機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 ~腐敗した宇宙を焼き尽くす者~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0112年。
月面都市グラナダの空は、いつも通り、技術の進歩を嘲笑うかのように無関心な色をしていた。
俺—カロッゾ・ロナは、巨大企業アナハイム・エレクトロニクスの主任技術者室で、分厚い決裁書類の山を前に、冷たいコーヒーを啜った。
「技術は、感情から解放されるべきだ」
それが、この十年で俺が到達した、唯一にして絶対的な真理だ。
アナハイムは、その巨大な質量と歴史的遺産の上に胡坐をかいていた。
かつてのグリプス戦役や第一次ネオ・ジオン抗争で名を馳せた、大型で高コストなモビルスーツたち。
それらが未だに「主力」として君臨し続ける、この技術的停滞こそが、俺が断罪すべき最初の敵だった。
「連邦が腐敗しているのではない。連邦の硬直した論理に迎合し、自己満足という情動に囚われたアナハイムこそが、腐敗の根源なのだ」
分厚い書類には、新規モビルスーツ開発計画の予算案が載っていた。
どの機体も、旧時代からの設計思想を抜け出せない、巨大で非効率なモビルスーツばかりだ。
技術的進化とは、小型化と高性能化を両立させる、論理的な必然ではないのか。
アナハイムの技術者たちは、その「必然」を無視し、「管理しやすい技術」という名の硬直した論理に閉じこもっている。
「彼らは、真の技術的進化を恐れ、巨大化・高コスト化という非効率な慣性から逃れようとしない。技術者の風上にも置けない」
苛立ちを覚える俺の背後で、ノックの音がした。
扉を開けて入ってきたのは、俺の妻であり、同じくアナハイムの有能な技術者であるセリア・ノエルだった。
彼女は、俺とは対照的に、まだ技術への「希望」という名の情動を失っていない。
「カロッゾ。サナリィ(S.N.R.I.)への技術移転計画の件で、役員会が揉めているわ」
セリアは、疲れた表情で言った。
『あなたは、なぜ連邦の小型モビルスーツ開発を支援するの?』
『アナハイムの利権を崩壊させるような計画を、主任技術者であるあなたが推進するなんて、まるで自爆行為よ』
俺は、コーヒーカップを静かにテーブルに置いた。
「セリア、貴様もアナハイムの情動に汚染されたか」
俺の言葉には、感情のノイズは一切含まれていない。
『真の技術者は、旧時代の慣性に囚われてはならない。これは自爆ではない。論理的なシステムクリーニングだ』
俺は、サナリィが進めるフォーミュラ計画への技術的支援を、密かに進めていた。
アナハイムが意図的に停滞させた小型化・高性能化の技術を、サナリィという新しい器に注ぎ込む。
それは、アナハイムが確立した技術のヒエラルキーと、大型化・高コスト化という非効率な慣性を根本から覆す、静かなる革命の第一歩だ。
『アナハイムは、U.C.0105年のハサウェイの動乱以降、ニュータイプやサイコミュといった制御不能な力を恐れ、技術を意図的に停滞させた』
『連邦の硬直した論理に迎合し、リスクのない「安全な技術」に甘んじている。この怠惰こそが、技術史に対する冒涜だ』
俺は、妻にも容赦なく、俺の論理を叩きつける。
彼女の瞳の奥に、俺の冷酷さに対する、わずかな失望と悲しみが浮かんだのを認識した。
『カロッゾ……。あなたは、技術が持つ、希望や可能性といった側面を、完全に否定するの?』
セリアの問いは、俺にとって最も有害な「情動のバグ」だった。
「希望、可能性。それらはすべて、予測不能なノイズだ」
『技術は、制御と論理のためにあるべきだ。情動というバグを排除し、純粋な論理で駆動するシステムこそが、宇宙を救う唯一の道だ』
セリアは、俺の冷徹な断罪に、反論の言葉を失った。
彼女は、俺の個人的な絶望—妻ナディアの裏切り—が、俺の技術思想に暗い影を落としていることを知っている。
だが、俺にとって、ナディアの裏切りも、技術史の停滞も、その原因はすべて同じだ。
情動。
愛、憎悪、希望、恐怖。これらの非論理的な感情が、技術の純粋な進化を妨げる最大の敵なのだ。
この頃、ロナ家の当主であるマイッツァー・ロナが、俺に接触してきた。
彼は、腐敗した連邦に代わり、貴族主義に基づく新しい秩序、コスモ・バビロニア建国計画を掲げていた。
俺にとって、マイッツァーの理想は、どうでもいい。
『マイッツァー卿。貴方が求める「秩序」とは、感情による無秩序な自由を制御することに他ならない。私の論理と、貴方の理想は、目的を共有している』
『しかし、その秩序は、貴方のカリスマや血統といった曖昧なものではなく、絶対的な技術力という論理で支えられるべきだ』
俺は、マイッツァーの権威と、俺の狂気の技術論理を結びつけることで、この腐敗した宇宙をリセットする巨大なシステムを作り上げようとした。
アナハイムを内側から崩壊させ、サナリィに革命の火をつけさせる。
その後に、俺が技術の断罪者として、この宇宙のバグを粛清する。
俺の計画は、静かに、そして冷徹に進行していた。
セリアは、俺の「論理的狂気」に次第に耐えられなくなっていった。
彼女は、俺がアナハイムという巨大システムを破壊しようとしていることを恐れたのではない。
俺が、人間としての情動を、自ら進んで「技術的に切除」していることを恐れたのだ。
ある夜、セリアは、俺の実験室で、俺に懇願するように言った。
『カロッゾ。どうか、この計画を一度立ち止まって考えて。私たちが愛し合った過去も、ベラという娘がいる未来も、すべてあなたの「論理」の前では無価値なの?』
俺は、実験用の冷却ユニットから発せられる冷たい光の中で、彼女の顔を見た。
『無価値だ。愛や、過去といった情動は、予測不能なノイズだ』
『そのノイズが、技術の純粋なシステムを汚染し、混乱を招く。ベラは、私の理想を体現する「選ばれた者」となるだろう。感情に支配されない、冷徹な支配者だ』
彼女は、泣いた。
その涙は、俺の論理にとって、処理すべき液体のデータに過ぎない。
アナハイムは、俺が仕掛けた技術移転と小型化の波に抵抗し切れず、次第にその巨大なシステムに亀裂が入り始めた。
俺は、アナハイムの技術的怠惰と、連邦の支配論理の衰退が、全く同じ原因(情動と慣性)を持つという結論を確信した。
U.C.0112。
俺は、アナハイムという旧時代の技術体系に、静かに、そして冷徹に、技術的決別を突きつけた。
俺の狂気の論理は、ここから静かにその胎動を開始したのだ。