鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0123年2月。
コスモ・バビロニアのフロンティアIV侵攻作戦が迫る中、俺 ── 鉄仮面は、アナハイム・エレクトロニクスが密かに進めていたシルエットフォーミュラ計画のデータ解析を完了させた。
アナハイムの技術者たちは、サナリィのF90/F91に対抗するため、旧世代技術を無理に小型化した模倣的高性能化に踏み切った。
その象徴こそ、RXF-91 ── シルエットガンダムである。
「アナハイムは、巨大な慣性から逃れられなかった。彼らが選んだのは創造ではなく、他者の成果の模倣という最悪の非効率だ」
俺は冷徹な論理で設計図を読み解いた。
そこには、利権維持と保身という情動の痕跡が、明確に刻まれていた。
「これは論理的進化ではない。技術的妥協だ。情動に囚われた組織が辿り着く典型的な末路だ」
娘セシリーの教育も、ザビーネへの指導と並行して進められていた。
俺は彼女に、シルエットガンダムの設計思想の破綻を分析させた。
「セシリー。利権と情動が技術を汚染する。支配者は、この愚かさを理解し、排除しなければならない」
ベラは、俺の冷徹な言葉を正確に復唱した。
だがその目の奥には、どこか痛むような影があった。
母の記憶を奪われた傷、そして ── 消しきれぬ人間の情が、なお残っていたのだ。
解析作業の途中、俺は疲労の極みで、ある試験データの記録を読み誤った。
「機体の暴走寸前、パイロットが視界の異常を訴えた」という平凡な一文が、俺の目には一瞬、「赤い薔薇を持った仮面の男が見えた」と書かれているかのように映ったのだ。
俺は目を擦った。
むろん、そんな記述はどこにもなかった。
俺の妄想が、他人の報告書の上にまで滲み出て、ありもしない文字を読ませていた。
俺は、自分の精神の亀裂がここまで広がっていることに、静かな戦慄を覚えた。
だが、心のどこかで、俺の中の幻が微笑んだ気がした。
「私は、君の外には存在しない。私は、君の中にしかいない。それだけは、忘れるな」
マイッツァー・ロナは、俺の進めるラフレシア計画を熱狂的に支持した。
「鉄仮面よ。その兵器は宇宙の秩序を塗り替える」
ロナ家の血統主義は、俺の技術的論理と交わり、情動排除という一点で絶対的な一致を見せた。
F91のデータ解析は、情動の危険性を技術的に確信させた。
その結論から導かれたのが、人類の情動を根絶する究極兵器 ── ラフレシアだ。
ブリッジを後にする俺の背後で、黒いコートの裾が大きく翻り、暗い通路の闇に溶けて消えた。
その闇の奥で、俺は確かに1輪の黒薔薇を握り潰していた。
だが、握り潰した黒薔薇の中から、1枚だけ、赤い花弁がこぼれ落ちたことに、俺は気づかなかった。