鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0123年3月16日。
運命の日が訪れた。
俺 ── 鉄仮面が技術と戦略の全てを統括したフロンティアIV侵攻作戦が、静かに、そして冷徹に開始された。
クロスボーン・バンガードのモビルスーツ部隊は、ザビーネ・シャルを先頭に、フロンティアIVコロニーへと侵攻を開始した。
デナン・ゾン、デナン・ゲー、エビル・S ── 小型化された、効率の権化たる機体群が、コロニーの空を埋め尽くす。
娘ベラ、つまりセシリーは、ブリッジでその戦闘映像を見ていた。
彼女の瞳には、まだ小さな揺らぎが残っていた。
論理として組み込んだセシリー・フェアチャイルドという人格と、切除しきれず残ったベラ・ロナとしての心 ── それが、静かに軋んでいる。
「セシリー。連邦のモビルスーツが情動で揺らぐ一瞬を逃さない。支配者とは、情動を持たない」
ベラは映像を見つめながら、無言で頷いた。
しかし彼女の沈黙には、確かな抵抗の微光が宿っていた。
侵攻が始まって間もなく、俺は激しいめまいに襲われた。
鉄仮面のバイザーの奥、俺の視界の隅に、避難する市民たちの先導に立ち、彼らを安全な区画へと導く、黒いタキシードにマントの人影が見えた気がした。
俺自身の姿だった。
俺の中の幻が、市民を守れと叫んでいた。
だが ── それは、幻視だった。
旗艦のブリッジに座したまま動かぬ俺の脳が見せた、妄想にすぎない。
実際のコロニーでは、誰も市民を導いてなどいない。
市民たちは、ただクロスボーン・バンガードの砲火に怯え、逃げ惑っていた。
史実は、無慈悲に正史のまま進行していた。
俺の良心がどれだけ幻の薔薇を撒こうと、俺の手が起こした現実は、1ミリも変わらなかった。
「鉄仮面様。ご気分が?」
オペレーターの声に、俺は我に返った。
「……問題ない。私の中の、処理すべきノイズが騒いだだけだ」
俺は、旗艦の艦橋の窓の外を見据えた。
ガラスに、鉄仮面の下から白い仮面が透けて見えた。
俺の中の幻が、まっすぐに俺を見返していた。
そして、赤い薔薇を1輪、天高く投げる幻を見せた。
それは、宣戦布告だった。
俺の中の守る者から、俺の中の断つ者への。
「面白い。ならば、この作戦で決着をつけよう。俺の中で守る薔薇が先か、俺の断つ論理が先か」
旗艦のブリッジに、俺の声が低く響いた。
「そこまでだ」
それは開戦を告げる合図であり、同時に、俺自身にしか意味の分からない、もう1つの祈りにも似ていた。
「全艦、砲門を開け。フロンティアIVへの道を阻む者は、この黒き薔薇の名において、すべて断つ」
だが俺は、心のどこかで理解していた。
この作戦は、俺という断罪の仮面と、俺の内なる守護の幻との、最後の戦いの幕開けなのだと。