転生鴉「アイほど歪んだ呪いはないよ」   作:サルミアッキ

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 竹取物語が史実だった世界線なので、この苗字で無関係ってこたぁねーだろ、という悪ノリの産物。


五大呪術宗家の無理難題 『火光獣の襞襟』編

 数刻前に命の危機に瀕していた星野アイの隣でミドルジャンプを読み、待ち人が来るまでの時間を潰すツクヨミ。

 ぴくり、と彼女の眉が動く。薨星宮の結界に魔女の呪力が感知された。

 

「やあ、おかえり」

「ふぅ。疲れた……。アクア君は夜も遅いしご自宅まで送って来たよ。あ、ツクちゃんこれ太歳星君の形代」

「星野アクアに良い所は見せられたかい? ……で。何回死んだの?」

「んーと、領域内の時空を改変したのが6回。実際はもっと死んでるね。いやー、やっぱおかしいわ、神様って。私有利のフィールドになったはずなのに死に物狂いで大暴れしていったんだけど」

 

 額の汗を拭う仕草をして畳の上に勢いよく倒れ込む魔女は、大きく息を吸って、い草の青々とした匂いを楽しんでいた。

 

「星野アクアへのフォローはこの形のまま進めればいいだろう。斉藤夫妻は、少しずつ常世と幽世の知識の狭間を埋めていけばいい。問題は……」

「あぁ。アクア君の妹ちゃん? 勉強はできないみたいだけど、なまじ頭は良いから。勘付かれた場合厄介だよ?」

 

 ごろり、と仰向けに寝転がる魔女。

 

「星野ルビーは、現時点の状況が本来の時間軸に繋がる場合、ストーリーラインの主軸となる。いわば状況を一変させかねないキーユニットだ。その分、この星野ルビーの思考の方向性を操作できれば、我々でも物語を動かすことが容易になる。神の一手というやつさ」

「過干渉で影響出るとこあるんじゃない?シスコンロリコンなアクア君とかさ」

 

 ツクヨミはミドジャンから目を離さずに、今後の構想を暗躍仲間に明かしていく。

 

「要するに、星野アクアに気付かせな(悪手を指させな)ければ良い。彼がヘイトタンクになる必要は、この世界では特には無いからね」

「どうするつもり?」

「……キミも太歳星君で見ただろう。神たる存在は分霊というものを使えるのを。私の体も、それにこの魂も、神と神道に基づく力があるのは知っての通り。神道においては、神霊は無限に分けることができるとされていてね、分霊をしても元の神霊に影響は無く、分霊も本体の神霊と同じ働きをするのさ。分け得というやつだね。まぁ、これはあくまで分霊を他の神社に移す勧請の場合だ。己が結界である陣地が成せるワザだけど、神霊本体が分霊を切り分けるとやはり能力の弱体化は免れない」

 

 だが、そこで言葉を切って、ツクヨミは余裕たっぷりに微笑んだ。

 

「ただし。この私を除いて、だけど。黒鳥操術の極ノ番『御烏喰(おとぐい)』を使って呪詛師の頭蓋を啜って手に入れた生得術式、そのうち一つにこんなものがある」

 

 ずずずず……と音を立てて、四つの人影が床に伸びて、人の形を形成する。

 

「「「「「紙袋を被った男でね。分身を生成する術式で、最大五体の分身を作り出せるんだ。それに、シュレーディンガーの猫みたく本体と分身の概念が存在しないから、術者が分身の中から自由にホンモノを選択できる。どうしてそんなに弱いのか分からんくらいに当たりの術式だったから殺してもらっちゃった。これを利用しようと思う」」」」」

 

 たはー、とステレオで笑う白髪の幼児たち。特級術師レベルであるツクヨミの呪力量、考える頭、呪詞を奏上する口、印を結ぶ手が五倍になる。ツクヨミの言葉に、魔女の頬が引きつった。

 

「……うっわ。人の心とか無いの?」

「神様にそんなもの、必要?」

「あー、無いみたいですねぇ」

 

 魔女、ドン引き。といっても戦闘能力の五倍化に恐れ慄いたわけでも、その呪詛師殺しを咎めたわけでもなかった。分身の内の一体が分霊化し、『魂が入っていない体』に憑依したことに魔女は苦言を呈したのである。

 三体の分身が消えると同時、注連縄で囲われた祭壇に寝かされていた美女————星野アイの瞳が薄く開き、ゆっくりと起き上がる。

 

「……あ、あー。あー。よしおっけ。じゃんじゃじゃーん! 星野アイ、ふっかーつ! 私はストーカーのナイフくらいじゃ死なないよ★」

 

 アイの瞳に宿る星の色は白でも黒でも無く、右目には青の、左目には赤の妖しい輝きが揺らめいていた。

 

「本来の時間軸じゃ聞かせちゃダメな台詞……というかツクヨミちゃんとキャラ変わりすぎじゃない?」

「憑りつかせた分霊なら憑依元の記憶が読めるからね。人格のエミュレートはそう難しいことじゃない。それと、私は呪力……いや感情を持つ生命的エネルギーの性質も変質できるから、星野アイの呪術的肉体情報を再現できるよ」

 

 まぁ、小細工もしているんだけど……ともツクヨミは心の中でつぶやいたが。

 

「そもそも、星野愛久愛海と星野瑠美衣の成長を待っている間、ずっとアイを活動休止させるのは下策だろう? 誰かが中に入って継続して動かさないと。筋力低下とかのリスクがあるし、ね」

 

 ————まぁ、その辺りの構想はサトウ社長たちに任せよう。ツクヨミと魔女は頷き合った。

 

「あー、それじゃあ本霊ちゃんと魔女ちゃん、その形代のお札貸して?」

「え……良いけど。ツクちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ。星野アイの体に刻まれた術式は、今は失われた無下限に匹敵する性能をしているからね。安倍晴明の家系の他に、五条家……菅原道真の血も混じっていたらしいし」

 

 何をしでかすか、本霊のツクヨミは分かったらしい。

 

「せっかく魔女ちゃんが太歳星君を弱体化させてくれたんだ。星神の縛りに対するスタンスも分かったし、この一件で縛りの法則性が明確になったでしょ? 本霊ちゃんの仮説、ほぼほぼ正しかったみたいだし。んじゃーこのまま力尽くで呪縛を解いちゃっていいよね」

 

 言うが早いか、星野アイの体を借りたツクヨミの分霊が、音楽に乗せるように呪詞を紡ぎ始めた。

 

「擬装(ぎそう) 天宮(てんきゅう) 月影(げつえい)の縁起(えんぎ)」

 

 彼女の体から夜の海のように蒼い呪力が立ち昇る。

 

「術式順転 『藍玉/愛久愛海(アクアマリン)』」

 

 演舞を交えて呪いの詞を謳う偽物のアイ(ツクヨミの分霊)は、依代の才能によるものか、はたまた別の絡繰りがあるのか、まるで神に祈りを捧げる偶像(巫女)のようだった。

 

「偽造(ぎぞう) 天動(てんどう) 陽光(ようこう)の愛憎(あいぞう)」

 

 彼女の体から陽射しのように朱い呪力が立ち昇る。

 

「術式反転 『紅玉/瑠美衣(ルビー)』」

 

 青い星と赤い星がアイの体の背後で輝く。その二つ星の輝きが混ざり合い、神秘的かつ退廃的な紫の光が溢れ出た。

 

「神光(しんこう) 星哀(せいあい) 烏(からす)と双生(そうせい) 真偽(しんぎ)の間(はざま)」

 

 アイが左手で結んだ伊舎那天印の人差し指の先に集う茈が、開闢の光のようにひと際鮮やかに輝くと、その前方にひらりと形代が放り投げられる。

 

「嘘式(きょしき) 『菫青石/愛鏖輝(アイオライト)』」

 

 実在と虚構が双極する世界の矛盾がアイの指から解き放たれると同時に、ヒトガタから解放された星神が現実に転び出た。

 

「————が、は……⁉」

 

 迫りくる極光。その超光速の一撃が、現状を把握しようとも弱体化し動けない分霊・太歳星君の命を刈り取った。

 

「……良し、やったー! この身体から父親が結んだ神代の契約が消えたね。やっぱり八握剣異戒神将みたいな無理難題で成立させた縛りだから、対象の攻略をすればよかったみたいだね★」

 

 綺羅星! とおふざけポーズを決めて、偽星野アイ(ツクヨミの分霊)はこともなげに、己が家系に紐づいていた呪縛を解除した。

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 昔の私の話をしようと思う。今やお茶の間の人気者である私だけれど、当時の私はただお茶目なだけの美少女だった。それでも、自分が持つものと周りの人たちはどこか違うと、生まれながらにして肌で感じていたように思う。

 

 自覚したのは、ある晴れた日。その日はお父さんとお母さん、それと姉さんと一緒に京都本家に呼び出されていた。知る由も無かったけれど、私の家は千二百年以上の歴史を持つ呪術師の家系だったらしい。それに、同じような立場の一族が、私たちの家を含めて幾つもあるんだって。

 それを裏付けるように、京都本家から移動して、『神社本院』阿天坊神宮に集められていたのは、姉さんと同じ年頃の四人の男女。

 

 珍しい水色の髪色をした、帽子を被った目つきの鋭い美少女。

 テレビで最近よく見る、(姉さんと同レベルの)目が幸せな絶世の美少女。

 私たちにもにこにこ接してくれている、気質どころか物理的に明るく見える美少女。

 畳の上に置かれたピアノを弾いている、目元にまでかかる髪の美少年。

 

 私は初めての出会いだけれど、姉さん曰く、ここに集められたのは一度や二度じゃないらしい。彼らとは顔なじみらしく、気兼ねなく話をする姉さんはどことなく楽しそうに見えた。特にテレビで見るおさ……おさしみ? とにかく難しい名前の女の子と話す姉さんはイキイキしていた。傍から見れば不思議ちゃんで表情の変わりにくい姉さんだけど、妹の私ならば分かる。芸能界に興味があるのを知っているからね。B小町のライブ映像を見た時から、はわー、ってなっていたし。

 

「ほら、モモちゃんも一緒にお話しよ?」

「るせぇ、勝手に近寄んな。あんたみたいなのが一番嫌いなんだよ」

 

 ……訂正。一人、あまり仲良くできそうにない女の子がいたけど。桃色髪の女の子が手を引っ張ってるけど、すげなく振り払ってて取り付く島もない。仲良くなれるのかなぁ……。

 

「……時間になります。こちらの部屋にお越しください」

 

 神社の大人にそう言われて、不思議な回廊を抜けて、古い大きい鏡の前に立たされた。後で聞いたが、この場所にあった鏡は体に宿った不思議な力……『生得術式』を映す鏡なんだって。私がこの日阿天坊神宮に呼ばれたのは、術式の有無の確認にあったみたい。

 

「……成る程。お宅の相伝術式の一つですね。この三百年近くは生まれていなかったものですが。生得術式にデフォルトで領域展開の機能が内蔵された、自己回復と自己強化が主体の能力です。中々に扱いが難しいので、長い目で見ていく必要がありますね」

「そうなると、誰かに師事を仰いだ方がよろしいのでしょうか……?」

「ええ。幸いにも、お住いの東京には阿部家の邸宅がございます。土御門の家系ですので問題ないかと……。ご一考してみてください」

 

 りょういきてんかい、という言葉が妙に耳に残った。病院の診察結果みたいに、神社の人はお父さんやお母さんに私のことを説明していた。

 なんでも、奈良時代に生きていた私たちの御先祖様は、呪術を扱える宇宙人と戦って、すったもんだの末に何とか和平を結んだとか。それ以降、御先祖様の子孫たちは、ここ阿天坊家の社に保管されている六眼の大鏡にて判明した血筋ごとの術式を記し、相伝と異伝とを明確にして、有事の時に備え役割分担をしていたのだとか。

 今となっては昔のことだけど、この家系に生まれた子どもは元服前の慣習として現在でも続いているらしいよ。私の家の術式の系列は温度変化や布に関連するものが多いんだって。

 実際、姉さんにも不思議な力が宿っているのを知っていた。私が風邪を引いた時なんかは、手から氷を出して頭を冷やしてくれたし、寒いお外を歩く時は逆に手を温かくして握ってくれた。

 私にもそんな力があるなんて、嬉しかったなぁ。幼子の頭では当然そう考える。危険性のことなんて、頭の隅にほっぽりだして。

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 夜。その少女は目が覚めた。家族で京都に遊びに来れた嬉しさで、元気一杯に走り回っていた疲れも、何故か無かった。

 

「おトイレ……あれ?」

 

 彼女は、真っ暗な道に素足で立っていた。

 

「ここ……どこ?」

 

 人の気配が感じない。何処にも息づく命は無い。ずりっ、ずりっ、と何かが引きずられる音がする。

 

『たす、けて……助けて……。お願い、たすけてぇ……』

「?」

 

 道の傍らの古民家から、か細い女の声が聞こえて来た。窓ガラスが二階にしかない、奇妙な家だった。窓ガラスには隙間すら無く紙が貼り付けられている。

 その家の閉ざされていたはずの扉が、女児の目の前で開かれた。埃だらけで天井が落ちている襤褸邸。その中を女児は歩く。無限階段を上り、歩く。広い居間を永遠に近い歪んだ時間の中、歩き続ける。

 ここの家の中には、助けを求める声も何もなかった。だけれど、一か所、漆喰の色が違う壁があった。

 女児がその壁に触れると、ぼろりと音がして、容易く崩れた。壁の裏には、地下に繋がる階段があった。

 夜目を光らせ、女児は階段を下る。すでにそこは、地表ではなく地獄の辺境。呪いと言うには深くて濃い、邪悪が渦巻く死の国だった。

 

「……助けてって言ったのは、あなた?」

 

 女児が、地下牢にいた存在に語り掛ける。

 

『あ……あ……』

 

 そこにあったのは、幾つもの札が貼り付けられた一つの干からびた死体。綺麗な法衣で着飾らされた即身仏だった。胸になにか、小箱のようなものを抱え込んでいる。

 

『……タスケテ』

 

 死骸から、声が漏れ出た。その声を聴いた女児は、恐る恐ると地下牢に触れた。

 

「————っ!」

 

 強烈な嫌な気配に、とっさに身を翻していた女児。バチン、と牢の扉にヒビが入ったのを見て、尻もちをつく。

 見れば、即身仏の手元にあった箱が開いていた。

 

 ————ホヒヒヒヒヒヒヒヒッ……!

 

 不気味な笑い声が響き渡った。

 

「いま、すっごい悪寒がした……」

『ごめん……なさい……』

「!」

 

 即身仏の中から、萎びた体つきをした女性の魂が倒れ込むように現れる。

 

『助……かった……助かって、しまった……ごめん、なさい……ごめんなさい……』

 

 謝り続ける女の霊を不思議に思い、女児は恐る恐る地下牢に近づいた。

 その時、ひたり、と奇妙な足音が聞こえてくる。

 女児の動きが止まる。はぁ、と臭気を伴う息遣いが耳元でした。

 

 ————後ろに、何かがいる。

 

『ばーさーる』

 

 女児の隣に、顔があった。

 

「————……っ!」

 

 ソレは、黒い全身タイツを着たような体表に、人間性を喪失した四つん這いの姿。長く伸びた首と四肢を有し、不気味なベネチアンマスクを付けた禍々しい人型の化け物だった。

 女児は知る由も無いが、この化物は大昔のこの地に呼び出され、一夜にして村々を滅ぼしたシシムラ様と呼ばれる魔物だった。

 このシシムラ様が告げた肉(ばーさーる)の呪いは幾つかの段階に分かれた効果が生ずる。第一段階では生物の意識は混濁し、廃人化する。さらに第二段階として、廃人化した生物は、赤子の木乃伊のような状態にまで縮小してしまう。そして最後の第三段階、それは縮小された生物がシシムラ様の腹部の五つのポケットに入れられた際に発生し、木乃伊を入れたシシムラ様が消滅するのを代償として、入れられた木乃伊態の生物がシシムラ様へと転生する。

 初見殺しも良い所の、対処法の難易度が高い生得術式であった。だが……。

 

『?』

「……、何か。体が変?」

 

 少女の身に降りかかる悪魔の呪いが、白い光に中和されていた。

 

『ばーさーる』

「……、分かんないけど。理解はした」

『ほひゃぁッ!?』

 

 女児の手に触れられたシシムラ様の頭部が、消滅した。

 

「良し。……でも、この感じ。地上の方にもまだいるみたい?」

 

 階段を上って、女児は国道へと顔を出すと、そこにあったのは地獄絵図だった。

 

『ばーさーる』

『ばーさーる』

『ばーさーる』

『ばーさーる』

『ばーさーる』

『ばーさーる』

「……うわぁ」

 

 シシムラ様の群れが、所狭しと国道を跳梁跋扈する様子に、少女は呪力で輝く目を細めた。

 

 少女の体に刻まれていた生得術式は、『目正月(めしょうがつ)』。その術式効果は、疑似的な六眼に変化した眼球で視認した呪いを識別し、対処法を全自動(フルオート)で脳内演算し解明する。この時、術師の脳への負担は相当なものとなるため、デフォルトで反転術式が組み込まれた貴重な相伝術式である。

 そして術式所有者の少女の気質が、相伝の術式運用を超えた相乗効果を生む。本来の世界線では、美しいものを見ると視力が良くなると言い切る程の彼女が、視覚情報から呪術を作動させる術式を得ればどうなるか。

 

「……りょーいきてんかい?」

 

 少女は昼間に一度聞いただけで耳にこびりついてしまった言葉を紡ぎ、指眼鏡を作って覗き込む。その指の形は奇しくも、転法輪印を結んでいた。

 

「『しょーしゅんげっきょー』」

 

 領域展開、『小春月鏡(しょうしゅんげっきょう)』。術式としては完成しているが、未だ己が芯を象徴するオブジェクトは存在していない、人間的には未だ成長途中なことを示す未熟な風景。ここは微細な色が霞のように揺らめいているのみだった。

 

 松尾芭蕉が詠んだ句に曰く、「秋の穏やかな小春日和に見る、鏡のように澄んだ美しい月を見るのは、まるで目の正月のようだ」……という。

 

 月の鏡 小春に見るや 目正月

 

 また、江戸時代前期の狂歌集狂歌・後撰夷曲集にも同じような句がある。

 

 春ならで 目の正月は こよひぞと 向ふかがみの もち月のかげ

 

 どちらの歌も、人々は古より美しいものは目に良いと体感し、言語化してきた証左であった。その感性を齢三歳で成立させた幼女が発動させる領域展開も又、これらの歌と同様の効果を生み出すに至る。

 

「あなたたちは体が負の感情エネルギーの呪力で構成されているのは見たら分かった。なら、負と負の感情エネルギーを掛け合わせた正のエネルギーをぶつけて、ついしょーめつ? というのを起こす。どうやって反転術式(正のエネルギー)を発生させればいいか、ちょっと難しかったけど。イケメンと美少女を見た時の気持ちの輪郭を雛型にして、呪力を混ぜるみたいに注いでみた。そしたらできた」

 

 などと彼女は無自覚に術式の開示を行い、呪力出力を強化しているが、反転術式のアウトプットはそんな簡単なテクニックではない。デフォルトで反転術式が発動しているとはいえ、アウトプット用の正の呪力の最低限度量までは到底賄えない。

 では、何を以て反転術式用の呪力生成難易度を下げているのか。それは、彼女の感受性を補強するための視認の感覚変化にある。

 

 彼女の領域に付与された効果は、現代の領域に見られる必中必殺ではなく、必殺の部分を省いた必中のみ。所謂古式の領域展開に近いもので、相手への干渉もほぼゼロという、術式の開示すらないものとなっている(これは、彼女の術式『目正月』が視認によって発動するものであるため)。

 必中効果の『完全視認』。それだけの為に莫大な量の呪力の消費が発生する。一見すれば、無意味に思える産廃の領域展開。

 だが、少女には見えていた。

 

「うん。お化けがイケメンや美少女を前にした時と同じ感じに見えてる。これならモチベな気持ちももりもり湧く」

 

 グロテスクな呪霊であろうと、不細工な呪詛師だろうと、見るだけで正気度を削る神だろうと、この領域内でならば、彼女にとって心に潤いを与えてくれる、美形な人型生物として認識される。自身に対する認識改変。呪術的に言え変えれば自分を不利にする縛り(デメリット)であるが故に、呪力出力が更に上昇し、呪力の制限解除が行われるというおまけつき。

 

 通常、領域展開を発動した直後は脳の負荷による術式のオーバーヒートをはじめ、呪力が激減し術式が使用不可となる。

 だが、ここに例外が存在した。

 

「領域展開、『小春月鏡』」

 

 その術式の特異性により、彼女は領域展開の連続使用が可能な呪術師である。領域展開中に、さらに新たな領域を創り出し、術式効果範囲を倍々ゲームで広げていくことが可能だった。

 

「領域展開、『小春月鏡』」

 

 その反転術式のアウトプット攻撃は、文字通り終わることが無かった。シシムラ様の群れが消え、最後の一体になろうとも、少女は疲れを見せることなく領域展開を続ける。その時点でも呪力消費のロスはゼロだった。

 

「領域展開、『小春月鏡』……、ん?」

 

 突然、術式発動中の視覚に違和感が走った。ぐにゅり、と残っていたシシムラ様に異変が起きる。

 

『こっ、こぉぉ……や、やはぁぁぁぁ……』

 

 シシムラ様たちの体が解けて、一つの扉を生み出した。その門には、ソロモン王の悪魔のシジルが刻まれていた。

 軋みながら開く、地獄の門。そこから現れたのは……。

 

『あっ、あひっ……あへっ』

『あ、は、はへっ』

 

 脳を蠢く繊維状のナニカで刺し貫かれた二体のシシムラ様が鎖を引き、木の台車に乗せられた隔絶した存在が門の奥より現れる。

 群体の悪霊を奴隷扱いし弄ぶ程の、超常的な個体。シシムラ様はただ、眼前の呼び起こしてはならないものを呼ぶための前座に過ぎなかったらしい。

 人型に近いけれども、山羊のような角と、白く神々しい大きな鳥の翼を持つ異形の存在。長い首の先にある少年の顔は微笑みを浮かべているが、顎の部分にもう一つ山羊の口があった。

 

「体が、毛で出来てる……?」

『うふっ……。うふふふふふ』

 

 指先に生えた毛が蠢き、その先にあるシシムラ様の頭部を引き裂いた。

 

『あへっ、あ、ああっ、あへへへへへへへへへへへへっ‼ あへへへへへへへへへへへへっ‼』

 

 シシムラ様の体内に潜り込んだ白い毛によって皮膚や筋肉、頭蓋骨が縦に裂かれ、剥き出しになった脳髄が凌辱されていく。その命を代価として、白いナニカは呪いを放った。

 

『לָמוּת(らぽーつ)……』

 

 ————はずだった。

 

「術式反転、『灼楠花(しゃくなげ)』」

『あっ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア⁉』

 

 蒼い炎が、白いナニカを一瞬で塵にした。

 

「……大丈夫? 探したよ、フ(・)リ(・)ル(・)」

「姉さん……」

 

 月光に照らされて薄紫に輝く白い髪を棚引かせた少女が、赤い目で優しく自分の妹を捉えていた。

 

 

 

 

 

★

 

 

 

 

 

 芸能界には才能が集まる。霊能界にも才能が集まる。違う所は、霊能界は死ななかった人間が残るだけ。うーむ、無常。でも、どうにかこうにかどっこい生きてる私。運が良いのか、死ににくかったからなのか。

 

「フリルちゃん。何それ? ハートならまだしも、心臓って……言っちゃあれだけど趣味悪くない?」

「……昔ゲットした指輪。なんだったっけね、コレ? 呪いのドロップアイテムみたいなものだった気がする」

「や。そんなもの付けて仕事来ないで?」

 

 私はお茶の間で人気の国民的美少女、不知火フリル15歳。今日も私は芸能界と霊能界、タレントと呪術師の二足の草鞋を履いていた。




 言っとくが、不知火フリル三歳の出来事である。フリルは兎も角ころもさん、何でボスムラ様(マルバス)まで倒せてんだ。二人合わせて肉団子君+前鬼レベルの戦闘能力なんだけど、良いんスかコレ。一芸能人たちの幼少時代に持たせていい戦力じゃないよこれ。
 このあと、ちゃんと妻で即身仏を作った生臭坊主は罰せられました。ダークギャザリングより命があるだけ温情。
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