鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0121年。
サナリィのF90は、連邦軍に実装され、いくつかの実戦でその有効性を示し始めていた。
だが、俺 ── 鉄仮面が収集したデータは、同時に明確な限界を示していた。
パイロットの処理能力には明確な天井があった。
「人間がボトルネックだ」と、端末は淡々と告げていた。
サナリィ内部では、バイオコンピュータの適用が議論されていた。
人間の脳波や情動パターンを直接機体制御に組み込むことで、応答遅延を補い、限界を超える ── その主張は技術書としてのロジックを持っていた。
ベルフ・スクレットら一派は、その可能性を説いた。
「感応波を演算に取り込めば、機体とパイロットは真の意味で融合する。守るべき対象の存在が出力を押し上げるなら、それを利用すればいい」
データ上は一時的な性能上昇が観測された。
だがその倍率は、予測不能な揺らぎを生む。
「確かに利得は得られる。だがそれは非線形だ。ある閾値を越えれば急速に不安定化する」と俺は主張した。
F90の戦闘ログを繰り返し解析していたある夜、研究室のモニターに、突如としてノイズが走った。
砂嵐の向こうに、あの男の姿が浮かんだ。
それはモニターに映り込んだ、俺自身の顔だった ──
だが鉄仮面の下から、白い仮面の輪郭が透けて見えた気がした。
俺の中の幻は、もはや電子の海にまで滲み出るようになっていた。
「バイオコンピュータを恐れるのだな、カロッゾ。当然だ。あれは、守るべき者への想い ── つまり愛が、力に変わる技術だ。君が最も憎み、最も恐れる情動が、宇宙最強の力になりうることを、あの技術は証明してしまう」
俺は、モニターを睨んだ。
「だからこそ、断罪する。愛が力になるなど、あってはならない」
「予感がある、カロッゾ・ロナ」
俺自身の内なる声は、静かに告げた。
「いずれ、守りたいという想いを胸に抱いた青年が、そのバイオコンピュータを積んだ白き機体 ── F91と共に、君の前に現れる。彼の想いは、君のどんな論理も凌駕する。そして、その傍らには、君が最も愛し、最も歪めてしまった者が立つだろう」
「戯言を」
俺は、モニターの電源を落とした。
だが、砂嵐は消えず、赤い薔薇が1輪、画面いっぱいに映し出されたまま、しばらく残った ──
それは、俺自身の網膜に焼きついた残像だった。
まるで、俺自身が俺に刻んだ、消せない予感の刻印のように。
その夜、ベラが眠っている寝室の前で足を止めた。
「情動は、削り落とせる。だがそれには装置が必要だ。倫理も情も、物理的に隔離するための装置 ── 鉄仮面だ」
俺はコートの内側に忍ばせた黒薔薇を、指先でそっと確かめた。
花弁はまだ、散ってはいなかった。