機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 ~腐敗した宇宙を焼き尽くす者~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0115年。
アナハイム・エレクトロニクスを離反した俺は、月面グラナダからサイド3宙域へ移り住んでいた。
移住とは名ばかりで、実際には“逃避”と“観察”の両方だった。
俺の思想は、すでにアナハイムの腐敗への怒りから離れつつあった。
大企業の惰性、技術者たちの怠慢、連邦との癒着――確かに腹立たしい。
だが、それらはもっと大きな“根源”の影にすぎないと、ようやく理解し始めていた。
その根源とは、人間の情動という、この宇宙で最も厄介で、最も予測不可能なバグだ。
サイド3の空気は、グラナダよりも乾いていた。
俺は研究室として借りた狭い一室で、資料端末を開いたまま、椅子に深く沈み込んだ。
UC0105――マフティー動乱の記録を、何度も、何度も再生していた。
本来なら十年前の事件など、技術者にとって単なる歴史データでしかない。
しかし俺には、あの事件が“現在を狂わせ続ける亡霊”に見えて仕方がなかった。
連邦政治の恐怖。
軍の判断の遅れ。
市民が巻き込まれた地獄の空中戦。
そして拘束後のハサウェイ・ノアの最期。
どれもが、情動によってゆがめられた結果だった。
『ハサウェイ・ノア……
お前の“理想”は、情動という名の暴風に呑まれて崩壊した』
彼の映像を眺めながら、俺は呟いた。
正しい理念があったのかもしれない。
だが、その理念すら、人間が抱える怒りや焦燥に飲まれれば、ただの衝動的破壊者となる。
善悪の問題ではない。
“情動は必ず暴走する”という、純然たる物理現象だ。
その暴走に恐れた連邦は、技術封印という愚策を続け、
結果的にシステム全体が“怯えの連鎖”に陥った。
恐怖が判断を狂わせる。
焦りが計画を歪める。
悲しみが戦略を曇らせる。
『……人類は、情動を制御することに永遠に失敗し続ける。』
俺は、はっきりとした結論を得た。
情動とは、どれほど善意に見えても
いずれシステムを破壊する“バグ”である、と。
アナハイム時代の記憶がふと脳裏に蘇った。
嫉妬、私欲、惰性、優越感。
技術者であるはずの連中が、会議室で技術を語らず、感情ばかりをぶつけ合っていた。
設計案の決定すら、性能や安全性ではなく、
「誰が言ったか」「誰が得をするか」で左右される。
アナハイムが腐敗していたのではない。
“情動に依存する組織だった”だけなのだ。
マフティー動乱も、アナハイムの怠慢も、連邦の硬直も、
すべて同じ原因で繋がっている。
『情動は、技術も政治も、必ず狂わせる。』
この単純で残酷な真実に行き着いた瞬間、
俺の思考のスケールは大きく変わった。
俺は宇宙の技術体系を刷新したいのではない。
人類という“バグの集合体”を、根本から修正しなければならないのだ。
情動こそが元凶。
ならば、その情動を断罪し、排除する“新しい秩序”が必要となる。
俺は静かに立ち上がり、サイド3の外を見下ろした。
暗いコロニーの灯りは、まるで人類の心の揺らぎを示すように、どこか不安定な光を放っていた。
『ならば……技術で断罪すればいい。
人類の情動という、この宇宙最悪のバグを。』
その考えが胸に宿った瞬間、
俺の中で、何かが音を立てて外れた。
アナハイムを去ったのは敗北ではない。
怒りでも絶望でもない。
これは、“革命”の始まりだ。
技術で情動を封じる。
論理で宇宙を支配する。
人間という不完全なシステムを、完全な形へ書き換える。
その思想こそが、やがて俺を“鉄仮面”へ導く最初のプロセスとなった。
このとき、まだ誰も知らなかった。
俺の中で芽生えた狂気が、いずれ宇宙世紀の技術体系を根底から揺るがす
巨大な歪みとなることを――。