帰還者と狙撃手   作:きょうりゅう

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いやほんとすいません。遅くなりました。なるべく週一以上の更新は続けたいです。


本戦前:Ⅱ

 

本戦開始まで、あと二時間ほど。

俺は立川のマンションへ向かうため、歩いていた。十二月の夕方の空気は冷たく、吐く息がうっすら白い。本戦は午後八時開始。それまでに立川の部屋でダイブの準備を整える必要があった。

商店街へ続く細い道に出たところで——

 

「皆月くん」

 

声をかけられた。

足を止めて振り向くと、見覚えのある少年が立っていた。線の細い体。柔らかそうな前髪。穏やかそうな顔立ち。

新川恭二。詩乃の友人で、彼女の元クラスメイト。俺が編入する前に学校を辞めて、現在は予備校に通っているらしい。GGOでもリアルでも何度か、顔を合わせたことがある人物。

 

「よう、新川か。久しぶりだな」

 

俺は短く返した。

恭二は、にこやかに笑っていた。

 

「久しぶり。あれ、どこに行くの? これからBoBなのに……」

 

「ちょっと野暮用でな。BoBの最中は、俺の保護者のとこからダイブしてんだよ」

 

「保護者のところ?」

 

「ああ。昨日の予選からな」

 

「……へぇー。ちなみにその人の家って?」

 

「ちょっと離れたとこ。それがどうした?」

 

「あ、いや」

 

恭二の笑みが、ほんの一瞬だけ硬くなった。

 

「ううん。気にしないで」

 

——残念だな。

 

そう聞こえたか、聞こえなかったか分からないくらいの呟きが、恭二の口から漏れたような気がした。

何かを取り繕うように、恭二は笑った。

 

「じゃあ、頑張ってね、皆月くん」

 

俺はこの際、ここしばらく感じていたことを、聞いてみることにした。

 

「なあ、新川」

 

「何?」

 

「お前さぁ、なんで俺のこと嫌いなの?」

 

その瞬間。

恭二の表情が、崩れた。

笑顔の仮面が、ぱりぱりと音を立てるみたいに、剥がれていく。下から出てきたのは——憎悪、と呼ぶべき何かだった。

 

「……気づいてたんだ」

 

恭二の声が、低くなった。

 

「まあ、なんとなく。敏感なんだよ、そういうのには」

 

俺は淡々と続けた。

 

「俺、お前になんかしたか? 会った回数なんざ、片手で足りるくらいだろ。なのに、その目だ。理由が分からねぇ」

 

恭二は、俺を見ていた。

その目には、もう、優しい友人の影はなかった。底の方に、ぐつぐつと煮えるような何かがあった。嫉妬。羨望。それらが煮詰まって変質した、もっと重い何か。

 

「……君にだけは」

 

恭二が、絞り出すように言った。

 

「君にだけは、絶対に言いたくないな」

 

「あ?」

 

「僕とは違う——『強い』君には」

 

その言葉を残して、恭二は歩き出した。

俺の脇を通り抜けていく。すれ違いざま、恭二はもう俺の顔を見なかった。

 

「じゃあね、皆月くん。精々、頑張って」

 

去っていく背中。

俺は、その背中をしばらく見つめていた。

 

「……」

 

『強い』、か。

朝田にも言われたな、とふと思う。

俺は、確かに強いのかもしれない。肉体的にも、精神的にも。相手がプロでなければ戦闘で負けることは無いだろうし、並大抵のことで折れる精神も持ち合わせていない。それを、確かに『強さ』と呼ぶのかもしれない。

でも——

 

(こんなもの、俺は欲しく無かったよ)

 

これは、あらゆるものと引き換えに身に着けてしまったものだから。

両親も、友も、子供らしい日常も、夜にぐっすり眠れる安らぎも、全部、引き換えに払って——その対価として、手に入ってしまったものだ。

俺自身が欲した強さじゃない。生き残るために、無理やり身体に染み込ませた強さ。きっと、本来は手に入れる必要の無かったもの。

 

「……帰るか」

 

俺は、立川のマンションに向かって、再び歩き出した。

新川恭二の、狂気の一部を見なかったことにしながら。

 

 

 

 

 

 

ここからシノン視点。

第三回BoB本戦の開始、一時間ほど前。

総督府地下一階の酒場エリアの一角のテーブルに、私とキリトはいた。たまたまエントリー時間が被ったので、そのまま流れで本戦の説明をすることになった。

 

「本戦は、三十人による完全サバイバル戦よ」

 

私は待機エリアの巨大なマップ表示を指しながら説明していた。

 

「全員が広大なフィールドに散らばってスタート。最後の一人になるまで戦う。十五分ごとに全員の位置がスキャンされて、マップに表示される。隠れ続けることはできないってわけ」

 

「なるほど。隠れてやり過ごすのは無理か」

 

「そういうこと。位置がバレるから、結局はどこかで戦うしかない」

 

あらかた説明を終えて、私は気になっていたことを質問してみる。

 

「ねえ、あなたとアルバって、どういう知り合いなのよ?」

 

それにキリトが苦い顔をする。

 

「うーん……。どう言えばいいのかなぁ……。この大会に出ることになって、リアルの知り合いの紹介で会って、って感じかな?」

 

言葉を選びながら、何かを隠しながら答えるキリト。

 

「ふぅん……」

 

「シノンは?アルバとはどうやって知り合ったんだ?」

 

その問いに、私は少しだけ考える。奇跡のような偶然が重なって生まれた関係。あんな偶然まで、説明する必要は無いだろう。端的な事のみを答えた。

 

「……学校のクラスメイトよ」

 

「クラスメイト?」

 

「ええ。たまたま、お互いGGOをやってる事がわかって……まあ、そこからなんだかんだ、よく一緒にいるわね」

 

キリトは、その言葉と私の顔を見て、少しだけ口の端を上げた。

 

「へぇー。それで——告白はシノンから?」

 

「……は?」

 

私は、この男は何を言っているのだと、ぽかんとした。

キリトが、あれ?といった感じで首を傾げる。その動作がアバターの容姿も相まってやけに可愛らしい。

 

「え?だって、付き合ってるんだろ?二人は」

 

その言葉に、私の顔が一瞬で熱を持ったのが分かった。きっと周りから見たら、真っ赤だろう。

 

「な……な……」

 

「違うのか?」

 

「ち……違うわよ!アイツとはそんな関係じゃない!」

 

慌てて否定する私を見て、キリトはからかうように言った。

 

「でも、シノンは——好きなんだろ?」

 

「なぁ……っ!?」

 

「いや、昨日から見てた感じ、そうなんだろうなーって」

 

先程よりも顔に熱を持ったのが分かる。反論の言葉が、一切出てこない。

 

「リアルの彼も、ちょっと怖いけどいい人だしな。好きになるのも不思議じゃないよな……」

 

それ以上は、恥ずかしくて聞いていられなかった。私はソファから身を乗り出すと、人差し指でキリトの胸を、トン、と一度押した。

 

「……アンタ……アイツには、絶対に言わないでよ……?」

 

声に、本気の念押しが籠もっていた。

それに、やや驚きながらキリトが、面白そうに笑って答えた。

 

「勿論。そんな野暮なマネはしないさ」

 

その言葉を言うキリトの顔を、私はじっと見た。……まあ多分、本当だろう。嘘をつくようなやつには、見えない。私は観念して、ソファに座り直した。

少しの沈黙で気持ちを落ち着かせたあと、私は小さな声でキリトに聞いた。

 

「……私って、そんなに分かりやすい?」

 

私は、自分が彼に対して抱いている感情を、ずっと誰にも見せていないつもりだった。学校でも、GGOでも。それを、出会ってまだ二日目のこの黒髪の美少女風の少年に、あっさり見抜かれた。 

 

「まあ、それなりに」

 

キリトが、笑いながら答えた。

その言葉に、私はまた、恥ずかしくなった。両手で、頬を軽く押さえる。そんなに、分かりやすいのか。でも……。

多分、暁本人だけは、まだ気づいていない。気づいていないのか、気づかないフリをしているのか。たぶん前者だ。あの男は、こういうことには、絶望的に鈍い。

 

(……まあ、それでもいいけど)

 

私は、心の中でそう思った。

今すぐ、どうこうしたいわけじゃない。

ただ——この先も、彼の隣にいたい。それだけは、確かだった。

先程、恭二の告白を断った時に、自分の口から初めて出てきた「好き」という言葉。あれを口にして以来、自分の中で、この感情に名前がついた気がしていた。名前がつくと、ごまかせなくなる。だから、見抜かれるのも、もう仕方ないのかもしれない。

そこへ——

 

「何の話だよ?」

 

背後から、声がした。

 

「んひゃぁ!」

 

私は今まで上げたことのないような、飛び上がるような声を上げた。そして、その聞き慣れた声の主の方を振り向いた。

 

「うわ、びっくりした。急に変な声出すなよシノン」

 

立っていたのは、アルバだった。いつの間にか、ログインしていたらしい。

 

「ア、アンタが急に話しかけるからでしょ!」

 

「えぇ〜、理不尽」

 

「うるさい!」

 

フン!と、そっぽを向く。

 

「何の話だったんだよ」

 

何がなんだか分かっていないアルバが、横のキリトに聞く。

キリトは、首を振った。

それから、呆れたような顔で、アルバに言った。

 

「俺が言えたことじゃ無いかもしれないけど、アルバってかなりニブいんだな」

 

「あぁ?」

 

横目で見る彼の顔は、本当に困惑していて。そんな彼を見て、私は可笑しくなって、ふっと吹き出してしまった。

 

「……何だよお前ら」

 

困惑したままのアルバが、私とキリトの顔を交互に見比べる。それがまた可笑しくて、私は笑い続けた。

 

 

 

 

 

 

しばらく落ち着いた後、アルバが私の隣に座って、質問をしてくる。

 

「そうだ、シノン。お前、前回のBoBの出場者の情報集めてたよな?」

 

その言葉に、私は頷く。

 

「ええ。それがどうしたの?」

 

そう返答すると、アルバはウインドウを開き、この大会の名簿を見せてくる。

 

「こん中で初出場のやつ、何人いる?」

 

その質問の意図が分からなかった。そんな事を聞いて何になるのか。

 

「……はあ? そんな事聞いてどうするのよ?」

 

私がそう返すと、正面に座るキリトが口を開く。

 

「シノン、俺からも頼む。教えてくれないか?」

 

二人の真剣な顔。何かがある、と私は察した。

 

「……別に構わないけど」

 

私は名簿を覗き込んだ。

 

「えっと……、もうBoBも三回目だから、ほとんどの人は顔見知りかな。まったく初めてっていうのは……噂の狼さんと、どっかの光剣使いのネカマを除くと、四人ね」

 

「俺はネカマじゃないからな」

 

「その見た目じゃ説得力皆無だからなお前。で、誰だ?」

 

「ん……《銃士X》と《ペイルライダー》、それに……これは《スティーブン》かな。それと……」

 

もう一つ、アルファベットの名前をなぞる。

 

「《soldato》……。そるだと?かな」

 

私がそう口にすると、アルバの動きが、止まった。

ほんの一瞬。

普段の彼なら、見逃すような短い硬直。でも、ずっと隣で観察してきた私には、はっきり分かった。何かが、彼の中で引っかかった。

 

「……《ソルダート》だな」

 

アルバが、訂正してくる。声に、いつもより少しだけ重みがある。

 

「イタリア語で、軍人や軍隊を表す言葉だ」

 

それに、キリトと私が「へぇー」と感嘆の声を上げる。そして、私はいつかの非常階段での会話を思い出した。

 

「そういえば、あなたの名前もイタリア語だったもんね」

 

「まあな」

 

——アルバの目が、ほんの一瞬、遠くを見た気がした。

彼の目が時折こんな表情をする時、そこには彼の過去の誰かがいるのだろう、と私は感じていた。

アルバがキリトの方を向き、聞く。

 

「聞き覚えあるやつは?」

 

その質問にキリトは、無言で首を振る。

 

「そうか……」

 

二人の顔を、私は交互に見る。何がなんだか分からない私はアルバに聞く。

 

「ちょっと、いい加減説明してよね。この人達が何なのよ?」

 

そう聞くと、アルバは私の方を見て、何かを考えている様子だった。何かを葛藤している様子。

だが、口を開いたのはアルバではなく、キリトだった。

 

「昔、同じVRMMOをやってたやつかもしれないんだ。その名前のどれかが、きっとそいつだ」

 

それに、私は思い出したように質問する。

 

「……そういえば、一回戦の後、様子が変だったわね。仲違いした友達だったの?」

 

キリトがふるふると首を振る。

 

「いや違う。俺と奴は敵だった。本気で殺し合いをした、敵なんだ」

 

——殺し合い。

その言葉に、私の体が、ぴくりと反応した。

過去に、人を撃ち殺した。母を守るために。あの郵便局で、私が撃った弾丸によって、強盗の体が崩れた瞬間。——あの感触は、今でも私の手の中に残っている。

殺し合いという言葉が、軽い意味で使われるはずがないことを、私は誰よりも知っていた。

 

「俺は、ソイツの名前を思い出せない。思い出さなきゃいけないのに……」

 

「殺し合いって……そんな大げさな……」

 

そう言って、隣に座るアルバの顔を見る。

だが、その顔を見て、私は驚いた。

あまりにも、真剣だった。

その表情に怯んでいると、キリトが続ける。

 

「互いの命を懸けた、本当の殺し合いだ」

 

キリトの声は、震えていなかった。むしろ、覚悟を持って、紡がれていた。

 

「奴は……奴の属した集団は、絶対に許されないことをしたんだ。和解は有り得なかった。剣で決着をつけるしかなかった。それ自体を後悔してはいない。でも……俺は、負うべき責任から眼を逸らし続けてきた。自分の行いの意味を考えようともせず、無理矢理に忘れて、今日まで来てしまった……」

 

「だから、もう逃げることは許されない。今度こそ、正面から向き合わなきゃいけないんだ」

 

——命を懸けた、本当の殺し合い。

そんなもの、冗談だと思った。

だがキリトの表情は、冗談を言っているふうには見えなかった。だって、その顔には見覚えがあったから。

過去に囚われた、詩乃の表情そのものだったから。

私が何も言えないでいると、アルバがゆっくりと喋りだした。

 

「——『その銃の弾丸が、現実世界のプレイヤーを殺すとしたら、その引き金を君は引けるか』」

 

その言葉に、キリトが息を呑んだのが分かった。

アルバが、キリトをまっすぐ見据えながら言う。

 

「あの時、俺は『引ける』と言った。それは変わらねぇよ。だが——お前があの質問を、俺じゃなくて、自分自身に対しても投げてたんだろうなってのは、今になって思う」

 

「……」

 

「『あの世界』で、随分と重たいもんを背負っちまったんだな。お前は」

 

それにキリトが、哀しげな微笑を浮かべながら答える。

 

「……そうかもしれないな」

 

そう呟いた後、キリトはこちらを向き、謝罪してきた。

 

「すまない。変なことを言った。要は昔の因縁があるっていうだけの話なんだ」

 

それに、私は思わず呟いてしまっていた。

今までの二人の会話から推測できたこと。ゲームの中での、本当の命を懸けた殺し合い。……彼は、きっと。

 

「キリト……あなたはもしかして、《あのゲーム》の中に……」

 

その言葉にキリトの目が少し見開かれ、肩がピクリと跳ねた。その仕草に、私は私の推測が間違っていないことを確信した。

《ソードアート・オンライン》。

一昨年から去年にかけて、一万人もの意識をゲーム世界に閉じ込め、そのうち実に四千人の命を奪ったかの呪われたタイトル。

そこまで喋って、私は口を閉ざす。そして、キリトに謝罪する。

 

「……ごめん。訊いちゃいけないことだったね」

 

「いや……いいんだ」

 

ふと、アルバが口を開いた。

 

「……そろそろ移動しようぜ」

 

そう言って立ち上がるアルバ。それに無言のまま、私とキリトは続いた。そして、エレベーターで地下に降りる。

その中で、私は考えていたことを喋る。

 

「……あなた達二人に、何か事情があるのは分かったわ」

 

私の方を、二人が向く。構わず私は続ける。

 

「きっと、私には話すつもりもないことも分かってる。だから、私から、あなた達に言えることは一つだけ」

 

一つ間を置いて続ける。

 

「——全力で、戦いましょう。それだけよ」

 

私のその言葉に、二人は頷いた。

アルバに、今日の夕方の事を確認する。

 

「アルバ、約束覚えてるわよね?」

 

「……ああ。もちろん」

 

「そ。それならいいの。絶対にあなたを倒して見せるから、覚悟しなさい」

 

ビッと、アルバを指差して、なるべく不敵な笑みを浮かべながら言う。アルバはパチパチと瞬きしたあと、ニッと笑って返してきた。

 

「楽しみにさせてもらうわ。俺の初デスを奪い取ってみろよ?」

 

「上等!」

 

 

 

 

 

 

待機エリアの一角にて。

二つの影があった。

人気のない通路の奥。普段はプレイヤーが立ち寄らない場所。そこに、フードを目深に被った男と、灰色のマントを羽織った男が、立っていた。

 

「……で?計画は多少変更か?」

 

フードの男が、低い声で聞いた。少しだけ、訛りのある日本語。

灰色のマントの男は、頷いた。

 

「……《白狼》は、殺せない。それ以外の、奴らを、狙う」

 

抑揚のない、しゃがれた声。あの予選の後、キリトに声をかけた赤眼の男のものだった。

 

「残念だな。メインを逃しちまうとは」

 

フードの男が肩をすくめた。

 

「アンタは、《白狼》の、足止めだ。あの女を、狙うのに、奴は、邪魔だ」

 

「いいだろう。契約分の仕事はしよう」

 

フードの男が踵を返した。

灰色のマントの男も、その場を去ろうとして——ふと、足を止めた。

そして、誰にともなく、呟いた。

 

「……さて。あの時の日本人のガキが生きていたとは驚きだ」

 

声の低さに、わずかに笑みが混じった。

 

「思いがけない所で会うものだな。キョウ」

 

その名前を口にした瞬間、男のフードの下で、口の端が——歪んだ。

それは、再会を喜ぶ笑みではなかった。獲物を見つけた、狩人の笑みだった。

そして、その笑みを浮かべたまま待機エリアの奥に、姿を消した。

第三回BoB本戦開始まで、あと——三十分。

 




最後の男はアリシゼーション編まで見据えた展開を予定して、ここで登場させてみました。結構無理矢理かもしれませんが、なんとか書ききろうと思います。
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