機動戦士ガンダム クロスボーン外伝 ~腐敗した宇宙を焼き尽くす者~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0118年。
サイド3に移って二年が過ぎ、研究施設での日々は、淡々とした静寂に包まれていた。
俺は、連邦とアナハイム・エレクトロニクスが停滞させた技術発展の“遅れ”を埋めるため、ロナ家の資金で個人ラボを拡張し、単独で技術体系そのものを再設計していた。
モビルスーツの運動性能向上、機体の小型化、効率化された出力伝達――
どれもアナハイム時代から掲げていた理念ではあったが、
当時といまでは、俺の“動機”がまったく違っていた。
あの頃の俺は、技術者の責務として効率化を追っていた。
だがいまは違う。
『人類の情動を排除し、論理のみで宇宙を統治するための技術だ。モビルスーツ小型化は、その第一歩にすぎない』
かつては設計者同士の嫉妬や政治的意図によって歪められていた研究方針も、今の俺には誰も口出しできない。
妨げる者はいない。
俺の思考が、俺自身の速度で進むだけだ。
娘ベラは、そんな俺の姿を静かに見つめていた。
彼女は、まだ幼く、感受性豊かだった頃の影をときおり見せるものの、日々の教育によって、その揺れは徐々に消えようとしていた。
『父様。その……この数字、昨日と違うの?』
ベラが端末の計算ページを指さす。
声色に戸惑いが混じっていた。
『違わない。考えが浅いと、同じ式でも結果の意味を取り違える』
俺は淡々と答えた。
ベラは小さく頷き、再び画面に視線を戻す。
その横顔には、わずかな違和感があった。
眠る前にほんの一瞬、“母のこと”を尋ねるような表情をすることがある。
だが、言葉としては出てこない。
俺の教育が、感情としての問いを抑制しつつあった証拠だ。
だが、残滓は確かに存在する。
それを見るたび、胸に小さな痛みが走った。
名もつけられない痛み。
俺は、それをただの“誤差”として処理した。
研究室には、神経伝達システムの試作モデルが積み上がっていた。
モビルスーツ操縦系と脳波の同期強度を高め、情動による誤差を減らすための設計である。
『感情は、反応速度を鈍らせる。怒りや恐怖は、判断を狂わせる。人間の心は、技術を破壊する。』
俺は自分自身に言い聞かせるように呟いた。
小型化は、ただの兵器性能向上ではない。
“情動の排除”という最終目的へ向かう階段の一段だった。
俺の脳裏に、ナディアが去った日の光景が蘇った。
泣き叫ぶでもなく、淡々と荷物をまとめて出ていった背中。
人間がいかに残酷な生物かを示す、静かな裏切り。
あの痛みが、俺の思想を形作っている。
ベラは眠りについた。
俺は部屋に残り、試作デバイスを見つめた。
脳波のノイズ――
それは情動の痕跡。
解析すればするほど、人間が抱える混沌が浮かび上がる。
『……やはり、切除すべきだ。感情は技術の邪魔でしかない』
その夜、俺は初めて“鉄仮面の構想”を図面として起こした。
まだ現実味のないシルエットだった。
装甲でも、遮断装置でもない。
もっと根源的な――
情動を隔離するための“境界”。
翌朝、ベラがうつろな目で立っていた。
『父様。……私は、これから何をすればいいの?』
問いの意味は曖昧だった。
計算か、読書か、訓練か。
だがその奥にある“母の記憶の残滓”が、一瞬だけ透けて見えた。
俺は言った。
『考えなくていい。必要なのは、論理だけだ。』
その言葉は、父の言葉ではなかった。
教師の言葉でもなかった。
システムの構築者が、不要なプロセスを切り捨てるような口調だった。
U.C.0118。
小型化技術の壁に挑む俺の手は、
同時に、娘の心の“不要な部分”を削り落としていた。
それがやがて、決定的な悲劇へ繋がることを、この時の俺はまだ理解していなかった。