【完結済】機動戦士ガンダム 鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0123年3月。
ラフレシアとF91の戦いは、フロンティアIV宙域で、その最終局面を迎えていた。
俺 ── 鉄仮面の断罪の論理と、シーブック・アノーの守る想い、ベラの人としての愛。
すべての力が、この一点に収束した。
F91のバイオコンピュータは、シーブックの守りたいという想いを受けて、理論値を遥かに凌駕する出力を叩き出していた。
MEPEによる残像は、もはや無数の分身のように宙を舞い、ラフレシアのテンタクル・ロッドを翻弄する。
そして、決定的な瞬間が訪れた。
シーブックのF91が放つビームが、ラフレシアの中枢を貫いた。
これが、宇宙世紀0123年に実際に起きたことだ。
第三者の介入も、超常の力もない。
ただ1人の青年の、守りたいという想いと、確かな操縦技術が、俺の断罪の兵器を打ち砕いた。
俺のシステムに、致命的なエラーが連鎖した。
「コアプロセッサ、機能停止寸前。情動遮断システム、崩壊」
鉄仮面の内側で、封じられていたすべての記憶が、堰を切ったように溢れ出した。
ナディアとの日々。
幼いベラの笑顔。
そして ── かつて、確かに誰かを守りたいと願っていた、若き日の俺自身の姿。
「これは……俺は……」
鉄仮面のバイザーの奥で、俺は初めて、自分の頬が濡れていることに認めた。
涙だった。
情動を切除したはずの俺の目から、こぼれ落ちる涙だった。
そして俺は、崩れゆくコックピットの中で、俺自身の中の幻と、ついに正面から向き合った。
それは、鏡でも夢でもなかった。
俺の意識の、最も深い場所で、白い仮面をつけたタキシード姿の俺が、静かに微笑んでいた。
「思い出したか、カロッゾ・ロナ。私は前世でも、月の守護者でもない。私は、ただの君だ。技術で人を守りたいと願った、若き日の君自身の、心の名残だ。断罪者の仮面の下には、ずっと、それがあった」
「守り……たかった……」
俺の合成音声から、初めて、素の声が漏れた。
「俺は……ただ、ナディアを、ベラを……守りたかっただけだったのか。それを、断罪と履き違えて……」
俺の中の幻は、静かに頷いた。
それは、俺自身が、俺自身を、ようやく赦した瞬間だった。
ベラのデナン・ゾンが、崩れゆくラフレシアに近づいた。
「お父さん!」
彼女は、コクピットから手を伸ばすように叫んだ。
「まだ間に合う! その仮面を捨てて! 一緒に……!」
俺は、震える手で、鉄仮面に触れた。
だが、長年の適合処置により、それはもはや俺の肉体と一体化していた。
外すことは、できなかった。
断つ者の仮面は、俺の顔から、二度と剥がれない。
だが、その下にはもう1つ ── 誰かを守りたいと願った、俺自身の素顔があった。
「……遅すぎたのだ、ベラ。俺は、あまりに多くを断ちすぎた。この宇宙を、お前を、守るために ── 俺は、ここで断たれるべき存在だ」
俺は、最後の力で、崩れゆくラフレシアを、フロンティアIVのコロニーから遠ざけた。
娘を、そしてこの場所に生きる人々を、俺の兵器の爆発から遠ざけるために。
これが、宇宙世紀の正史に刻まれた、鉄仮面カロッゾ・ロナの最期だ。
そしてそれは同時に、俺という男の中で、ずっと殺されかけていた良心 ── 俺が心の中で「タキシード仮面」と呼んでいた、俺自身の柔らかい部分が、最後の最後に、たった1度だけ、俺の手を動かした瞬間でもあった。
断つ者と守る者は、この最期において、ようやく1つの行為に還った。
娘を守るために死ぬ。
それが、断罪者の論理的帰結であり、父の願いでもあった。
「そこまでだ ── いや、これで、俺は、俺に還る」
崩れゆくコックピットの中、俺は最後に、コートの内から1輪の薔薇を取り出した。
黒薔薇のはずだった。
だが、爆炎の赤い光の中で、それは赤い薔薇に見えた。
俺は、その薔薇を、初めて握り潰さずに、胸に抱いた。
断つ者の手が、守る者の薔薇を抱いた。
俺の中で長く引き裂かれていた2つの仮面は、爆光の中で、静かに溶け合い、1人の男に還った。
それは、超常の救済ではなかった。
ただ1人の狂った父が、死の間際に、ようやく自分自身と和解しただけの、ささやかな、そして誰にも知られない出来事だった。