機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 ~腐敗した宇宙を焼き尽くす者~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0128年。
フロンティアⅣ戦役から五年が過ぎ、戦場の痕跡は多くのコロニーで消えつつあった。
しかし、技術者たちの心には、あの戦いで露呈した狂気の影が、深く沈殿していた。
特に、サナリィの研究区画は、以前のような未来志向の熱気とは程遠かった。
F91の高性能は称賛されながらも、その内部で発生した情動の暴走は、彼らに「技術の限界」ではなく「倫理の限界」を突きつけていた。
封印されたデータバンクの前に立つ者は、皆どこか思索の色を帯びていた。
ベルフ・スクレットもまた、静かな格納庫に足を運ぶ時間が増えた。
暗い室内に佇むF91のフレームを見上げ、彼は何度目かのため息を落とす。
技術は人を救うはずだった。
だが、情動を取り込んだ機体が制御から外れた瞬間、
その信念は音を立てて崩れた。
彼らが恐れたのは機体ではなく、「扱う側の人間そのものの不確かさ」だった。
連邦はF91の技術を封印したまま解除せず、研究班に課されたのは新開発ではなく“監視と維持”。
かつて熱意に満ちていた若い開発者たちは、日々の報告書に淡々と署名しながら、
「進歩のための研究」ではなく「過ちを繰り返さないための確認作業」に従事していた。
そのころ、ベラ・ロナの存在は、外の世界にとっては依然として“記録の空白”だった。
消息不明と発表されてから五年。
公式には一度も名前が挙がらないまま、彼女は地球圏の片隅で、静かに暮らしていた。
復興中のコロニーは、まだ傷跡の多い場所だったが、
外壁の補修現場に響く音や、子供たちの声は、少しずつ生活の息吹を取り戻しつつあった。
ベラとシーブックはその小さなコミュニティの中で、環境維持の作業や、孤児となった子供たちの世話を担当していた。
戦いを経た彼女の表情は以前より穏やかで、
手を繋いで歩くシーブックの横顔には、どこか安堵が滲んでいた。
誰も彼女を「ロナ家の娘」とは知らず、
ただの若い夫婦として受け入れられていた。
夕方、コロニー外壁の透明窓から差し込む淡い光が広場を照らすと、
ベラは作業の手を止めて、遠くの宇宙を見つめることがあった。
その横顔には、失われた父への複雑な思いが浮かぶ。
憎しみでも、哀しみだけでもない。
彼の最期の瞬間を知る者だけが抱く、消えない問いのようなものだった。
ある日、シーブックは小さな包みを差し出した。
開くと、そこには砕けた金属片が入っていた。
それは、ラフレシアの残骸から回収された、鉄仮面の破片だった。
シーブックは、ベラを過去の呪いから解放するため、危険を冒してそれを持ち帰っていた。
ベラは、掌に収まるそれをしばらく見つめ、
胸の奥が重く締めつけられるのを感じた。
父が背負おうとした論理、父が失った心、
その両方を象徴するような冷たい金属だった。
涙が頬を伝うと、シーブックは黙って彼女の肩を抱いた。
温かい腕の感触が、ベラの呼吸をゆっくり整えていく。
「……大丈夫。これは、君を縛る呪いじゃない。
僕たちが、過去を乗り越えて、ここで生きている証だよ。」
彼の囁きに、ベラは小さく頷いた。
破片は、父の狂気の残滓ではなく、シーブックの愛によって得た「再生の証」へと意味を変えた。
闇に沈む宇宙を見上げながら、
父の狂気が遺した傷跡が、彼女のなかでようやく別の形へ変わりつつあることを感じた。
戦いの記憶は消えない。
だが、この静かな生活は、確かに前へ進んでいた。
UC 0128年。
技術者たちが迷いを抱え、世界が慎重に歩みを続ける中で、
ベラの心だけは、ゆっくりと、確かに癒えていった。
そして、彼女の穏やかな日々は——
誰にも知られぬまま、静かに続いていった。