機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 ~腐敗した宇宙を焼き尽くす者~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0116年。
サイド3宙域に移って一年が経った頃、俺は、技術者としての思考と、人間としての心を、決定的に分断する出来事に直面した。
妻ナディア・ロナとの決裂だ。
俺が、アナハイム・エレクトロニクスの腐敗を断罪し、人類の情動というバグの危険性を彼女に語っても、ナディアは理解しようとはしなかった。
『カロッゾ。あなたは技術に囚われすぎているわ。
感情は、間違いを起こすこともあるけれど、正しさに導くことだってあるのよ』
俺は、その言葉に深い失望を覚えた。
情動は、技術にとっては単なるノイズでしかない。
そのノイズを肯定する彼女は、俺の論理体系にとって“誤差そのもの”となりつつあった。
ナディアは、俺が構築しようとする新しい技術の秩序――
感情を排し、論理に従う人類の未来――
その根幹を拒絶した。
やがて彼女は、別の男のもとへ去った。
裏切りそのものよりも、俺を最も深く傷つけたのは、
“情動のままに決断した”
という、その非論理性だった。
俺は、研究室の机に突っ伏し、十数時間も微動だにしなかった。
心臓の奥に針を押し込まれたような、説明不能の痛み。
それを、俺は最初、身体的な不調だと思った。
だが違う。
『……情動のノイズか』
その瞬間、俺は悟った。
これが、人間という不完全な構造が内包する致命的な欠陥だと。
怒り、恐怖、喪失、嫉妬。
それらすべてが、論理を狂わせ、計画を歪め、判断を破壊する。
人類が永遠に戦争を繰り返す理由も、国家が腐敗する理由も、技術者が堕落する理由も、すべてが一本の線で繋がった。
『情動とは、あらゆるシステムにとってのバグだ』
このときの痛みが、後に俺が鉄仮面を発明する最大の動機となる。
俺が、感情そのものを切り離し、
論理だけで構成される人格に変わろうと決意した瞬間――
その起点は、ほかでもないナディアの裏切りだった。
サイド3の夜は静かだった。
研究棟の窓から見える恒星の光は、どれも等間隔で、規則性に満ちている。
宇宙は論理で成り立っているという当たり前の事実に、俺は救われた。
人間だけが違う。
人間の心だけが、予測不能に揺らぎ続ける。
『情動を持つ生命は、宇宙の秩序に対するエラーだ』
俺は、机を叩きつけるようにして立ち上がった。
ナディアが去った痛みは、もう個人的なものではなかった。
それは、人間というシステムに潜む構造的欠陥に対する、技術者としての怒りへと変貌した。
この日を境に、俺は人類の情動を“排除すべき対象”として記述し始めた。
研究ノートには、初めて“情動の断罪”という言葉が刻まれる。
そして俺は、娘ベラを“論理のみを継ぐ後継者”として育てる計画を立ち上げた。
彼女を、ナディアという情動の呪いから救い出すために。
U.C.0116。
俺の狂気の論理は、この年に静かに胎動を開始した。
まだ、このときの俺は知らなかった。
人間の情動というバグが、後に俺自身のシステムを崩壊させる、最も致命的な逆流となることを。