鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0123年3月。
娘セシリー(ベラ)の離反という、俺のシステムにとって最大級のエラーが発生した後、俺 ── 鉄仮面は、論理的な結論に基づき、次のプロセスを起動した。
人類の情動というバグを物理的に排除するための、究極の兵器 ── BUGの投入だった。
「人類は、情動の制御に失敗した。ならば、情動を持つ存在そのものを無効化するしかない。これが、俺の論理が導き出した唯一の解だ」
俺は、艦隊の旗艦から、大量の無人殺戮兵器BUGを、フロンティアIVコロニー内部へと射出するよう命じた。
BUGは、いかなる知性も感情も持たない。
内蔵センサーは生命反応だけを攻撃対象として認識し、殲滅する。
BUGが投下された直後、コロニー内部は地獄と化した。
市民が、逃げ惑い、倒れていく。
それが、宇宙世紀0123年のフロンティアIVで実際に起きたことだ。
史実は、1ミリも変わらない。
俺は、その地獄を、自らの手で作り出した。
誰も、それを止められはしなかった。
だが、俺の壊れた内側では、別の光景が展開していた。
鉄仮面のバイザーの奥、俺の視界に、コロニーの中心へと駆け、天高く跳躍し、無数の赤い薔薇を花吹雪のように撒き散らす、タキシード姿の俺の幻が映った。
俺の良心が、BUGから市民を守ろうと必死に薔薇を投げていた。
だがそれは、俺の脳内だけの光景だった。
現実のBUGは、幻の薔薇に触れても止まりはしない。
誰にも止められず、生命反応を狩り続けた。
俺の中の幻は、俺が犯している虐殺を止められず、ただ薔薇を投げ続けるしかなかった。
それは、俺自身の良心の、無力な悲鳴だった。
「カロッゾ・ロナ!」
俺の頭蓋の内で、幻の声が叫ぶように響いた。
「君のBUGは、生命反応を狩る。だが、私の薔薇は、その命を守りたいと願っている。断つ論理と、守る想い ── どちらが強いか、いま君自身の心の中で問われている」
「うるさい……! 排除すべき対象はF91のみ。このノイズは幻覚にすぎん」
だが、鉄仮面の裏側で、絶望という情動が、俺の論理システムを静かに侵食していく。
俺は、コートの内側の黒薔薇を、指先で握り潰した。
花弁が、艦橋の床に音もなく散る。
それは、かつて何かを守るために選んだはずの色が、今や壊すためだけの色に変わったことを示す、最後の証だった ── はずだった。
だが、握り潰した黒薔薇の花弁は、床に落ちる寸前、非常灯の赤い光を浴びて、俺の目には1枚残らず赤く染まって見えた。
俺は、その光景から目を逸らした。
そして、非情なBUG投入のプロセスを続行した。
俺の手は断罪者のものだったが、俺の目からは、鉄仮面の下で、一筋の何かが伝っていた。
それが涙であることを、俺はまだ認めなかった。