鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0118年。
その報は、乾いた電子音とともに、俺のもとへ届いた。
義兄ハウゼリー・ロナ ──
連邦議会にありながら、腐敗した地球連邦の現状を憂い、宇宙の民のために声を上げ続けた、数少ない良識の人。
その男が、テロによって討たれた。
俺は、モニターに表示された訃報を、無感情に三度読み返した。
三度目の途中で、指先が、わずかに震えていることに気づいた。
ハウゼリーは、俺がロナ家に入って以来、俺の技術者としての夢を、唯一まっすぐに理解してくれた男だった。
ナディアが去ったときも、俺を責めず、ただ静かに肩を叩いた男だった。
その義兄が、情動に狂った暴力によって、一片の論理もなく殺された。
「連邦は、腐り果てた」
俺の口から漏れたのは、悲しみではなかった。
もっと冷たく、もっと深い、確信だった。人間の情動が政治を腐らせ、腐った政治が、良識ある一人の男を殺した。
ならば答えは一つだ。
この宇宙から、情動という名のバグを、根絶する。
マイッツァー卿に上申しよう。
コスモ・バビロニアの建国を、早急に。そのために、俺はこの身を、論理の器へと造り替える。
ラフレシア・プロジェクトの強化手術を、俺自身に施すのだ。
その夜だった。
暗い私室の姿見の前で、俺は喪服のように黒いコートを纏っていた。
ガラスの中に、いつもの男がいた。白い仮面、漆黒のタキシード。
だが今宵の幻は、赤い薔薇を掲げず、ただ悲しげに俺を見ていた。
「やめておけ、カロッゾ」
俺自身の声が、幻の口を借りて響いた。
「ハウゼリーの死を、断罪の燃料にするな。あの人は、誰かを守るために声を上げた。復讐のためではない。君が本当に義兄を悼むのなら、その悲しみを、憎しみに変えてはならない」
「黙れ」
俺は、鏡の中の自分に吐き捨てた。
「守る、守る、と貴様は言う。だが、守ろうとしたハウゼリーは死んだ。情動は、人を守れない。むしろ殺す。俺は、その根を断つ」
幻は、静かに首を振った。そして、赤い薔薇を一輪、俺の足元へ差し出すように置いた ──
いや、置いたのは俺自身だった。
喪服の内から取り出した、一輪の黒薔薇を。
「その仮面は、二つの嘘を隠すことになる」と、幻は告げた。
「一つは、コスモ・バビロニアという大義への誓い。
もう一つは ── 妻に逃げられ、義兄も守れなかった、君自身の弱さだ。
鉄の仮面で顔を覆っても、その下で泣いている男を、私は知っている」
図星だった。
だからこそ、俺はその言葉を、論理の名のもとに封殺した。
「弱さごと、断つ。俺は明日、卿に上申する。そして一年の休暇を得て、この身を鉄に変える」
俺は、黒薔薇を握り潰した。
棘が掌を裂き、赤い血が滲む。鏡の中の仮面の男は、もう何も言わなかった。
ただ、その白い仮面の奥で、俺と同じ涙を、隠しているように見えた。
これが、鉄仮面カロッゾ・ロナが生まれる、その最初の一歩だった。
断つための仮面を被ると決めたその夜、俺はまだ知らなかった。
その仮面の下に、守るための仮面が ──
決して死なない幻が、ずっと眠り続けることを。