鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0123年3月。
侵攻作戦が進行する中、俺 ── 鉄仮面の論理システムは、予測していなかった重大なノイズを検知した。
突如として戦闘に割り込んできた、純粋な小型高性能MS ── ガンダムF91。
そして、そのパイロット、シーブック・アノーという名の青年の存在だ。
F91のデータは、すでに俺がサナリィから強奪し解析していた。
バイオコンピュータという、情動を取り込む危険なシステム。
だが、その不安定さは弱点ではなく、いま戦場で異常な強度として現れ始めていた。
俺は、旗艦のブリッジで、F91のリアルタイム戦闘データを解析端末に叩き込ませた。
解析画面が次々と赤色表示に変わり、通常の予測アルゴリズムが破綻していく。
「F91、出力波形に突発的ピーク! 残像発生フェーズが通常の2倍!」
「速度変化、検出不能域に突入!」
その報告は、俺の論理に対する明白な侮辱だった。
そして俺は、モニターに映るF91の残像の中に ── 俺自身の内なる幻の姿を、妄想として重ねて見た。
タキシード姿の俺が、シーブックのF91を、まるで導くように併走している光景を。
「……そういうことか」
俺は理解した。
「俺の中のあの男が予感した、守りたいという想いを抱いた青年。それが、シーブック・アノーか」
むろん、実際にタキシード仮面がF91に併走しているわけではない。
シーブックは、ただ独りで、己の守りたいという想いだけを頼りに戦っていた。
だが俺の壊れた目には、彼の孤独な奮闘が、俺の中の幻と重なって見えたのだ。
「守るべき対象がそこにある」という一点で、F91は自律的に出力を引き上げていた。
それは、俺のOMS隊が持つ冷徹な最適化とは、まるで逆の力だった。
その時、俺の頭蓋の内で、あの声が響いた。
俺自身の幻の声。
「見ているか、カロッゾ。これが、愛が力に変わるということだ。情動は、君が思うような無力なノイズではない。あの青年は、君が本当は守りたかったものを、今、その手で守っている」
「黙れ」
俺の合成音声に、初めて焦燥が混じった。
「情動が、俺の完全な論理を上回るはずがない」
だが、F91がOMS隊の1機を一瞬で撃破する。
撃墜されたデナン・ゾンが爆散し、破片が宙域に散らばった。
それは、まぎれもない現実の戦果だった。
俺の妄想ではなく。
「シーブック・アノー。貴様の情動が、俺のすべてを乱すというのか」
視界に、赤いF91のセンサーがこちらを見据えるように光った。
その残像の傍らに、俺の網膜だけが捉える、赤い薔薇を掲げる仮面の男 ── 俺自身の幻。
俺は、指先の黒薔薇の茎を、無意識に強く握り締めていた。
棘が皮膚を裂いても、痛みは、もはや俺の中枢に届かないはずだった。
届かないはずだった。
だが、掌に伝う赤い雫を見つめながら、俺は初めて、自分の論理に亀裂が走る音を聞いた。
俺自身の中の、封じたはずの何かが、俺を裏切ろうとしていた。