機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 ~腐敗した宇宙を焼き尽くす者~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0117年。
ナディアが俺の前から消えて一年が過ぎ、俺はようやく、自分の内部で何かが“別の構造”に変質し始めているのを自覚しはじめていた。
かつては技術者としての論理と、夫としての感情が共存していた。
だがいまや、その共存は完全に崩壊した。
ナディアとの決裂は、単なる家族の破綻ではなかった。
人間という不完全な存在が抱える“情動の致命的欠陥”を、俺に突きつける事件だった。
その結果として生じた空洞は、徐々に、冷たい論理で埋められていった。
娘ベラ――
彼女をどう導くかは、俺の思想の核心に関わる問題だった。
ナディアという情動の象徴から、ベラを切り離さなければならない。
そのために俺は、ベラが本来持っていた柔らかな心の反応を、別のかたちへ“再設計”する教育を開始した。
『ベラ。
世の中には、冷静な判断でしか解けない問題がある。
感情に左右される人間は、いずれ必ず破滅する』
幼い彼女は、不安そうな瞳で俺の言葉を聞いた。
しかし、その揺れはすぐに俺の語調で押し潰された。
俺は、ナディアという存在が遺していった“情動の名残”を、一つずつ取り除いていった。
ベラは、母の面影に関する問いを繰り返した。
俺はそのたびに、丁寧な声で、しかし決して感情を見せないまま、言葉を返した。
『母は……弱さに負けた。
情動という、制御不能なバグに飲まれたのだ』
俺自身の痛みを語っているようで、実際には何も語っていない。
俺の中ではすでに、ナディアは“誤った選択をした人間の例”として処理されていた。
ベラの小さな戸惑いは、日々薄らいでいった。
恐怖ではなく、諦めでもなく――
ただ、俺の言葉を“唯一の真実”として受け入れていく従順な静けさ。
俺はその過程を観察しながら、一つの確信を得た。
『情動は、初期から制御すれば良い。心は、調律可能だ』
この年、俺は初めて“鉄仮面”の原型となる構想をノートに書き留めた。
それはまだ、強化外骨格でも兵器接続装置でもなかった。
単なる理念の断片――
「感情というバグを隔離し、論理だけを残す装置」。
しかしその断片に、俺は自分の未来を見た。
サイド3の研究施設での生活は静かだった。
俺は個人ラボを持ち、ロナ家の資金で自由に研究を進めることができた。
多くの時間をデータ解析や神経モデルの研究に費やし、その傍らでベラの教育を続けた。
ベラは日々変化していった。
幼い反射的な喜怒哀楽は徐々に影を潜め、代わりに、抑制された反応と、状況の観察を重視する姿が現れてきた。
『よく見て、考えるんだ。感情で動いた人間が、どれだけ自分を傷つけてきたか』
俺の言葉は、教育であり、洗脳であり、同時に自己救済でもあった。
ナディアの裏切りで開いた痛みを埋めるために、俺はベラを“論理の継承者”として形作ろうとした。
だが……
その夜、ベラが寝息を立てている横顔を見て、ほんの一瞬だけ、胸の奥にかすかな痛みが走った。
名前のない痛み。
忘れたはずの感情の残滓。
俺は深呼吸をし、それを排除した。
『……これは、誤差だ。修正できる』
その自覚こそが、後に俺を鉄仮面へと導く“思想の萌芽”となった。
U.C.0117。
俺はすでに、元のカロッゾ・ロナではなくなり始めていた。