冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
圧倒的な剣技を前に、真樹へ思いがけない「温情」が提示されます。
いつものギャグもありますが、少し重めのお話です。
「さあさ! お立ち会い! 悪鬼羅刹の獣よ! ――見よ、血染めの月が太陽を食い尽くす!」
私の名前は言峰真樹。二十九歳。兼業主婦。
今、女の人に怒鳴られています。
「立ち向かうは魑魅魍魎、悪鬼羅刹! 否、我が身はこれ、人理の英霊剣豪! 参りましょう、屍山血河の仕合舞台!」
……長い。
話の途中で動くと悪いような気もしてしまう。いえ、そんな礼儀を守っている場合じゃないわね。二本とも本物でしょう、あの刀。
私は人類悪になる予定らしい。元々そうだったとも言われた。その役を演じていたとか、魂を操っていたとか。
何だか知らない人の経歴を聞かされているみたい。私、そんな大それたことを考えて暮らしていたかしら。
「……随分と芝居がかった口上ね」
「マキがそれを言いますか……ん?」
アルトリアさん、こっちを向いて大丈夫? あの人、刀を構えてるわよ。
「何ですか、アルトリアさん。私、何か変なこと言いました?」
「……さん? 熱でもありますか、マキ」
「失礼ね! アルトリアさんはアルトリアさんでしょう!?」
普通に呼んで、心配されるとは思わなかった。さっきから皆、私を見るとおかしな顔をするのよね。頭は痛いけど、名前を間違えるほどじゃないわ。
「……さっきの言動とも違いますね。リツカ、貴方たちの言う審判の影響ですか」
「……そうだね。それは間違いないです」
モルガンさんも、りっちゃんも。
私のことよね、それ。削るなら年齢を少し――いえ、そういう冗談を言っていい顔じゃないわね。
「くっちゃべっていても仕方ねえ! 今はとにかく脅威の排除だろうが! 行くぜ、うおおお――ッ!?」
えっ!?
駆けていったはずなのに、もうこっちへ戻ってくる!
思わず身を引くと、すぐそばで土煙。ぶつかった? 何に? 前には誰もいなかったでしょう?
「あ……青タイツさんの前に、何か、見えない壁が……?」
「悪いけど、傍聴席は静粛にね。資格のない弁護人は受け入れられません!」
刀を持ったまま、指を一本。そんな、廊下を走ってはいけませんみたいに注意されても。
青タイツさん、吹っ飛んでたわよ!?
「……あまりヒントを与えるのは感心しませんね、武蔵殿」
今度は上から。
斜面を下りてくる鎧姿に、また身を縮める。もう一人? こっちは一人で十分困っているのに。
「やっだー。そんなことしてないですわよ?」
「……おふざけですか」
ふざけて済むなら、最初から話し合いにしません? 刀も槍も置いて。さっきの人を投げ返すような壁もやめてもらって。
ただ、資格と言われると。
「皆の中に、弁護士の資格を持ってる人なんているの?」
「どうやら、セイバーのクラスしか戦えない仕掛けになっているみたいだな!」
……リチャードさん。今、私も何か言いましたよね。
「無視しないでくれる? 私なりに渾身のボケだったのよ……」
「リチャード、私はガウェインを」
「おお! 円卓の騎士同士の戦いか! 心得た!」
聞いてない。二人とも聞いてないわ。
剣を持って、相手の方を向いている。
置いていかれる。止めようとしても、服のどこへ手を伸ばせばいいのかさえ分からない。
邪魔をしたら危ない。それくらいは分かる。
「……私は蚊帳の外なの?」
◇◇
「いえいえ、貴女は被告よ。獣の紛い物さん。さて、貴女に課せられた罪を尋ねます」
おっと。こちらを向いてもらわなくては困るな!
剣を掲げて踏み込む。頭上から斬り込むにはよい距離だ。二刀のどちらで受ける? いずれにせよ、まずは手合わせ願おう!
横からも剣戟。アーサー王とガウェイン卿か。あちらを眺めたいのは山々だが、今の相手から目を逸らすなど惜しい!
「まずは一つ! 汝は聖上真樹として何を願い、何をもって獣となりきや!?」
「私の旧姓……? 願った……? 私が、何を……?」
マキ殿、返答は任せるぞ。こちらは弁護人として働こう!
「ガウェイン! 貴公は抑止力の走狗に成り下がったか!」
「我が王! 本来であれば、我々に自我など存在し得ないはずなのです! それを以て、貴女は……!」
王へ向けるその声も、己の意思ではないと言うつもりか?
いや、今は俺が相手だ。
「宮本武蔵とは、日本のサムライでも最強と聞いた! 我が弁護の刃を受けよ――ッ!」
振り下ろす。
受けるか! 二振りを重ねて――いや、違う!
刃を押している手応えがない。剣先を外へ導かれている。このまま流されれば懐を空ける。引き戻せ、足を止めるな!
「うんうん! 王様の剣というのも楽しみ!」
近い!
さっきは刃の向こうに見えていた顔だぞ。それが今、目の前に――。
「けれどね!」
「ぐわああああああああっ!」
足が地につかん!
上下を見失う前に体をひねる。土へ肩を入れて転がり、剣を離さぬまま起き直す。ふう、勢いよく飛ばしてくれたものだ!
「リチャード!」
士郎の声には、手を上げて応じる。
まだ戦えるとも! 初手を返された程度で引き下がっては、何のために剣を抜いたのか分からん!
「グランドサーヴァントに無策で飛び込むのはどうでしょう! こうなります!」
ごもっとも!
押し切るつもりが、触れたところで剣の行き先を変えられた。なるほど、次も同じように踏み込めば、同じように飛ばされるか。
ならば別の手だ。
足元へ指を伸ばす。拳に収まる、なかなか具合のよい石ではないか。
これでいい。
「ならば、この石を! これよりエクスカリバーとする!」
握り込む指の間から光が漏れる。よし、存分に受け取れ。我が手で振るう以上、貴様もまた聖剣だ!
腕を引き、投げる。
狙うは眉間!
剣の間合いへ入り直す前に、まず一つ受けてもらおう!
「それがあなたの宝具!? 面白い! けれど――甘いっ!」
おおっ、斬るか!
光ごと二つ。見事に断ってみせる! ならば、その太刀を振り抜くところへ――。
いない。
踏み込もうとしていた場所から目を走らせる。俺の方へ来たのではない。
マキ殿!
「危なっ!!」
白銀の柄と太刀。その間へ駆け込むより早く、耳を打つ音。受けたのか? 今の一刀を?
しかし、踏ん張りが利いていない!
土の上を転がる姿に歯を食いしばる。くっ、俺を越えて被告へ。勝負を受けたからといって、相手の目的を忘れるとは!
「今のは危なかった……! ジャンヌの旗がなければ、首が飛んでいたわよ!」
声は出る。首もある。よし!
その旗、離すなよ!
「私の旧姓は聖上よ! 獣になったのは……えっと……多分、皆が可愛かったから……!?」
問われているのは彼女だったな。こちらの都合で仕合に夢中になるわけにはいかん。
剣を握り直す。武蔵の前へ戻らねば。
今度は俺を置いていかせんぞ。
◇◇
「裁きとは、まず被告に罪を自覚させるところから始めます」
ガウェイン。
私と斬り結びながら、どこを見ている。
その剣を掲げて、誰を狙うつもりです。
「――転輪する勝利の剣!」
マキの前へ!
こちらの剣に風を集める。間に合え。横へ払っては彼女をさらす。正面から、あの光へ!
「風王結界――!」
息とともに解き放つ。
熱い。
柄を握る手へ力を込め、足を押しつける。退くな。背後にはマキがいる。ここを通せば、彼女に当たる。
風を押し出せ。剣先を下げるな!
頬を熱に焼かれながら、ようやく向こう側を見通す。
ガウェインの剣。マキとの間には、まだ私がいる。
防げた。
「アルトリアさん、私の前に出て防いでくれたのね! いい娘!」
……何ですか、その褒め方は。
安堵している。助かったと思っている。それはよい。守れたのだから、怖がらせずに済んだなら、その方がよいのです。
ですが、マキ。
「おかしいのは今に始まったことではありませんが、あまりにおかしいですよ!? どうしたのです!」
「え? 私、そんな変なこと言ってる自覚はないわよ。助けてもらったんだから、お礼くらい……」
そんな話をしているのではない!
先ほどから、私を知らない人のように呼ぶ。こちらの顔をうかがって、気を遣って、謝りそうな顔をする。
あなたにそんな遠慮をされたことなど。
「アルトリアさん、ですか。いい娘、ですか。あなたは私を、そんな風に呼んではいなかったでしょう! あなたは、この物語の主演女優のはずだ!」
言えば分かる。そう思った。
いつもの調子で胸を張るか、私の言い方へ文句をつけるか。どちらでもいい。今なら多少の無茶も聞いてあげますから。
「私が……女優?」
どうして、そこで首をかしげるのです。
「人生は舞台のようなものだってこと? 自分の人生は自分が主役、みたいな……? そんな自己中なわけないじゃない」
いま、あなたは何を否定した?
私が王として背負っていたものへ手を伸ばし、勝手に役を変えてしまったくせに。
こちらの都合など聞かず、悲劇の王でいることを許さなかったくせに。
あの時、私へ言い切ったあなたは。
「マキ……本当に、忘れて……?」
返事を待つのが怖い。
そんなわけがないでしょうと、笑ってほしい。演技ですよと、いつものように呆れさせてほしい。
けれど、その顔には何も浮かばない。
まるで、いわれのないことで怒らせてしまったと困っているように。
違う。謝ってほしいのではない。
あなたを怒鳴りたいのでもない。
剣を握り直す。目の前にはガウェインがいる。斬らせなければ守れるはずだと、つい先ほどもそう考えた。
では、今は何を防げばいい。
私の後ろにいるのに。
マキは、私の後ろにいるのに。
◇◇
怒らせちゃった。
アルトリアさんの背中を見て、旗を握り直す。
お礼を言ったつもりだった。助けてくれて嬉しかったから。なのに、今にも泣きそうな顔で問い詰められて、何も答えられなかった。
主演女優。
確かに舞台へ立つことはあるけど、あんなふうに言い切られるほどのものだった?
分からない。思い出そうとすると、また頭が痛い。
皆に申し訳ないわ。私のせいで戦わせて、私のことで悩ませて。
刀を収める音に、びくっと肩をすくめる。
武蔵さん。
また、こっちへ来る。
旗を持ち上げようとして、ためらう。さっきはこれで助かった。もう一度できる? 刀を振られたら、どちらへ差し出せばいい?
「……なるほどね。中身が抜け落ちて、ただの器になりかけているわけだ」
叱られるのかと思った。
けど、その声は優しかった。
「なら、貴女に温情を与えます」
「……?」
「貴女は獣ではないわ。その真実は、ただの一般人。魔力も魔眼もない、どこにでもいる、ちっぽけな人間。そう認めなさい」
私、旗を構えたまま聞いていていいのかしら。
もう刀は鞘の中にある。目が合っても、さっきみたいに身を引きたくならない。
普通の人間。
ええ。そうよ。それなら分かる。
皆みたいに戦えないし、難しい魔術の話もできない。夫と子供がいて、毎日の用事に追われている。それがいちばんしっくりくる。
「背負わなくていいのよ。世界の罪も、救済も、劇場の幕も。ただの主婦として、旦那さんと子供たちと、狭いけれど温かい食卓で笑っていればいい」
……いいの?
「そう自白しなさい。ならば、この審判も、聖杯戦争も、ここで全て終わります」
終わる。獣にならなくても?
もう斬られない。アルトリアさんも、リチャードさんも、戦わなくていい。
それなら、私。
綺礼さん。ねえ、今の話、聞いた?
帰れるって。
白野のお腹をすかせないように、朝ご飯を作らなきゃ。立香も起きたら泣くでしょうし、カレンにはまた継母って呼ばれるんでしょうね。
嫌な呼び方だなあって、毎朝思うのよ。けど、返事をして、パンを焼いて、綺礼さんにも何か手伝ってもらって。
そんなふうに明日も過ごせるなら、十分じゃない?
世界のことなんて、私には荷が重い。
「真樹さん……!」
士郎君。そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるわよ。
大丈夫。武蔵さんはもう、刀を向けていないから。
自分のことを認めればいいのよね。言峰真樹です。夫と子供がおります。普通の、どこにでもいる――。
綺礼さん。早く帰りたいわね。
私たちの家に。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、真樹を守ろうとするアルトリアと、真樹へ温情を与えようとする武蔵のお話でした。
ただの主婦として平穏に暮らすこと。それは本当に、真樹にとって救いとなるのでしょうか。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。