結局、学級委員長は飯田くんと八百万さんに決まった。
朝の時点で4票を集めていた緑谷くんだが、昼休みの騒ぎに飯田くんが活躍したらしく、僕に投票している人は飯田くんに変えて欲しいと宣言したのだ。その騒動は多くのクラスメイトが目撃しており、飯田くんに票が集まった。また、順調に八百万さんが票を集めていた。これは昨日の戦闘訓練で活躍していた轟の野郎が八百万さんをベタ褒めしていたのが効いただろう。
おかしいな……。間違いなく僕に票が集まる流れだった。飯田くん、八百万さんと次点は一票で切島くん。それ以外は得票なしだ。おかしいな……。切島くんに投票したのは爆豪くんだ。最後まで自薦を主張し、切島くんを推薦し、自身を推薦するように脅していた。切島くんは飯田くんを推薦した。
済んだことは気にしても仕方ないだろう。元からそこまで学級委員長に固執していたわけではない。
「緑谷ちゃん、あなたの個性、オールマイトに似てる」
今日のヒーロー基礎学は救助訓練だ。バスに揺られて運動場に向かう。その中で蛙吹梅雨さん——梅雨ちゃんが緑谷くんに声を掛ける。ひどく狼狽する緑谷くんだが、僕はそれより気になることがあった。
「緑谷くんの個性はむしろ、僕の個性に似ていないか?」
圧倒的なパワーと、それに耐えきれず崩壊する肉体。彼のパワーには及ばないし、血の噴出の違いもあるが、似ていると考えていた。そして、
「どのくらい気持ち良いんだい?」
「……!?……!………………!?」
個性は人となりだ。僕が血を吹き出して快楽を得るように、ヒミコ先輩が血を吸うのが好きなように、皆個性に強く影響を受けて嗜好が作られている。これは仮説だが、合っていると思う。それなら体が崩壊するほどの超パワーなんて、身体が崩壊するのが好きなくらいではないと満足に扱えないだろうと考えていた。
「確かにアタシはカエルで、寒いのは苦手だけど…」
「俺も甘いものは好きっちゃ好きだ」
「音楽は人並みには聴くかな」
「僕って存在自体がキラメキ⭐︎」
「いや……!僕は、その、最近個性が発現して……それでまだ出力に慣れてないというか……」
緑谷くんがしどろもどろになる。気持ち良くもなく、身体をぶっ壊してまで彼は個性を発現させている。自分を顧みない無鉄砲なところが彼の本質なのだろう。そのように考えていると周りでは互いの個性の軽い品評が始まる。流れで僕の個性の話にもなった。言っちゃなんだが僕の個性は強いし派手だ。そう思って話に混ざっていると。
「血田万利ちゃんは血を出すのが気持ち良いの?……なんか、気持ち悪いわ」
「血田万利君私にぶっかけて気持ち良かったの!?なんかちょっとやだぁあー!!」
「……スゥーー……」
「万死」
梅雨ちゃんに歯に衣着せず言われ、葉隠さんの言葉でちょっと横になりたくなった。峰田くんは血走った目をこちらに向けてきている。
葉隠さんは今日はジャージだ。まだヒーローコスチュームが完成しておらず、それまで相澤先生に脱衣の禁止を命じられている。彼女も素直に従っている。彼女の個性と自身の個性は非常に相性が悪いが、それにしたってあの戦闘訓練の後、ちょっと露骨に避けられている。極めつけのこのセリフに少し泣きそうだった。
そして、この考え方も変えていかなければならない個性の現状である。人には個性がある。異形型個性でなくとも、個性が嗜好を作り出す。その嗜好は個々の個性を認めるように、互いが受容するべきものだ——。僕がそれを広め、社会のあり方を変えていく。それが僕のヒーローとしての役目だ。
確かにぶっかけは興奮したが、出来ればその姿を見たかった。
僕は何にも恥じることなくぶっかけて興奮し、社会はそれを受け入れられるようにならなくては。今は何を言っても逆効果だろう。僕は一途にヒミコ先輩を想いバスの外を眺めた。
バスは演習場の前で停まりそこでスペースヒーロー13号が僕たちを出迎えた。彼女の作った嘘の災害や事故ルーム——USJで彼女の増えていく小言を聞いているとその事態は起こった。
黒いモヤが急に現れ、そこからヴィランが大挙していた。オールマイトを殺すと大言を吐いた彼らは、僕たちを分断した。僕は炎に包まれたビル群、火災エリアに飛ばされていた。
「血田万利君!」
火災エリアには尾白猿夫くんがいた。二人で周囲を索敵する。燃え広がるビル群にいるヴィラン達は全員炎熱系の個性だ。エリアごとに得意のヴィランを集め、個別で僕たちを倒す算段なのだろう。
「尾白くん、僕に任せてくれ」
「……分かった!」
彼らはここまでの用意はしても、こちらの個性は知らない。知っていたら僕をここに飛ばしてはいないはずだ。
水分である血を無限に吐き出せる僕に火災エリアはなんの障害にもならない。開けた屋外(演習場の広大なドームの中ではあるが)、血がどこかに詰まることもなく、尾白くんだけなら巻き込む心配もない。
真っ赤に燃える火災エリアは次の瞬間、それを大きく塗り潰す真っ赤な血溜まりに変わっていた。
尾白くんと相談して、屋内に少数ヴィランが残っている可能性はあるが、他のクラスメイトとの合流を優先することにした。
「ウィ⭐︎」
途中で一人災害エリアを抜けたという青山くんと合流する。
中央の噴水エリアに着くとそこには全身傷だらけのイレイザーヘッドがいた。イレイザーヘッドが苦戦する相手に尾白くんと青山くんが恐怖を抱いている。
しかし僕なら——
「だけど君なら、攻撃を気にせずにタンクになることも出来るんじゃないかい⭐︎」
そうだ。ずっと考えていた。一番、僕が活躍できる方法。僕の個性は、身体の部位を再生できる。ヒミコ先輩に僕の男の象徴を弄んでいただいた時に初めて分かったこと。血液を放出するよりもプロヒーローとしてなら不死身のタンクとして敵を引きつけ続けることが求められるはずだ。今がその時——!
「青山くん、意外とダーティなことを言うんだね……」
尾白くんが呟く。すでにイレイザーヘッドは満身創痍だ。尾白くんと青山くんを置いて、僕は駆ける。
「僕はいくら攻撃されても大丈夫だ!二人は安全なところに!」
度重なる戦闘で隙を突かれたイレイザーヘッドが全身に手を付けた男から攻撃を受けそうな時、横合いから全身の血管から血を吹き出しながら全力の攻撃をお見舞いする。殴った腕が耐え切れず骨が折れる。それでも構わない。すぐに治る。
イレイザーヘッドが怒鳴り、手男が殺意の籠った瞳で笑いかけてくるが構わない。この手男と、不気味な脳丸出しの男。この二人の攻撃をイレイザーヘッドに通さなければ、勝機はある。手男が触れてくるが、全力パンチで応戦する。
「チッ……!崩壊が血に阻まれて通らねえ……クソが。脳無、殺せ」
目に見えない速さで何かに叩き潰される。脳無と呼ばれたこのヴィランの攻撃だ。地面に強く打ち付けられるが、問題ない。今吹き飛ばされた腹筋に力を入れて、脳無の腕を掴む。物凄いパワーだったが、これでも僕は擬似的な増強系個性でもあるんだ。僕ならある程度は力で対抗できる。脳無が動けないだけで、イレイザーヘッドはそれだけ自由に動ける。近くでイレイザーヘッドに加え、緑谷くんの声も聞こえる。彼らに手出し無用の声を掛けた。
「僕は問題ない!出来る限りコイツを抑える!」
そのまま引き摺られるも、簡単には離させない。常時緑谷くんの全力のようなパワーだ。緑谷くんが個性を使いこなしたらこうなるのだろうか。なら、同級生に遅れをとるようじゃヒーローにはなれるわけない。踏ん張り、脳無を一瞬でも止めて見せる。
「ねえ⭐︎弔君⭐︎早くしないとプロヒーロー来ちゃうんじゃないかい⭐︎」
場違いな明るい声が聞こえてくる。敵の首魁に馴れ馴れしく声を掛ける青山くんの姿がそこにはあった。僕、緑谷くんを始め、遠巻きにいたクラスメイトも皆、驚愕の表情で彼を見ていた。
「チッ……分かったよ……ゲームオーバーだ。帰るぞ黒霧。……脳無、そいつ剥がせ」
「僕がやるよ⭐︎」
彼は次の瞬間には全員の目の前から消えていた。
僕は、この、彼——いや、彼女の動きを知っていた。
「ばあ!驚きました?血田万利君?」
次の瞬間には僕の目の前に彼女が、青山くんの姿からどろりと姿を変え、全裸のヒミコ先輩が現れた。は?全裸?
呆けた僕の頭を抑え、顔を引き寄せ、彼女が口付けを、舌を捩じ込む。僕の口の中で彼女の舌が蠢き、僕の舌を絡め取り、引き寄せ、舌を噛みちぎった。僕の舌、口から吹き出す血液の奔流を全裸に浴びる女神は、女神は、僕の女神の全裸を何全員見てるんだこれは僕のものだ……!混乱する僕に彼女は告げる。
「ヒーローの勉強頑張ってます?私の生きやすい社会作ってくれるんでしょ?早くしないと私、弔君達と社会ごとぶっ壊しちゃうからね」
僕の手足をナイフで拘束した彼女は、解放した脳無とともに黒霧、弔と呼ばれていたあの手男の下へ集った。
「行こっ?弔君」
彼女は全裸で、弔とか言う男と手を繋ぎ黒い霧の向こうに消えていった。
彼女が全裸で男と手を繋ぎ消えた直後、演習場の入り口の方から、オールマイトが駆け付けた。
僕はその後、彼女が全裸で男と手を繋ぎ消えてしまったその場所から目を離すことが出来なかった。
今までの彼女は表向きには犯罪歴はなかった。しかし彼女は今や雄英高校を襲撃するヴィランの、首魁と全裸で手を繋ぎ消えてしまうほどの中核メンバーであることは確実だ。
全裸で。
手を繋ぎ。
男と。
全裸で……!
全裸を衆目に晒しながら……!
脳が破壊される……!