鉄仮面の中のタキシード仮面 ~断罪者カロッゾ・ロナは、なぜか月の騎士の幻を見る~ 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
宇宙世紀0118年。
サイド3に移って2年が過ぎ、俺は、ロナ家の資金で個人ラボを拡張し、単独で技術体系そのものを再設計していた。
モビルスーツの運動性能向上、機体の小型化、効率化された出力伝達。
「人類の情動を排除し、論理のみで宇宙を統治するための技術だ。モビルスーツ小型化は、その第一歩にすぎない」
娘ベラは、そんな俺の姿を静かに見つめていた。
彼女は、教育によって感情の揺れが徐々に消えようとしていたが、時折、ふと寂しげな顔をした。
「父様。……わたし、夜になると、なんだか胸があたたかくなるの。誰かに呼ばれているみたい」
それは、母を恋しがる子供の、ごく自然な感情の残り火だった。
俺は端末から顔を上げなかった。
「気のせいだ。貴様の中に残る情動のノイズが引き起こす錯覚にすぎん」
だが、その夜、俺は決定的な光景を、監視カメラの記録として目にした。
眠るベラの枕元に、俺自身が立っていた。
記憶にない。
俺は無意識のうちに寝室に入り、ベラの額にそっと手をかざし、彼女の手に1輪の赤い薔薇を握らせていた。
記録の中の俺の唇が動いていた。
読唇で解析すると、それはこう言っていた ──
「思い出しておくれ、姫。誰かを想う心を」
俺は、自分が「姫」という言葉を娘に向けて使っていることに、背筋が凍った。
俺の妄想は、俺が眠っている間にまで、勝手に物語を続けていた。
翌朝、俺は自室の姿見の前に立った。
「そこまでだ」
俺は、初めてその言葉を、鏡の中のもう1人の俺に向けて発した。
「俺の娘に触れるな、俺の中の亡霊め」
鏡像 ──
仮面の男は、静かに振り返った。
「亡霊はどちらだ、カロッゾ・ロナ。過去の栄光にすがるアナハイムを断罪しながら、君自身が、情動を殺した過去の亡霊になろうとしている」
それは、俺自身の声で、俺自身に告げられた言葉だった。
「消してみせる」
俺は言い切った。
「情動という光を、論理という闇で覆い尽くす。それが俺の革命だ」
鏡の中の俺は、静かに首を振った。
「闇は、光があるからこそ闇と呼ばれる。君は、自分が否定するものの存在を、誰よりも必要としているのだよ」
俺は姿見に黒薔薇を叩きつけた。
鏡は割れず、ただ俺の顔と、その裏に透けるように見える仮面の男の顔を、重ねて映した。
小型化技術の壁に挑む俺の手は、同時に、娘の心の不要な部分を削り落としていた。
だが、彼女の中の温かい何かだけは、どうしても削り取れなかった。
その朝、ベラの机の上に、赤い薔薇と黒い薔薇が、1輪ずつ並んで置かれていた。
どちらも、俺が置いたものだった。
俺は、その2輪をじっと見つめた。
この些細な矛盾が、俺のシステムの奥深くに、消せない亀裂を刻み始めていることに、俺はまだ気づいていなかった。