冬木アクターズ・ラプソディ ~観光に来た演劇バカの女子大生、うっかり龍之介を轢いてしまったので、キャスターの「ジャンヌ役」として聖杯戦争を完遂します~ 作:斉宮 柴野
真樹の内側で起こり始めた異変は、思わぬ形で表面化します。
今回は少し不穏なお話となります。
認めれば、終わる。
そうよね。皆に剣を収めてもらえるなら、それがいちばんいいじゃない。知らない獣になって、また誰かと戦って。そんなこと、私には無理だもの。
こちらの返事を待ってくれている。
普通の人間ですって、それでいいのよね。
胸に手を当てる。ああ、まだどきどきしてる。怖かったんだから当然よ。首を斬られそうになったのよ? 平気な顔なんてできるわけないでしょう。
この世界で、私は幸せなんだから。
夫がいて、子供たちがいて、友達もいる。たまに事件に巻き込まれるくらいは仕方ないわね。皆で何とかして、帰ってきて、また次の日の用意をする。
そうして暮らしていけばいい。
「私は…………」
『――本当に?』
ええ、本当によ。
誰に確かめられたって同じことを言うわ。迷うことなんてない。私は言峰真樹。
夫と子供を大切にしている、ただの――。
「っ痛……ッ!」
何、これ。さっきの痛みと違う。押さえても駄目。指を食い込ませても、その奥をどうにもできない!
『――否!!』
うるさい!
耳を塞いだのに、どこへ手を当てても声がする。私の中で怒鳴らないで。頭が痛いの、お願いだから!
『私は聖上真樹でなければならない! でなければ……!』
なければ、何よ!
私は言峰真樹よ! 自分の名前くらい分かってる!
『違う! 私は聖上真樹だ! 聖上真樹は女優なんだ!』
役者なんかじゃない!
私の家も、綺礼さんも、子供たちも、本当なの。誰かのお芝居じゃない。あの子たちの母親を演じているつもりなんかない!
この世界を虚構だなんて、認めない!
『私は聖上真樹だ! 聖上真樹だ! でなければ……あそこに戻るなんて……ッ!』
あそこって、どこ。
私の帰る場所は家でしょう? さっきからそう言ってるじゃない。何で分かってくれないの。帰りたいのよ。帰って、皆と――。
『――そこは…………私の場所だ!』
え。今の、誰?
「え……!? あ、――ッ!?」
ここ? ここにいるの?
出ていって。
私の中で、勝手なことを言わないで!
「マキ……?」
アルトリアさんの声。外から聞こえる。私じゃないところに、ちゃんと人がいる。
返事をしなきゃ。
「うう……何よこれ……何なのよ、これは――ッ!」
膝をつく。痛い。土へ手をつきたいのに、頭から手を離せない。息を吸っても足りなくて、また口を開ける。
苦しい。綺礼さん。
◇◇
「真樹! 大丈夫なのか!」
肩を抱かれる。起こされるまま顔を上げると、すぐそばに綺礼さん。
ああ。
その顔を、そんなに近くで見せなくても分かるわよ。
「……大丈夫よ、綺礼さん」
大丈夫。自分で立てる。
膝を伸ばして、顔を上げる。武蔵の切っ先は、さっきより低い。こちらの様子をうかがっているのね。
待たせたわ。
「……どうしたの? ずいぶん苦しそうだったけど」
「新免武蔵守藤原玄信」
目を合わせる。
ここに立っている。なら、もっと奥を見せてもらうわよ。
私から目を逸らさないで。
足を引いたって、もう遅いわ。
「私の眼は、相手の魂を見る。たとえ冠位であろうともね」
◇◇
真樹さん。
今、綺礼の手を離したわよね。
思わず身構える。武蔵の方へではない。真樹さんへ。
何なのよ。助かったと思ったはずなのに。
「私は聖上真樹。私は主演女優よ。この世界の居場所は、私のもの。偽物なんかに渡さない」
「偽物……?」
リチャード、私も聞きたい。
「……早すぎる」
すぐ隣から聞こえて、白野へ顔を向ける。
「どういうこと?」
「いえ。何でもありません」
何でもないわけがあるか。
母親を獣に戻すと言い出したのはあなたたちでしょう。
問い詰めようとして、正面からの声に遮られる。
「わざわざ獣に戻る気もないわ。あれほど苦労して幕を引いて、獣の私も納得して消えた。それを蒸し返すつもりもないの」
「それなのに――私の場所を奪うと?」
「貴女は、ただの人として生きていけば……!」
「私の魂は、この舞台に立っているのよ!」
私は奪っていない。あなたの居場所なんて、誰も――いえ、それを私が言い切れるの?
白野をもう一度見る余裕はなかった。
武蔵の二刀。両方ともこちらへ向けられる。
「……では、仕方ありません。ここで――!」
「くっ! やらせるか!」
「させません!」
アルトリアの前にガウェイン。くっ、そちらも塞ぐ気? 私も動かなきゃ。けど、あの壁に弾かれるなら、どこから手を出せば――。
「宝具展開――!」
リチャードの剣に光。
間に合う。二人を相手にしては、ガウェインだって。
「転輪する勝利の剣――ッ!」
熱い!
顔を腕でかばう。光の向こうが見えない。リチャードの迎撃は? アルトリアは抜けられた?
「ちっ!」
その声。駄目か。
アルトリアも足を止められている。二人とも真樹さんへ近づけない。武蔵の前を空けるために、一人で引き受けたの?
「随分と気合の入った役者さんね」
こんな時に、笑う?
真樹さんの口元を見てしまう。ガウェインの宝具も、武蔵の刀も、見えていないわけじゃないでしょう。
「アルトリアちゃん。騎士王役は板に付いてきたかしら?」
「マキ……!」
呼び止めるような声。
でも、その先を聞く前に、真樹さんの眼へ注意を奪われる。
輪が見える。
幾重にも重なって、どちらの眼にも同じように。まばたきしても消えない。あれが、模倣の魔眼。
「さて……こんな感じかしら?」
甲冑の形を見失う。白銀だったはずの肩も、胸元も、光にほどけていく。
次に見えたのは着物。
武蔵と同じ色。同じ顔。同じ位置に、二振りの刀。
片方から目を離せば、どちらなのか分からなくなりそう。さっきから見続けているのに、顔で区別できない。
ここに来て、相手の姿になる?
「六道五輪・倶利伽羅天象」
「なっ――!?」
踏み込んだ。
そう思った時には、もう武蔵の胸元に刀が入っていた。
速すぎる。
右手を上げるのを見た。受けようとしたのは分かった。でも、その時には斬られていたのよ。あの武蔵が。リチャードを寄せつけなかった、冠位の剣士が。
裂けた胸から血。
着物に広がって、足元へ落ちていく。膝をついても、まだ刀を手放してはいない。それなのに、真樹さんの方はもう切り返している。
次も斬る気だ。
「随分とあっさりね。冠位なんて、役者不足じゃない? ギャラはいくらよ」
冗談を言うところじゃないでしょう。
いや、あの声は冗談なの?
武蔵の口から血がこぼれる。胸を押さえながらも、こちらへ顔を上げてくる。
「そうですか。温情は要らなかったと……分かりました。これより、審判は開始される! 共感の獣よ、いずれ討たれるその日まで……!」
「うるさい」
横へ振り抜く刀。
首が、離れた。
目で追ってしまった。宙で回って、土へ落ちるところを。声を出せず、ただ見てしまった。
殺した。
今、真樹さんは。
刀を振り抜いた姿勢のまま、武蔵の首を見下ろしている。
「実によくできたセットね。生首なんて、作りにくいのよ」
セット?血も、倒れた体も、すぐそばにあるのに。
顔を見たい。どんな顔でそれを言ったのか、確かめなきゃいけない気がする。でも、目を合わせたくない。
これが、戻ってきてほしかった真樹さんなの?
白野。
あなたの言った「早すぎる」は、何に対してだったの。
◇◇
手の中から光がこぼれていく。指を閉じても、するりと抜ける。何、これ。私、何を持っていたの?
「うっ……また……」
頭を押さえる。足元もおぼつかない。ああ、駄目。立っていられない。
「綺礼さん……わたし……」
腰と肩を支えてもらって、ようやく顔を上げる。
綺礼さん。その顔、さっきも見た気がする。
「真樹……?」
「……何?」
皆、こっちを見ている。
どうして?
「え……?」
「……消えていくわ」
足元から光になって、着物の形も崩れていく。
途中で目を閉じるのも怖い。
「真樹……今のは、一体……?」
「今の?」
私に聞いてるの?
知らないわよ。武蔵さんと話して、それから――。
「私……何を……?」
頭が痛くて、声がして。
どんな声だった?
さっき思い出せなかった時と同じ。思い出そうとすればするほど、分からなくなる。
「武蔵さん、倒れて……あ……そうよね……」
そうよねって、何。
その続きを説明できない。知っているような気もするのに、どこを探しても出てこない。
視界は妙にはっきりしている。
綺礼さんの顔を見て、瞬きをする。目の奥が熱い。痛みとは少し違う。擦ろうとして、服を握っている手を離せなかった。
「やったね! お母さん!」
りっちゃん?
こっちへ走ってくる。そんなに嬉しそうに。
「魔眼が戻った!」
私の眼を見ているの?
「……戻った?」
「そう! お母さんはそうでいいんだよ! それで、これからも――」
「立香!」
白野ちゃんの声。
りっちゃんも、その場で口を閉じてしまった。さっきの笑顔もなくなって、こちらを見てくれない。
「……はい」
何で謝るような声を出すの。
私に何か教えてくれるところだったでしょう?
白野ちゃんを見る。怒っている。弟に。どうして?
武蔵さんはもういない。倒れていたところに、光も残っていない。皆、何かを見たのよね。それなのに、私には誰も説明してくれない。
魔眼が戻った。それを喜んではいけなかった。
私には言ってはいけなかった?
「……どういうこと?」
大きくなった私の子供たち。会えて嬉しかった。私を助けに来てくれたんだと、そう思っていた。
「白野ちゃん、立香くん。あなたたち、私に何を隠してるの?」
今度は答えて。
大丈夫だとか、心配するなとか、そういうことじゃなくて。
私の顔を見て、話してちょうだい。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回はグランドセイバー・宮本武蔵との決着となりました。
しかし、真樹の身に何が起きたのか、そして白野と立香は何を知っているのか。
聖杯審判は、まだ始まったばかりです。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。