鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0123年3月。
娘ベラとの最終対話が、俺 ── 鉄仮面の論理システムに決定的な自己矛盾を生じさせた直後、俺は、人類の情動を断罪するための究極兵器 ── モビルアーマー・ラフレシアを起動した。
「情動のバグを排除する。このラフレシアこそが、俺の論理の絶対的な実行者となる」
巨大なラフレシアは、フロンティアIV宙域に姿を現した。
禍々しい花弁のような外装が展開し、無数のテンタクル・ロッドが周囲へ伸びていく。
皮肉にも、それは巨大な黒い薔薇のようだった。
俺という男の、断罪の側の貌そのものだった。
俺はラフレシアのコックピットへ乗り込み、鉄仮面を介して機体と完全に同期した。
視覚センサーに映るのは、孤立しながらも奮闘するF91と、そのパイロット ── シーブック・アノー。
そしてF91に迫るデナン・ゾンのベラ。
「ターゲット、F91。排除。セカンダリーターゲット、ベラ・ロナ。情動の汚染を排除し、システムに再組み込み」
指令と同時に、テンタクル・ロッドが巨大な蛇のように伸び、F91とベラの機体を狙う。
F91はMEPE(金属剥離効果)を発動し、残像を伴って高速で回避する。
テンタクル・ロッドがF91を捉えきれない。
それは、シーブックの操縦技術と、バイオコンピュータの出力によるものだった ── それが、現実に起きていることのすべてだ。
だが同時に、俺の網膜の隅では、赤い薔薇の花吹雪がテンタクル・ロッドの軌道を逸らしている幻が映っていた。
俺の中の幻が、必死に娘とその青年を守ろうとしていた。
むろん、それは俺の内面の光景にすぎない。
だが、その内なる抵抗は ── つまり、俺自身の父性の抵抗は、確かに俺の操縦の精度を、微かに、しかし決定的に狂わせ始めていた。
「ベラ! 貴様はなぜ、そこにいる! 排除せよ、排除せよ ── 娘を、標的から排除せよ!」
俺の意識が、指令とは真逆の命令を、勝手に上書きし始めた。
「娘を守れ ── いや、排除せよ ── 守れ ── 」
矛盾した命令が、俺の口から漏れ出た。
断つ者の俺と、守る者の俺が、1つの脳の中で、テンタクル・ロッドの操作権を奪い合っていた。
鉄仮面の内部で、バイオコンピュータの処理速度が急激に低下した。
遮断されていたはずの過去の記憶 ── ナディアとベラと過ごした一瞬の幸福が、処理不能データとして、視覚インターフェースを乱雑に占拠した。
「システム警告。コアプロセッサ過負荷。整合性チェック失敗」
鉄仮面の裏側で、制御不能な痛みが奔流となり、俺の肉体を激しく痙攣させた。
それは、娘を道具として扱おうとする冷たい論理と、娘を愛することを忘れようとした父の情との、最後の激突だった。
「ばかな……! 俺のラフレシアが、俺の思うように動かん……!」
俺の中の幻の声が響いた。
「見えたか、カロッゾ。君が最も憎んだ情動が、君の最強の兵器の手綱すら乱している。断つことよりも、守ることの方が、はるかに強い。それを、いちばん最初に知っていたのは、君自身だろう」
俺は、黒薔薇を握らぬままの右手を見つめた。
守りたいのか、壊したいのか ── その2つの情は、もはや俺自身にも見分けがつかなかった。
それは当然だった。
どちらも、俺だったのだから。