鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0123年2月。
建国計画の実行が目前に迫るこの時期、俺 ── 鉄仮面の最も重要な任務は、娘ベラ・ロナを「セシリー・フェアチャイルド」として完成させることだった。
これは、ロナ家の血統という非論理的な要素と、俺が求める情動の排除という理想を統合する、非情な技術的プロセスだ。
俺は、彼女の記憶から、母ナディアや地球での生活にまつわる情動的な経験を切除しようとした。
そのうえでロナ家の血統を隠し、セシリー・フェアチャイルドという新しいアイデンティティを植え付けた。
だが、どうしても切除できないものが1つだけあった。
ベラの中に根を張った、「誰かを愛したい、誰かに愛されたい」という、人間の最も根源的な情動だ。
記憶消去の処置のたびに、彼女の生体反応は、その1点だけを頑なに守り抜いた。
「なぜだ。なぜ、この反応だけが残る」
俺は苛立った。
医療モニターに映るベラの脳波を睨むうち、俺の疲弊した意識は、またあの妄想を紡ぎ始めた。
俺の目には、ベラの額に金色の三日月が浮かび、その脳波が「1万年前の月の王国から受け継がれたプリンセスの記憶」であるかのように見えたのだ。
むろん、そんなものは実在しない。
それはただの、ありふれた人間の愛だった。
俺の狂気が、それに壮大な神話の衣を着せていただけだ。
その夜、処置室で、俺は自分を失った。
気づけば俺は、無菌室の観察窓のガラスに映る、タキシード姿の自分と向き合っていた。
だが今宵は、その傍らに、朧げな光の姿 ── 白いドレスをまとった姫君の幻影が寄り添って見えた。
俺の妄想が、ついに複数の登場人物を生み出すまでに肥大していた。
「カロッゾ・ロナ。もう、気づいているはずだ」
俺自身の声が、幻の口を借りて言った。
「君の娘の中にあるのは、消せない愛だ。君は、それを本当は消したくない。だから、私という幻を通して、こんな物語を見ている」
「やめろ」
俺の合成音声が、初めて揺れた。
「その光を、俺の娘に注ぐな。ベラは論理の後継者だ」
「では問おう、鉄仮面」
俺の中の幻は、鋭く言った。
「なぜ君は、ベラの記憶を消すたびに、処置室に赤い薔薇を運び込むのだ」
俺は処置室を見回した。
無菌であるはずの部屋の至る所に、赤い薔薇が生けられていた。
記録は答えを示していた ── 処置の合間、記憶にない時間に、俺自身が薔薇を運び込んでいたのだ。
「君の心が、無意識のうちに咲かせているのだ。君は、断罪者であると同時に、まだ ── 父親なのだ」
俺は、震える手で、その赤い薔薇をすべて薙ぎ払った。
そして翌朝、また新たな赤い薔薇が処置室に生けられていることを、俺は知っていた。
それを運ぶのは、いつも、俺自身なのだから。