機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 ~腐敗した宇宙を焼き尽くす者~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
地球圏に秋が訪れた頃、戦争の余波はまだ宇宙のあちこちに渦を巻いていた。
混乱の中で、連邦情報局とサナリィはひとつの最優先事項を共有していた。
ベラ・ロナの確保である。
カロッゾの暴走から逃げ延びたベラは、損傷した小型シャトルで中立コロニー外縁域へ漂着した。
治療のために寄せられた医療モジュールは質素で、人目を忍ぶには都合がよかったが、
そこに留まり続けることが安全ではないことを、彼女自身よく理解していた。
自分が“象徴”にされることの危険を、身をもって知ってしまっていたからだ。
医療スタッフを装った連邦とサナリィの合同チームが病室を訪れたとき、
ベラは反射的に身を固くした。
先頭の隊員は、あくまで穏やかな声で名乗る。
「あなたを保護しに来ました。
戦場へ戻すためではありません。」
そう言われても、ベラには簡単には信じられなかった。
彼女は長く深い息をひとつ吸い込み、震える声で問いかけた。
「私を……また、利用するのではなくて?」
隊員は短く目を伏せ、そして誠実な響きだけを残して答えた。
「そのために来たわけではありません。
あなたを“外側”に移す。それだけです。」
その言葉がどこまで真実なのか、今のベラには測れない。
けれど、ここに留まれば父の影が迫ってくることは確かだった。
逃げ続けるしか道のなかった彼女は、ゆっくりとうなずいた。
「……わかりました。お願いします。」
搬送の準備が進むその頃、別の宙域では、クロスボーン・バンガード残党の通信ログを拾った一部の端末が、
“鉄仮面”と同期しようと断続的に信号を発していた。
カロッゾの認識に、その断片的な情報が届く。
父としてではない。
娘を資源や象徴として分類する、冷たい戦略的判断として。
救出部隊は急行したが、医療モジュールに着いた時、
ベラの姿はすでになかった。
白いシーツに残るわずかな温もりと、
連邦の二重暗号だけが室内に残っていた。
鉄仮面の内部から、低い声が漏れる。
それは感情ではなく、計画の分岐点を確認するための音声出力のようだった。
「……遅かった。」
ベラを乗せた小型艇は、安全確保のため中間地点の拠点へ向かっていた。
宙窓の外を流れる光点を見つめながら、ベラは小さく息をつく。
「これから私は……どうなるのですか?」
護衛の一人は、慎重に言葉を選んだ。
「あなたを政治の場に晒すことはありません。
そのために、公式には“消息不明”として扱う方向で動いています。」
ベラは視線を落とした。
“消息不明”。
その言葉は、救いと孤独の両方の重みを持って落ちてきた。
けれど今はただ、あの鉄仮面の影から遠ざかることだけを望んでいた。
「……それでいいです。
あの人に見つからないのなら。」
移送艇が静かに振動する。
ベラはシートに身を預け、目を閉じた。
彼女の存在は、星々の間から静かに消えていくように見えた。
公式な記録は、この瞬間から“空白”へと書き換えられようとしていた——。