皆と繋がり合えたあの日から、やっとバンドはクライシックの名前を得てボクはそこでギタボとして少しだけだけれど自分を誇れるようになった。
そのお陰で、ボクは毎日練習が楽しみになって何時もお姉ちゃんに持って貰っていたギターも自分で頑張って背負って直ぐにスタジオに迎えるようにして帰りだって自分でギターを持って皆と一緒にお菓子や苦手なコーヒーだって楽しく飲めて、この世界の地面にやっと足を付けれた気がした。
だからその日も、仮面を脱ぎ捨てた笑顔を浮かべながら僕は穏やかな風を背に晴天の青空の下、お姉ちゃん達を待っていた。
でも、人生っていうのはそんなに素直に進んでくれないらしくて…軽やかな咳が僕の口から一度、二度通り過ぎて続けて僕は大きく咳き込み続けた。
「翔子…っ!大丈夫ですの!」
そして、運の悪いことに…いや何時も通り、一番見られてはいけないお姉ちゃんにそれを見られてしまったんだ。
「ゴホッ、お姉ちゃん…大丈夫だよ?ちょっと肌寒かっただけ…ゴホッ、ゴホッ!」
取り敢えず心配で泣き出しそうなお姉ちゃんを困らせないように誤魔化そうとしたけど、今日はやけに咳が止まらなくて掠れた声で余計にお姉ちゃんを心配させてしまった。
「翔子、今日は練習は辞めて体を休憩いたしましょう?このままでは悪化するだけですわ…」
「…でも皆との、お姉ちゃんとの初ライブは明日なんだよ、ゴホッ…最終調整しないとっ」
咳き込みながら、僕は必死にお姉ちゃんに頼み込む。だって、折角の初めてのライブを最高なものにしたいから…それに、クライシックでの…皆との最初で最後のライブなんだから─。
それでも、未来を知らないお姉ちゃんはただをこねる子供をあやすように僕の背中を優しく撫で、希望を語った。
「そうですわね…でも初ライブがもしダメだったとしても、次…そのまた次のライブもするのですから、今は翔子の体調を治すことに専念いたしましょ?それに、翔子はもう独りだけではないんですの!わたくしや燈、睦も立希もそよも居ますわ…!だから、明日も不安にならなくていいんですのよ?」
「それに、明日はお父様のいらっしゃいますから…翔子の凄いところお見せしましょう?」
何時も通りの優しい日溜まりで、でもちょっとだけ違う陰りを持つお姉ちゃんの言葉に、僕はただ頷くことしか出来なかった。
そして、迎えた初ライブ兼最後のライブの日…僕は何とか体調を回復させて皆と一緒にライブハウスにやって来た。
初めて立つ舞台裏は、今ライブをしている人たちとそのファンの熱狂が響いていて…少しの不安と緊張を抱くには十分だった。
でも、そんな僕の手を一番緊張してそうな、いやしている筈の燈ねぇが優しく触れてくれて少しだけの勇気を奮い立たせてくれた。
だから、振り返ったお姉ちゃんの顔をしっかりと見て皆を鼓舞してくれる…まさしく太陽のようなお姉ちゃんの言葉を受け取った。
「クライシックの音を、叫びを楽しみましょう」という、その言葉を。
そして、やっと立ったステージで僕はそこから見渡す景色に恐れとそして少しばかりの興奮を覚えた。
だってそれは、ほんの少しの期待の眼差しときっと目的が他にあってそれ以外は興味もないという現実で、アニメではないことを酷く理解させてくれる光景だったから。
ゴクリと息を飲む音が聞こえた。それが、僕なのか直ぐ近くの緊張してドシを何度もしている燈ねぇのものなのかは分からなかったけれど、僕たちはそんなアウェーの中で燈ねぇのMCの後、音を響かせた。
初めに、お姉ちゃんの優しく繊細な音が響いて睦姉さん、立希ねぇ…そよねぇ、そして燈ねぇの叫びと続く。
僕はそれに合わしてやっと自信の出来た叫びと音を混ぜてちく。
そこには、たった一人なんて存在しなくて皆と僕は溶けて一緒になって音を、叫びを弾いていく。
気がついた頃には、今までの思い出と涙が勝手に溢れて来て、でもその悲しみすらも叫びに溶けて宙に舞い僕らの、そう…空っぽが満ちていった。
何処か、何かを失っていた僕らの足りなかったその空っぽが、このライブを境に照らされて幸せという暖かさで満ちていったんだ。
だから、終わった後も容器から溢れた幸せで僕の涙は止まらなくて一人だけ俯瞰していた睦姉さんの手を取った。
きっと、睦姉さんは自分が今感じている感情も自分のギターの歌声も気付いてはいないから…。
「ねぇ、睦姉さん…一緒に歌ってくれてありがとう。ちゃんと、届いたから…僕の心にちゃんと、叫びが届いたから」
「翔…本当に?私、歌えていたの?」
「うん、あの時…言ったでしょ?睦姉さんは、ちゃんと歌えているって。だから、蔑まないで?自分のことを。だって、僕の師匠なんだから!」
「翔…」
やっと、睦姉さんは幾つもの仮面の中から滲んだ涙を溢した。…それが、演技じゃなくて本当なのかなんて僕には分からないけれどそれだけで少しだけ、またほんの少しだけ自分の存在の意義と細やかな罪悪感を感じて…お姉ちゃんの僕たちを呼ぶ声と視界の隅に写った初ねぇの微笑む顔で僕は現実に戻った。
クライシックの終わりという…幾つもの絶望と希望の物語の始まりへと。
「行こ、睦姉さん!」
「うん…」
でも、今だけは指先に感じる睦姉さんのその少しの熱に絆されていたいと…そう思ってしまった。
けれど、そんなことで運命というものは変わるものなんかじゃなくて控え室に向かった僕とお姉ちゃんは、楽しそうに話す皆の声とは別でお父さんとのグループのメッセージで、始まりを見ることになった。
「もう一緒には暮らせない。二人は幸せになってくれ」
そして、父親からの呪いの言葉によって初ライブの成功という熱から一気に冷まされたのだった。
そして、失意の中で眠った次の日の朝に僕はお姉ちゃんに手を取られおじいさまの元へと向かった。
そこで語られたのはお父さんが詐欺にあってとてつもない損害を出してしまったこと、そしてもう豊川の人間では無くなってしまったことだった。
その上、父親のことは忘れて叔父の庇護下に入れと言われ…お姉ちゃんは本来直ぐに僕の手を取って感情に任せてこの家を出る筈だった。
それが運命で、それが物語の始まりへと続く道だから。…なのに、お姉ちゃんは僕の手を少しだけ強く握ってその場に踏みとどまった。
「…分かりましたわ」
諦めたように、お姉ちゃんはそう言った。その言葉がどんな心から生まれたのかは僕には分からなかった。でも、原因が僕であることだけははっきりと分かって…だから、僕は初めて子供らしくお姉ちゃんに逆らうことにした。
だって、そうしないと…お姉ちゃんはこの先に進むことがきっと出来なくなってしまうから。それに、このままじゃお姉ちゃんという太陽は雲に隠されてしまう気がして。
「やだ、やだやだやだ!僕は…お父さんと一緒がいい!お姉ちゃんとお父さんと一緒に、居たいの!」
きっと、その言葉に嘘はなかった。あの人が、この先何れだけ落ちぶれてしまうかを知っていても…あの人は僕のことを愛してくれた人だったから。
「翔子…」
「ふん、だがお前らのような箱入りがどうやって生きていく気だ!それに、翔子…貴様は病弱でいつ体調を崩すか分からないんだぞ!」
「分かんないよ…そんなの!でも、家族だもん!お父さんもお姉ちゃんも一緒で居たいんだもん!この分からず屋っ!お姉ちゃん…行こっ!」
咄嗟に出た言葉は余りにも幼稚で、不恰好だったけれどお姉ちゃんはちゃんと僕の手を握り返してくれた。
そして、お母さんの人形を持ってやっとお姉ちゃんはらしくない諦めの表情を辞めてくれた。
でも、お父さんのお家にたどり着いた僕らを待っていたのはこれから続く途方もない一般という暮らしよりかけ離れた没落の暮らしだった。
─存在しない筈の人物によって壊れかけた歯車は動き出した。運命という糸によって─。
ただ、その幾つもの傷は大きく波及していく。…いつの日か運命という硬い糸すらも、切ってしまう程に─。
お久しぶりです。
実質初投稿と言える程、隙間が空いてしまった理由についてはプロフィールに書いた通りスランプに陥ったせいです。
けれど楽しみに待っていると感想を書いてくださった方々が過去に居てくれたお陰でまた少しずつですが復帰していくつもりです。
なので、良ければ感想や評価、お気に入りなど頂ければ嬉しいです。