機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 ~腐敗した宇宙を焼き尽くす者~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
連邦情報局の広報室には、静かな緊張が漂っていた。
大型モニターには白地の声明文が投影され、
職員たちがその最終チェックを無言で進めている。
戦争が終わっても、扱うべき火種はまだ幾つも残っていた。
ひとつは、ベラ・ロナの存在だった。
彼女が連邦に保護されていることは、一部の高官とサナリィの上層部しか知らない。
表に出れば、クロスボーン・バンガード残党や、
彼女を“象徴”として利用しようとする政治派閥が再び蠢き始めるのは間違いない。
戦火の再燃を避けるためにも、彼女の名は表から消さねばならなかった。
広報官が静かに読み上げる。
「……ベラ・ロナ氏の現在位置は確認できず、
生死を含め消息は不明である —— よし。」
文章は淡々としていた。
だが、その一文を載せるために、どれだけの会議と駆け引きが行われたかを知る者たちは、
それぞれに疲れた顔でうなずき合った。
“消息不明”
その三文字が、人間一人の人生を消すことを意味することを、
誰もが理解していた。
声明が各局に送信される。
モニターの赤いランプが点灯し、配信が始まった。
一瞬の静寂の後、世界はその“公式情報”を受け取り、
連邦の判断は事実として流通していく。
同じ頃、サナリィの極秘拠点では、
慎重な医療検査が続いていた。
白衣の技術者が端末を操作し、心音データを確認する。
「問題ありません。
生命反応は安定しています。
心理状態は……少し不安定ですが、正常範囲です。」
簡素な寝具に腰掛けていたベラは、
検査の度に繰り返されるこの報告を静かに聞いていた。
逃亡と救出の緊張がまだ体に残っている。
だが、ここには戦場の匂いも、父の影もない。
「……私は、これからどうなるのでしょうか。」
彼女の問いに、担当の職員は少し言葉を探した。
政治の事情をすべて説明するわけにもいかない。
それでも、誤魔化すこともしたくなかった。
「あなたは今、安全な場所にいます。
外の世界には、しばらく“存在しない”ことになっていますが……
それはあなたを守るためです。」
ベラはゆっくりと視線を落とした。
自分が消されることよりも、
誰かの思惑の中心に置かれ続けることの方が、ずっと怖かった。
「……そうですか。
なら、構いません。」
職員は微かに頷いた。
公的には消息不明となった少女が、
こうして生きてここにいることを知るのは、
この狭い施設の中だけだった。
別室では、連邦とサナリィの幹部たちが低い声で協議を続けていた。
「長期的にはどう扱う……?」
「公表はできない。危険すぎる。」
「いずれ、生活基盤を整え、一般民間人として再出発させるしかないだろう。」
「……鉄仮面の影響力が完全に消えるまでは、表に出せん。」
扉越しに聞こえるその声の端々から、
ベラは自分の立場を悟りつつあった。
だが今の彼女にとって、未来がどう定義されるかよりも、
現在の静寂の方がはるかに大切だった。
その日の深夜、ベラは窓の外を見上げた。
人工の星灯りが静かに瞬き、
遠い宇宙にはまだ、父が築こうとした狂気の残滓が漂っている。
彼女は胸の奥に沈む不安を押し込め、
そっと目を閉じた。
誰に知られることもなく——
公式には存在しない少女として、
新しい時間がゆっくりと流れ始めていた。