ダンジョンにいる白蛇   作:天上の羽衣

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第10話 光と影

バベルの塔のふもと、ギルド前広場

 

忽然と姿を現したシロウの傍らには、力なく膝をつくベル・クラネルの姿があった

 

「ベル君!!」

 

駆け寄ったヘスティアは、ベルを抱きしめる

その姿に大きな変化はない

だが、その場にいる神々や、鋭い感覚を持つリヴェリアだけは気づいていた。ヘスティアから放たれる神特有の圧倒的な威圧感――「神威」が、凪いだ海のように静まり返っていることに

 

「神様……ごめんなさい。僕が、僕が弱いせいで……神様に心配かけて……」

 

ベルは震える声で謝罪した

彼は、ヘスティアが自分のために「何か」をシロウに差し出したことを察していた

シロウが纏う、あの黄金と白銀の入り混じった禍々しいまでの霊圧。それが、自分の主神の欠片であることを

 

「いいんだよ、ベル君。君が無事なら、僕はそれだけで……少し、肩の荷が下りたような気分なんだ」

 

ヘスティアは努めて明るく振る舞った

実際、神としての力は削がれたが、命に別状はない

ただ、以前のように他の神々を威圧するような強大な力は、もう彼女には残っていなかった

 

シロウは、その光景を三日月のような笑みを浮かべて見下ろしていた

 

「あはは。ええ話やねぇ。神様が子を想い、子が神を想う……でもな、ベル君。君が今抱いてるその『後悔』、忘れたらあかんで」

 

シロウは、一歩。ベルの至近距離に立ち、その耳元で冷たく囁いた

 

「君が憧れる『英雄』ってのは、誰かの犠牲の上に立つ人のことやないやろ? ……今の君は、僕という『毒』に助けられ、神様の『光』を切り売りして生き延びただけや……そんなん、君のなりたかった英雄とは程遠いんと違うかな?」

 

「……っ!」

 

ベルの拳が、白くなるほど強く握られた。

憎悪ではない

シロウの言うことは、あまりにも残酷で、そして逃れようのない「正論」だったからだ

 

「……シロウさん。僕は、あなたのようにはなりません……誰かを犠牲にする力ではなく、誰も犠牲にしないために、僕は僕の信じる英雄になります……今日失わせた神様の光、僕が、いつか必ず取り戻してみせます」

 

ベルの瞳に、かつてないほど強く、真っ直ぐな決意の火が灯る

シロウはその瞳を見て、満足げに目を細めた

 

「あはは、ええ返事や。そうでなくては、育て甲斐がないわ……せいぜい頑張り。君がその甘い理想を抱いたまま、どこまで行けるか……楽しみにしてるわ」

 

シロウは踵を返し、集まった野次馬や、自分を警戒するフィンたちの視線を割るようにして歩き出した

卍解を永続解放した彼の足取りは、もはやこの世界の重力にさえ縛られていないかのように軽やかだった

 

その日の夜

ロキ・ファミリアの本拠地『黄昏の館』の中庭

月光が翡翠色の庭園を静かに照らす中、アイズ・ヴァレンシュタインは一人、狂ったように剣を振っていた

 

(……何かが、違う)

 

彼女の脳裏に焼き付いているのは、先ほど広場で見た、ボロボロになりながらも「何か」を固く決意した少年の瞳

そして、その横で三日月のように笑っていたシロウの姿だ

 

シロウが中層で何をしたのか、彼女は見ていない

だが、戻ってきた彼から放たれる空気は、数時間前までとは決定的に異なっていた

以前は「底の見えない闇」だったものが、今は「そこに在るだけで世界を削り取る白銀の刃」のような鋭利な重圧へと変質している

 

「……足りない。私には、何かが……」

 

アイズの剣が空を切り、風が泣く

彼女の中に渦巻く、黒い衝動。両親を奪った「黒竜」への復讐心。シロウという「圧倒的な異物」が放つ死の気配が、彼女の奥底に眠るその執着を、激しく揺さぶっていた

 

「あはは。アイズさん、夜更かしは美容に良くないで?」

 

不意に、頭上から声が降ってきた

 

アイズが鋭く振り返ると、そこには塀の上に腰掛け、月を背負ったシロウがいた

鞘に収まっていても漏れ出す、永続解放された卍解の気配

それは、もはや隠し通すことすらしない「死」の宣言に等しかった

 

「シロウ……あなた、何をしたの」

 

アイズは剣を構えたまま、絞り出すように問う。彼女の直感が、目の前の男が「超えてはならない一線」を越えたことを告げていた

 

「何、って。ちょっとだけ、この世界のルールを書き換えさせてもらっただけやわ……おかげで、今の僕は少しだけ『親切』やで?」

 

シロウは塀から音もなく飛び降り、アイズの目の前に立った

アイズは反射的に踏み込もうとしたが、シロウから放たれた霊圧の「壁」に、体が金縛りにあったかのように硬直する

 

「アイズさん。君の中にいる『風』……ずっと泣いてるやろ? 復讐したい、強くなりたい……でも、君のその白い風じゃ、復讐相手には届かへんわ」

 

アイズの瞳が大きく揺れる。シロウには見えているのだ。彼女が誰にも言えず、心の奥底で飼い慣らしている、ドロドロとした黒い執着が

 

「……どうすれば、いいの」

 

「あはは、簡単や……君のその風、もっと黒く染めてみたくない? 僕の『毒』を少し混ぜてあげれば、君の剣はもっと鋭く、もっと残酷に……神様ですら斬れるようになるで」

 

シロウは、自分の短刀『神鎗』の柄を、誘惑するようにアイズの目の前へ差し出した

卍解を永続解放した今の彼なら、その絶大な力の一端を、他者に「呪い」として分け与えることすら可能だった

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン……『英雄』になりたいベル君とは違う、本物の『復讐者』になりたいなら……僕と一緒に、地獄の底まで行ってみる?」

 

シロウの三日月のような笑みが、夜の闇に深く溶け込んでいく

 

アイズの手が、震えながら、その禁断の「毒」へと伸びようとしていた

 

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