トンチキ世界の放課後ダンジョン!   作:chikuwabu

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きのことチーズ

「ドラゴン兄貴ただいまー! 戻ってきたよー!」

 

 異界ダンジョン屋のカウンターロビーに、元気な少女の声が響き渡った。

 これはもちろん、入室から二時間たち、無事に帰還してきたゆきの声だ。大声で兄貴を呼んでいるのはゆきだが、その後ろではもももどことなく満足した表情で兄貴が出てくるのを待っている。

 

「おう、帰ってきたかお前ら。んで、依頼品のほうはその様子だと、うまくいったのか?」

 

「もっちろん。とにかくほら、確認してみてよ! 頼まれてた薬草めっちゃ採ってきたからね」

 

 ゆきはふんすと鼻を鳴らすと、薬草保管用の箱を素材受け取り窓口にどかっと置いた。自信満々の表情だ。

 兄貴はゆきのドヤ顔に「ほう」と口元を歪めると、蓋を開いて箱の中身を確認する。

 そこには確かに、特徴的な赤いラインが入った植物が大量に押し込まれており、毒素で痛んだ形跡もない。一目見ただけでもこれが『依頼』の通りの薬草だということがわかる。

 ミラーレンズのサングラスに爬虫類顔なので兄貴の表情は非常にわかりづらいのだが、どことなくにやりと笑っているようにも見えた。

 

「どう? どう?」

 

「おう、確かに例の薬草だな。毒で痛んでもいねえし、期待以上の成果だぜ。まあ依頼の査定にゃ時間がかかるから支払いは後日になるが、お前らにゃいい小遣いになるんじゃねえか?」

 

「やったーっ! ももがひたすら薬草と毒草食べてたからね。もぐもぐパクパクって」

 

 いい小遣い、と聞いたゆきがその場でぴょんぴょんと飛び跳ね、頭の上のうさぎリボンがバッサバッサ。

 それまでずっと後ろでやりとりを見ていたももは、ゆきほど大きなリアクションはとらないものの、嬉しさは隠せていない。兄貴がももに視線を向ければ、緩んだ頬が紅潮しているのがわかった。

 

「んで、そっちは薬草の味はどうだった?」

 

「甘くて美味しかったです。でも、次にこの依頼を引き受けるときは、ゆきちゃんも食べられるようにドレッシングを持参しようと思います」

 

「そうそう、もっちりドレッシングのピザ味! 次からは常備しておかないとね!」

 

「ははっ。薬草採取の依頼にドレッシング持参とはまた、なかなか愉快じゃねえか」

 

 兄貴はククっと喉を鳴らすように笑うと、受け取り窓口に置かれた薬草保管箱と、きのこと魔石が入った素材収集籠をその大きな鱗だらけの腕で抱える。

 

「うっし、残りの素材を査定してくっから、二人はそこで待ってな」

 

「そうだ兄貴、そのきのこが食べられそうだったら持ち帰りたいから、そんときは美味しい食べ方も教えてね!」

 

「あいよ」

 

 集めた素材の入った籠を持ち、兄貴はカウンターの奥へと入っていく。これから査定に入るが、いつも通りならばおよそ五分から十分程度で見積もりが出るはずだ。

 ゆきとももは待合ソファに腰を下ろし、兄貴が戻ってくるまでの間、森は怖かっただの、模擬刀が強いだの、この日の冒険の感想を述べ合って過ごすのだった。

 

  ◇  ◇  ◇

 

 そして、数分後。

 

 査定を済ませた兄貴がゆきたちを呼び寄せ、魔石やきのこ、それぞれの素材の買い取り料金が印字された紙を差し出した。これはあくまで見積もり価格であり、きのこを持ち帰るかどうかはこれを見てからゆきとももが判断することになる。

 なお、薬草の『依頼』は後日の別な査定となるため、ここに印字されているのは主に魔石ときのこの料金だ。残念ながらこちらはたいした金額ではなく、異界ダンジョン屋の今回の利用料金が数割浮く程度の値段だ。

 

「こんなもんだ。きのこは食用として栽培もされてる品種でたいして珍しいもんじゃなかったが、それでも日本じゃほとんど流通してねえやつだぜ。椎茸とエリンギの合いの子みたいなきのこだが、どうする? 持ち帰るか?」

 

「もも、どうしちゃう? どうせ高くないなら、いっそ全部持ち帰ってきのこパーティーひらいちゃう? 異界グルメしちゃう?」

 

 きのこの値段にはややテンションの下がるゆきだが、しかしそれが『食用』と聞けば好奇心が顔を覗かせはじめる。

 一応ももに確認しているが、ゆきの顔にはすでに『きのこパーティー』と書いてある。これにはももも苦笑するしかない。

 

「じゃあ……せっかくだし、持ち帰ろうか。きのこご飯とかにしようかな。異界グルメの一歩目だね」

 

「やったねブイ! じゃあ兄貴、きのこは全部持ち帰るよ! おすすめの食べ方ってある?」

 

「おすすめはチーズだ。このきのこは加熱してチーズと合わせるのが正解だぜ。チーズがなけりゃホワイトソースなんかもいいかもしれねえがな」

 

「チーズ! モッツァツァ! 美味しそうじゃん」

 

「きのことチーズなら、色々とバリエーションはありそうだね」

 

 さすがに兄貴は料理人ではないので詳細なレシピとまではいかなかったが、しかし即答で『チーズ』という答えが返ってきた。

 きのことチーズと聞いたゆきたちの頭の中には、リゾットやパスタ、きのこチーズ寿司、きのこチーズクリームラーメンと、メジャーどころだけでも色々な料理のイメージが湧き出てくる。

 

「えっへっへ、もも、きのこでなに作る?」

 

「とりあえず、帰ったらチーズと一緒に炙ろうかな。まずはシンプルな料理で味を確かめないと」

 

「さすがもも、グルメじゃん!」

 

 決まれば善は急げ。ももとゆきはきのこをビニール袋に入れてそれぞれ受け取ると、さっそく今日の夕食の話題に花を咲かせている。

 家に帰ったら、親に頼んできのこ料理を作って貰う気満々だ。哀しいかな、日が暮れてから食材を持ち帰られて料理をリクエストされる親の苦労は、女子中学生たちはまだわかっていない。

 

「ははっ、お前ら気が早えな。夜食を考えるのもいいが、もう外は日が暮れてんだからよそ見せずに気をつけて帰れよ」

 

「はーい! じゃあ、また今度ねー!」

 

「今日はありがとうございました、兄貴さん」

 

 そんな風に、兄貴に挨拶をして、頭のなかではきのこ料理に想いを馳せながら。

 ゆきとももは楽しげに、夕暮れの町並みへと帰っていくのだった。

 

  ◇  ◇  ◇

 

 ゆきたちが異界ダンジョン屋をあとにしてから。

 店のフロアには、ドラゴン兄貴ともう一人、ツインテールの竜人少女が立っていた。

 この少女もゆきたちとほぼ同時に帰還していたのだが、ゆきたちが出て行くまで身を潜めていたようだ。

 

「お前は森の中であいつらのことを見てたんだろ? ゆきとももの二人はどうだった?」

 

「ケッ。どうもなにも、異界に入り浸ってるのが信じられないくらいに無力なガキどもだな。警戒心もなけりゃ、武器の使い方もなってねえ」

 

「まあ、それを見越してお前に護衛を頼んだわけだしな」

 

「ああ。だが――」

 

 少女はカウンター前の椅子にちょこんと座ると、森の中のゆきたちの様子を語って聞かせる。幼さの残った癖のあるかわいらしい声だが、その言葉は大人びており辛辣だ。

 彼女は、ゆきとももを無力なガキと断じる。とてもではないが、魔物が彷徨く森を歩かせていい少女たちではない、と述べる。

 だが、彼女らはそれでもなお『依頼』に対して十分な結果を出した。

 

「あのガキどものスキル【大食らい】は未知数で、【直感】は純粋にヤバい。バグってるぜ」

 

「お前がそこまで言うのかよ。あの子たちのスキルレベルはたったの3なんだがな」

 

「あのスキルが育っていったらどうなるかと思うと、末恐ろしいぜ」

 

 少女は、ドラゴン兄貴が注いだ五臓六腑に染み渡る水を一気に飲み干して、ぷはぁ、と息を吐く。五臓六腑が潤うのを実感しつつ、森での出来事を思い返す。

 森の中でゆきとももが遭遇したのは松ぼっくりだけである。もちろん、ある程度の危険な魔物は先んじてこの竜人の少女が屠っていたというのもあるだろう。

 だが、それにしても。選ぶ道、選んだ方角、すべてが『偶然にも』危険と鉢合わないルートだったのは――少女たちの運、もしくは直感によるものであることは間違いない。

 その報告を聞いたドラゴン兄貴は、顎に手をあてて考える。

 

「ふうむ。これは、もしかするともしかするかもな。ゆきたちなら、長年姿を眩ませているアレを見つけることも……」

 

「おい。一応確認しておくが、オレはこれでお役御免でいいんだな? 帰っていいんだな?」

 

「まあ待て。お前、ちょっと身体だけじゃなくて中身も女の子になりきって見ねえか?」

 

「……めっちゃ断りたいんだが」

 

 竜人少女は、あからさまに嫌そうに眉間にしわを寄せる。幼い美少女竜人少女の嫌そうな顔は、見るものが見れば大興奮待ったなしだが、ドラゴン兄貴はにやりと笑うだけである。

 

 一方そのころ、ゆきとももは。異界ダンジョンで自分たちがアンタッチャブルな存在として噂されていることなど知る由もなく。

 仲良く、駅前スーパーで買い食いを楽しんでいるのだった。

 

  ◇  ◇  ◇

 

 次の日。

 通学路で、決まった路地で待ち合わせをして一緒に登校する。これが幼なじみたちのルーティーンだ。

 この日もももの姿を見つけたゆきが、笑顔で手を挙げて声をかける。朝から元気の固まりだ。

 

「ももー! 昨日のきのこなんだけどさーっ」

 

「おはようゆきちゃん。朝からいきなりだね、どうしたの?」

 

「いや、お母さんに頼んでリゾットにして食べてみて、美味しかったんだけどね! そこで私は思ったんだよ」

 

「うん」

 

 挨拶もそこそこに、二人は通学路を歩き始める。互いに遠慮のない幼なじみ同士なので、出会い頭に突然きのこの話が始まってもなんの支障もない。

 通学路には、中学生だけでなく小学生の列もある。横断歩道には緑の肌をした異界のおばさんが子供たちの安全を確認していた。もはや見慣れた緑のおばさんだ。

 横断歩道を渡って、おばさんに挨拶を交わしてから、ゆきは熱く語り始めた。

 

「せっかく異界のきのこだし、スフレフロマージュきのこカレーにしたら美味しいんじゃないかなって! どうかな?」

 

「どうって聞かれても。まあ……相性は悪くないんじゃない?」

 

「よし、じゃあ今日は食堂のおばちゃんにお願いして、このきのこも混ぜてもーらおっと♪」

 

「自分で作るんじゃないの?」

 

 まさかの、食堂に材料を持ち込んで料理をリクエストする女子中学生がそこにいた。

 おばちゃんに仕事を増やさないであげなよ、とは思いつつも、もし作ってもらえるのなら自分も食べてみたいな、と言うのが。ももの正直な心の声である。

 

「兄貴に頼んで、また次もあの『依頼』を受けたいねっ。お小遣いももらえて、きのこも採取できて、いいことづくめじゃん!」

 

「さすがに、『依頼』は毎回はないと思うよ?」

 

「そっかー」

 

 

 朝日に照らされた通学路で、語らいながら、笑いあいながら。

 トンチキ世界の少女たちの愉快な一日は、今日もまた変わらず始まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  エピソード『ゆきとももと、異界グルメ』了










 活動報告に、あとがきというか、ちょっとした余談みたいなものも載せていますので、もしお暇がありましたらそちらもどうぞです。
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