鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0123年3月。
フロンティアIVコロニーでの戦闘が激化する中、俺 ── 鉄仮面のシステムは、予測不能な重大エラーに直面した。
俺が完璧な支配者として育て上げたはずの娘、ベラ・ロナ ── セシリー・フェアチャイルドによる、システムからの離脱だった。
彼女は、シーブックとF91が示す情動による戦闘と、俺が指揮するC.B.軍の非情な攻撃との狭間に立ち、心の亀裂が決定的なものとなった。
「あり得ない。セシリーの論理システムは、一点の誤差もなく構築されているはずだ」
だが、答えは既に明らかだった。
エラーの根源は、シーブック・アノーという存在が、彼女の心底に残っていた ── 俺が何年もかけて切除しきれなかった、あの消えない人間の愛に、火を点けたことだった。
それは魔法でも、月の力でもない。
ただ1人の少女が、父の思想を拒み、本当の自分を取り戻したという、ごく人間的な覚醒だった。
だが、俺の壊れた意識は、それを別の物語として見た。
俺の網膜の中で、コクピットのベラの額に、金色の三日月の紋様が幻として輝いた。
彼女の機体を、銀色の光が包む幻が見えた。
俺の妄想が、娘の人間的な離反に、壮大な神話の衣を着せていた。
「私は……思い出した」
通信回線から、セシリーの声が響いた。
これは幻ではない。
正真正銘、彼女の声だった。
「私は、セシリーでも、あなたのプロセッサでもない。私は……ベラ・ロナ。あなたの、道具じゃない」
その言葉が、俺の鉄仮面の内側で眠る幻を、完全に呼び覚ました。
「セシリー・フェアチャイルド! 貴様は、俺のシステムから離反した!」
「秩序? 違うわ、お父さん」
ベラは、まっすぐに答えた。
「あなたが壊そうとしているのは、秩序じゃない。人が人を想う心そのものよ。愛は、バグなんかじゃない。それは、この宇宙で一番強くて、一番美しいものなの」
それは、月の力を継ぐ者の言葉ではなかった。
ただ、父を愛し、それでも父の道を拒む、1人の人間の、痛切な叫びだった。
俺は、自らの論理の絶対性を守るため、娘への通信を強制的に遮断した。
「ベラ・ロナのシステムは、修正不可能と判断。ターゲットとして再定義する」
その決定は、俺の心に深い裂傷を刻んだ。
情動を切り捨てたはずの俺のシステムに、消えるはずのない痛みが走る。
だが俺は、その痛みを認められなかった。
鉄仮面の内側で、俺は幻の黒薔薇が、かすかに震えるのを感じた。
断つべき対象は、娘であるはずだった。
だがその震えは、俺の論理がまだ捨てきれずにいる、たった1つの情 ── 父としての愛の存在を、告げていた。