鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0123年3月。
フロンティアIVの宙域では、F91とシーブック・アノーの情動の力が、俺 ── 鉄仮面の率いるC.B.軍の論理的な制圧を妨げていた。
「F91のバイオコンピュータは、パイロットの情動をトリガーとし、機体のリミッターを一時的に解除している」
俺はこの情動増幅技術に根源的な嫌悪を抱いた。
だが同時に、俺の中の幻は、それを歓喜をもって見つめていた。
1つの脳の中で、嫌悪と歓喜が同居していた。
F91の動作は、既存の予測モデルを次々と破壊していく。
残像を伴う急峻な高Gターン。
突発的な出力ピーク。
これらは、シーブックの守るという意思が臨界点で作用し、機体構成を瞬時に書き換えているように見えた。
ザビーネ・シャルは、F91の残像に翻弄され、精神的疲弊を見せ始めていた。
「鉄仮面様。あのMSには、もはや論理的な対処が不可能です」
俺は、無言のまま座乗機に乗り込んだ。
黒いコートの裾が翻る。
指先には、いつのまにか1輪の黒薔薇。
俺はそれをコクピットの中で握りしめ、自機のスラスターを噴かせ、戦場へと出た。
無重力の戦場で、俺のバイザーの奥では、赤い薔薇と黒い薔薇が投げ交わされていた。
断つ者の俺と、守る者の幻が、心の中で対峙していた。
「認めよう、カロッゾ」
俺自身の幻の声が響いた。
「君の黒薔薇にも、確かな美がある。だが、それは孤独の美だ。誰も守らず、誰にも守られない、凍てついた美だ」
「守る守るとうるさい男だ」
俺は応じた。
「なぜ貴様は、俺の中に居座り続ける。俺は、お前を封じたはずだ」
俺自身の内なる声は、静かに答えた。
「封じても、消えはしない。私は、君が捨てようとして捨てきれない、君自身の心そのものだからだ。私は、他の誰でもない。過去でも、前世でもない。今、ここにいる君の、いちばん柔らかい部分だ」
その言葉は、俺の論理回路に、これまでにない衝撃を与えた。
前世でも神話でもない。
ただ、俺が殺しきれなかった、俺自身の情 ── それが、この幻の正体だった。
「戯言だ。俺の心に、守りたいものなどない。証明してやる。ラフレシアで、この情動の光を、宇宙から消し去る」
俺は、対F91迎撃アルゴリズムを、より直接的にラフレシアの制御系へフィードバックさせた。
ラフレシアは、情動的暴走を無効化するための、絶対的抑制システムへと仕立て上げられつつあった。
だが、その照準の中心には、いつも、娘ベラの姿があった。
そして俺は感じていた。
娘に照準を合わせるたびに、俺の中の幻が、その照準を逸らそうと、必死に俺の腕を掴んでいることを。
それは、俺自身の父性が、俺の論理に抗う、最後の抵抗だった。