【完結済】機動戦士ガンダム 鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0128年。
フロンティアIV戦役から5年が過ぎ、戦場の痕跡は多くのコロニーで消えつつあった。
しかし、技術者たちの心には、あの戦いで露呈した狂気の影が、深く沈殿していた。
F91の高性能は称賛されながらも、その内部で発生した情動の力 ──
バイオコンピュータの共鳴は、彼らに技術と心の関係という、根源的な問いを突きつけていた。
連邦はF91の技術を封印したまま解除せず、研究班に課されたのは新開発ではなく監視と維持だった。
そのころ、ベラ・ロナの存在は、外の世界にとっては依然として記録の空白だった。
消息不明と発表されてから5年。
公式には1度も名前が挙がらないまま、彼女は地球圏の片隅で、シーブックと共に静かに暮らしていた。
復興中のコロニーで、2人は環境維持の作業や、孤児となった子供たちの世話を担当していた。
誰も彼女をロナ家の娘とは知らず、ただの若い夫婦として受け入れられていた。
ある日、シーブックは小さな包みを差し出した。
開くと、そこには砕けた金属片が入っていた。
それは、ラフレシアの残骸から回収された、鉄仮面の破片だった。
シーブックは、ベラを過去の呪いから解放するため、危険を冒してそれを持ち帰っていた。
ベラは、掌に収まるそれをしばらく見つめ、胸の奥が重く締めつけられるのを感じた。
父が背負おうとした論理、父が最後に取り戻した心。
その両方を象徴するような、冷たい金属だった。
涙が頬を伝うと、シーブックは黙って彼女の肩を抱いた。
その時、ベラは気づいた。
鉄仮面の破片の内側に、よく見ると、小さな薔薇の意匠が、誰にも気づかれぬよう刻まれていたのだ。
断つ者の仮面の、いちばん内側に。
それは、父が正気と狂気の狭間で、無意識に刻んだものだったのだろう。
「お父さん。あなたは、断罪者の仮面の下で、ずっと ── 誰かを守りたかったのね」
それは、月の守護者でも、前世の騎士でもない。
ただ、娘を愛することをやめられなかった、1人の不器用な父の、消せなかった心の痕だった。
その夜、ベラは月に向かって、1輪の赤い薔薇を捧げた。
「お父さん。あなたも、最後は守る者だった。あなた自身が、そう教えてくれた」
窓の外の遠い月は、ただ静かに、いつも通りに輝いていた。
奇跡も、返事もない。
だが、ベラの胸には、確かな温もりがあった。
宇宙世紀0128年。
技術者たちが迷いを抱え、世界が慎重に歩みを続ける中で、ベラの心だけは、ゆっくりと、確かに癒えていった。
父の狂気が遺した傷跡は、父の中に最後まで残っていた情の記憶によって、静かな敬意へと変わりつつあった。