していく。
凛は呆然と立ち尽くし、やがてその顔に輝きを取り戻した。
「綺礼!来てくれたのね!」
次の瞬間、遠坂凛はあろうことか言峰綺礼へと駆け寄り、その胸へと無防備に飛び込んだ。
「なっ……凛!?その男は……!」
凛は、ごく当たり前のことのように振り返った。
「え?あんたも士郎なんだから分かるでしょ?あんたの師匠じゃない。正義の味方の、言峰綺礼よ」
彼の記憶にある言峰綺礼とは、悪辣で、冷酷で、己の破綻を極限まで愉しむ、決して相容れない敵だ。どの並行世界を探しても、『正義の味方の師匠』などというポストに収まる要素は一ミリも存在しない。
だが、目の前の凛は微塵の疑いも持っていない。それどころか綺礼に抱きつき、心からの安堵を表情に浮かべている。遠坂凛が、言峰綺礼を完全に信頼している。
「な、なに……?」
綺礼は凛を撫でながら、エミヤへと視線を向ける。
「衛宮士郎。このサーヴァントが?」
「そうよ。未来の士郎みたい。お父様から聞いてない?」
「いや……だが、確かに面影はある……か?」
綺礼の瞳がエミヤを観察する。反射的に防御の姿勢をとるエミヤだったが、その視線に殺意や悪意は欠片も存在しなかった。ただ純粋に、教え子を評価する師の眼差し。
それが、エミヤにとっては底知れぬほどの恐怖を呼び起こす。
「私は……綺礼……?いや、違う。これは……何だ……?」
喉の奥から、乾いた呻き声が漏れる。
「何をそんなに固まってるのよ。綺礼が来てくれたんだから、もう大丈夫でしょう?」
「大丈夫、だと……?」
「ええ。だって綺礼よ?」
「だからだ!」
脳内を絶叫が駆け巡るが、口に出せば自分が狂人扱いされるだけだ。狂っているのはこの世界の方だ。
「衛宮士郎。よく凛を守り抜いた。流石は我が弟子だ。正義の味方は、かくも弱きを守り抜かねばならない」
それこそが、何よりも残酷だった。
「ほら、褒められてるじゃない。よかったわね、士郎」
「凛、君は本当にこの男を信用しているのか」
「当たり前でしょう。お父様の弟子で、私の兄弟子みたいな人で、士郎の師匠で、困ったら助けてくれる正義の味方よ」
エミヤの混乱など意に介さず、綺礼はハンカチで血塗れの拳を拭う。
「凛、無事かな」
「うん。庭はかなり無事じゃないけど、私自身は無事」
「庭か。時臣師なら悲しむだろうな」
「だから早く止めたかったのよ!」
エミヤの再起動が、ようやく少しだけ進行する。
「待て。言峰、なぜお前が凛を妹弟子と呼ぶ。なぜ正義の味方を名乗る。なぜそんな顔で人を褒める」
「質問が多いな、衛宮士郎」
「多くもなる!」
「私は正義の味方だ。かつて真樹にその役を与えられ、今はそれを演じている」
「演じているで済む話か、それは」
「役は演じ続ければ、時に実になる」
◇◇
「士郎、綺礼と相性悪いの?」
「相性という段階の話ではない」
「でも師匠なんでしょ?」
「私の知る世界では違う!」
「めんどくさいわね、未来の士郎って」
言峰は魔術回路を駆動させ、慣れた手つきで屋敷の結界を補強していく。外部からの視線を遮断し、被害の拡大を抑え込む手際の良さ。
「言峰が……遠坂邸の庭の応急処置を……」
「何をそんなに驚いているのよ。綺礼は昔からちゃんとしてるわよ」
「昔から……?」
「ええ。ちょっと笑顔が悪人っぽいだけで」
「そこは認識しているのか」
「そこはまあ、見れば分かるし」
「この邸宅には結界が張られているはずだ。侵入に気づかなかったのか。奇襲を受けるなど、君らしくない」
「ええ。警報一つ鳴らずに、突然庭に現れる。あんなの反則よ」
綺礼が夜空を仰ぐ。
「凛。この聖杯戦争は異常だ。大聖杯には魔力が集まっていない。それなのに、サーヴァントが複数現界している。侵入も転移も、通常の結界をすり抜ける。何かが根底から狂っている」
「綺礼、次はどこへ行くの?」
「私は次の現場の救援に向かう。遠坂邸はひとまず安全だ。君はここに残ってもよい」
「行くわよ。行くに決まってるじゃない」
「では、間桐の屋敷と衛宮の屋敷、どちらに行く」
士郎と、桜。
どちらも守りたい。だが、身体は一つしかない。
エミヤは黙って彼女の選択を待つ。過去の自分が愛した少女が、ここでどのような決断を下すのか。
「桜の方に行くわ」
「士郎のところにはアルトリアもリチャードもいる。あそこはたぶん、戦力的には厚い。桜は……強いけど、強いからこそ何かあった時が怖い」
「よい判断だ」
「綺礼にそう言われると安心するわ」
エミヤは再び固まった。
宿敵の言葉に安堵する遠坂凛。正義の味方として微笑む言峰綺礼。
「……私は、何を見せられているんだ」
「何って、私たちよ」
綺礼の視線がエミヤを捉える。
「衛宮士郎。君も来るか」
「……行く。凛のサーヴァントだからな」
「それでよい。では、我が妹弟子を頼む」
「頼まれる筋合いは……」
喉まで出かかった反論を、奥歯で噛み殺す。凛を守る。その一点においてだけは、不本意ながらもこの男と目的が一致してしまっている。
それが、どうしようもなく気味が悪い。
「……ああ。守る」
「流石は我が弟子だ」
「だからそれをやめろ」
「照れるな」
「照れていない!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は慎二が生き残り、エミヤが精神的に追い詰められる回となりました。
少しずつ、この冬木が「普通の聖杯戦争ではない」ことも見え始めています。
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