ヤーナムの狩人とオラリオの導き手:啓蒙から始まる恋文字(れんじ)   作:もいもい130

29 / 29
第29話:新たな日常、あるいは導き手との午後

 

「卒業」を言い渡された翌日。オラリオのギルド職員たちは、その光景を二度見、あるいは三度見することとなった。

かつてロキ・ファミリアを震え上がらせ、メンシス神拳なる狂気の技で剣姫をぺちぺちと翻弄したあの狩人が、小脇に「高級な茶葉の箱」を抱え、極めて神妙な面持ちで資料室へと入っていったからだ。

「……来たぞ、導き手よ。復習の時間だ」

狩人は狩人の帽子を脱いで会釈した。

デスクで膨大な書類と格闘していたエイナ・チュールは、呆れたような、しかしどこか嬉しそうな溜息を漏らして顔を上げた。

「本当に来たんですね、狩人さん。……まあ、いいです。ちょうど休憩しようと思っていたところですから。……でも、その箱は何ですか?」

「お前への、その……昨日の礼だ。ヤーナムの古い庭園で採取された、精神を安定させるハーブだという。毒性はないと、……多分、保証する」

「『多分』はやめてくださいね? ……まあ、せっかくですから淹れていただけますか?」

狩人は頷き、遺志の中から使い込まれたティーポットを取り出した。

その背後、影の中では使者たちが「主様と聖母の茶会(サバト)だ!」と大興奮していた。彼らは主人の役に立とうと、無言で、しかし一糸乱れぬ動きで影の中から「最高級の氷」——かつて冷たい谷で拾い集めた、永遠に溶けぬ魔力的な冷気を帯びた欠片——を、ポットの中へそっと投げ入れた。

「……どうぞ。……導き手よ、口に合うかは分からぬが」

狩人が差し出したカップからは、爽やかなハーブの香りと共に、どこか宇宙的な青白い蒸気が立ち上っていた。

普通の人間に見えれば「発狂の冷気」が混じった危険な飲み物だが、今のエイナには、連日の「マジェスティックな特訓」を乗り越えた結果、並の冒険者以上の「啓蒙(耐性)」が備わっていた。

「あら……。凄く綺麗な色ですね。いただきます」

エイナが一口、喉を通す。

瞬間、彼女の背筋を氷の刃が駆け抜け、脳内に一瞬だけ「巨大な脳に無数の瞳が生えた幻影」が過ぎった。……が、彼女はそれを「あら、冷たくて気持ちいい」の一言で切り捨てた。

「……美味しい! 疲れがスッと引いて、頭が冴え渡るようです。……狩人さん、あなた意外とお茶を淹れるのが上手なんですね」

「……そうか。ならば……よかった」

狩人は安堵し、自分も一口啜った。

(……おかしい。これほどの冷気を混ぜて、なぜ彼女は正気でいられるのだ? ……やはりエイナ・チュール。彼女こそが、この街における『月』に近い存在なのかもしれん……)

そんな穏やかな(?)ひとときを破ったのは、扉を勢いよく開ける音だった。

「ずるい! 私も、お茶、飲みたい!」

「狩人さん! エイナさん! 僕たちも混ぜてください!」

現れたのは、アイズとベルの二人組だった。

アイズは鼻をヒクヒクさせながら、狩人の隣に陣取り、「マジェスティックな、お茶……」と期待に満ちた黄金の瞳を向けている。

「アイズさん!? また仕事を抜け出してきたんですか? ベルくんも、特訓はどうしたんですか!」

エイナがいつもの調子で説教を始めようとするが、ベルは必死に手を振った。

「いえ、今日はエイナさんの顔色が良くなったってギルドで噂になってて……。狩人さんが『特製の魔法薬』を飲ませてエイナさんを操ってるんじゃないかってロキ様が騒いでたので、確認に来たんです!」

「操ってなんていませんよ! ほら、あなたたちも座りなさい。……狩人さん、二人分もお願いできますか?」

「……構わん。……使者たちよ、追加だ。……今度は氷を控えめにしろ」

影の中の使者たちは、アイズとベルの登場にさらに活気付き、無言で「歓迎の舞」を踊りながら、今度は庭園の「発狂花」の蜜を隠し味に投入しようとしていた。

資料室を吹き抜ける、不気味だが心地よい冷涼な風。

そこにはもう、逃亡者と監視者の関係はなかった。

かつて孤独な狩りの中で狂気に蝕まれていた男は、今、騒がしい若者たちと、自分を真っ当な人間に戻してくれた一人のエルフに囲まれ、生まれて初めて「文字ではない安らぎ」を噛み締めていた。

「……マジェスティック……。……いや、……『素晴らしい』午後だな」

「あ、今『マジェスティック』って言おうとしましたね? はい、罰としてベルくんの宿題も見てあげてください!」

「……何だと。……少年、見せてみろ。……この『て・に・を・は』の使い方は、メンシス的には……いや、文法的によろしくないな……」

夕暮れのギルド。

笑い声と、時折響く定規の音、そして使者たちの「クケケ」という満足げな喉鳴らしが混ざり合い、オラリオの新たな「名物風景」として、いつまでも続いていくのであった。




ここまでお読みいただきありがとうございました
最早この先軌道修正も出来ないと思ってます狩人さんとエイナさんをもっとイチャイチャさせるのを見たい方がいれば書きますが
殺伐とした狩人さんに戻すのはむぅりぃ許してクレメンス
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

隻狼 修羅に落ちたが本気出す(作者:わたぼう)(原作:無職転生)

人としての道を踏み外し、▼隻狼は修羅となった。▼その瞬間――▼何の因果か、彼は若返り、不死斬りと竜胤を持ったまま異世界へと飛ばされる。▼見知らぬ空。▼見知らぬ大地。▼そして、消えることのない記憶。▼葦名を焼き、数千の命を奪った自らの業。▼深い絶望と、拭えぬ後悔。▼魂にこびりついた怨嗟は、何故か弱まっているが未だ燃え続けている。▼――この世界でも。▼彼は再び、…


総合評価:269/評価:8.1/連載:14話/更新日時:2026年04月02日(木) 22:45 小説情報

ダンジョンに獣狩りを求めるのは間違っているだろうか、あるいは血の夢に耽るべきか(作者:もいもい130)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

性懲りも無くまたダンまち狩人を放り込む


総合評価:459/評価:7.71/連載:3話/更新日時:2026年04月07日(火) 16:20 小説情報

英雄と奇跡を幻視した怪物たち(作者:シビトバナ)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

▼明日も生きれるかわからない状態に陥ってしまった彼が必死に生きようと躍起するお話。▼だが次第に見つかっていく自身の厄ネタによって目のハイライトが消えていって……▼※タイトルに深い意味はありません。リメイク作品です。改めてよろしくお願いします。


総合評価:429/評価:8.22/連載:10話/更新日時:2026年04月24日(金) 21:36 小説情報

ダンジョンに家族を求めるのは間違っているだろうか(作者:親父)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

頂上戦争で死んだはずの白ひげが若返りダンまち世界にきたお話。


総合評価:1185/評価:8.08/連載:5話/更新日時:2026年05月15日(金) 00:45 小説情報

謎生物を拾ったんだが(作者:異形に性癖を破壊されし男)(原作:ブルーアーカイブ)

謎生物を拾ったんだが…どうすれば良いと思う?▼


総合評価:762/評価:8.77/連載:16話/更新日時:2026年01月17日(土) 07:25 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>