鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0123年3月。
コロニー内部の混乱が拡大する中、俺 ── 鉄仮面は、F91のパイロットであるシーブック・アノーと行動している娘、ベラ・ロナ ── セシリーに対して、最終的な通信接続を試みた。
「セシリー・フェアチャイルド。いや、ベラ・ロナ。貴様の離反は、ロナ家の支配の論理に対する最大の裏切りだ」
通信越しに返ってきたのは、静かで、しかし芯の強い彼女の声だった。
「お父さん。私は、全部思い出したの。ロナ家のことも。お母さんのことも。あなたに奪われる前の、私自身のことも」
俺は否定した。
「情動はシステムの破壊要因だ。愛だの絆だので何かを守ろうとする心は、必ず滅びる。それこそが、情動が無力である証明だ」
「違うわ」
ベラは、はっきりと言った。
「守ろうとする心は、負けじゃない。たとえ滅んでも、それは気高さよ。お父さん、あなたが一番わからないのは、そこなの」
俺のシステムに、微細なエラーが走る。
これは、俺の遮断機能では処理できないノイズだった。
なぜなら、それを最もよく知っているのは、俺自身の中で眠る、あの幻 ──
俺が殺しきれなかった、俺自身の良心だったからだ。
「血なんてどうでもいい。私は……私自身で選ぶ。そして私は、あなたを憎まない」
ベラの言葉が、俺の論理の核心を貫いた。
「お父さん。あなたは、情動を嫌ったんじゃない。愛された記憶を思い出すのが怖いだけ。お母さんのことも……昔、私に優しかった頃のことも、全部、忘れたふりをしている」
鉄仮面の内部で、遮断されたはずの情動が、痛みとして揺らぎ始めた。
そして、俺の記憶の底から、かつて妄想の中で見た、あの姫君の声が響いた ──
それは、若い頃のナディアの声にも、幼いベラの声にも似ていた。
「カロッゾ。あなたも、かつては誰かを守りたかったでしょう。思い出して」
「黙れ! 黙れ!」
俺は叫んだ。
「情動は、俺の論理を破壊する最悪のバグだ。だからこそ排除する。貴様も、F91も、そして……俺自身の中の、この幻もだ!」
だが、その叫びは、もはや断罪ではなく、悲鳴に近かった。
通信が途切れる直前、ベラは静かに言った。
「お父さん。もし本当に情動がバグなら、どうして……あなたは今、そんなに苦しんでいるの」
俺の論理は返答を出せなかった。
俺は強制的に通信を遮断した。
通信が完全に途絶えた後、俺はコートの内側に残っていた最後の黒薔薇に触れた。
もう、握り潰すことはできなかった。
それは、俺がまだ父という情動を、そして俺自身の心を、完全には切除しきれていない証だった。