機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 ~腐敗した宇宙を焼き尽くす者~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0123年2月。
建国計画の実行が目前に迫るこの時期、俺—鉄仮面—の最も重要な任務は、娘ベラ・ロナを「セシリー・フェアチャイルド」として完成させることだった。
これは、ロナ家の血統という曖昧で非論理的な要素と、俺が求める情動の排除という絶対的な理想を統合する、非情な技術的プロセスだ。
『ロナ家の血は、支配の論理を宇宙に拡張するための政治的ツールだ。だが、その血が情動に汚染されてはならない』
俺は、彼女の記憶から、母ナディアや地球での生活にまつわる情動的な経験を切除した。
そのうえでロナ家の血統を隠し、セシリー・フェアチャイルドという新しいアイデンティティを植え付けた。
これは、彼女の過去を“切り離す”ための最初の要なのだ。
さらに、俺はベラに厳格な教育プログラムを課した。
倫理、慈悲、躊躇といった人間的な価値は、支配者に不要なノイズでしかない。
俺はそれらを徹底的に否定し、冷徹な論理だけを絶対とする思考回路を叩き込んだ。
『セシリー。支配者とは、曖昧な記憶や感情の揺らぎに惑わされてはならぬ。貴様の判断は常に、最大効率と冷徹な論理に基づくべきだ』
彼女は俺の言葉を完璧に反復した。
だが、その声音の奥に、かすかな違和感—説明のつかない沈黙の揺れ—が残っているのを、俺は認識した。
“ベラ・ロナ”としての感覚が完全には消えていないのだ。
UC0123、2月。
アナハイム・エレクトロニクスのシルエットフォーミュラ計画は、連邦側の技術が抱える利権構造による汚染を露呈し、俺の論理に新たな根拠を与えた。
旧時代の設計を継ぎ接ぎにする、その惰性と曖昧さは、支配者の技術として相応しくない。
『セシリー。見るがいい。技術が情動に縛られると、必ずこうした妥協が発生する。貴様は、この愚かさを断ち切る側の存在だ』
ベラは静かに頷いたが、その瞳の奥で、情動の残滓が微かに脈打っていた。
母の面影。かつての友。地球の空。
切除されたはずの記憶のどこかが、まだ完全には沈黙していない。
俺はその揺れを、初期教育段階に生じる軽微な抵抗や、ロナ家の血に潜む“共感”の名残として、処理した。
『情動は、必ず論理で抑え込める。人間の心は複雑に見えても、結局は予測可能な構造だ』
そう信じて疑わなかった。
だが、このときの俺はまだ知らなかったのだ。
彼女の胸奥に残されたその“わずかな揺れ”こそが、後に俺のシステムを完全に崩壊させる、決定的な起点となることを。
フロンティアIV侵攻作戦の開始は迫っていた。
俺の狂気の論理は、人類の情動というバグを排除するための最終フェーズへと移行しつつある。
その中心に、セシリー・フェアチャイルドとしての娘が立つことを、俺は疑わなかった。
――その揺らぎが、やがて巨大な破局を呼ぶことも知らずに。