TS転生ハーフエルフ『フェリエロージャ・ヘルツェグヌ』は、斜陽の帝国の侯爵家に生まれた悪役令嬢――だった。
しかし、帝国は内戦によって10年以上も前に倒れ、混迷の中で吹き荒れた革命の嵐も既に過ぎ去った。全ては終わったこと、歴史の一幕に過ぎない。
だが、革命によって生まれた『共和国』は、新たな時代の荒波に揉まれていた。

人民主導の国家に対する周辺諸国からの干渉を皮切りに、大小様々な戦争を乗り越えた先に待っていたのは、名だたる列強国の殆どが参戦国として名を連ねる人類史上未曾有の規模の戦争――諸国民戦争の勃発だった。
元侯爵令嬢ながらも革命軍側につき、英雄として名声を得ていたヘルツェグヌは、この頃には海軍少佐として共和国海軍の増強計画に携わっていた。

仮想敵国は世界最強の海軍大国『王国同盟』。
対する共和国海軍は、旧時代の遺産により頭数そのものは揃っていたものの、装備面でもドクトリン面でも旧態依然の感が強く、その改革は困難を極めた。
しかし、最も過酷な時代を乗り越えてきたヘルツェグヌにとって、最早引き下がる道など存在しなかった。やり遂げる、他に手段はない。

それから、4年。
世界を二分した大勢力同士の戦争は、一進一退の消耗戦に陥っていた。

そんな折に、大陸西部の海峡部に位置する要衝『英雄の門』を巡り、大規模な陸上作戦が開始される。
これに対して王国同盟は、主力艦隊の全てを投入した支援攻撃を実行。共和国軍とその同盟諸国は窮地に立たされていた。
一方、共和国政府もまた、戦争の趨勢を分けるであろうこの戦いを制すべく、主力たる親衛艦隊の出撃を決定。

迎えた、共通紀元1908年10月22日。英雄の門の沖合にて、戦艦・巡洋戦艦53隻を含む双方合計300隻以上の艦艇が衝突する、諸国民戦争始まって以来の一大艦隊決戦が生じることとなった。
海軍大佐に昇進し、親衛艦隊第2戦艦戦隊所属の戦艦『デセンベリ・フォラダロン』艦長となっていたヘルツェグヌもまた、この決戦の場に参戦していたのだった。

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本編

 陸央海の洋上。長い交戦の末に大破横転した、戦艦『デセンベリ・フォラダロン』の上甲板――と化した右舷――上では、脱出した兵士達がタバコを吹かしながら海戦の趨勢を見守っていた。

 

 現状、共和国側の優勢に傾いているようだった。双方合わせて300隻を越える大艦隊同士が交戦を開始してより、既に7時間あまり。敵王国同盟軍艦隊は投入11個戦隊のうち4個で旗艦を喪失しており、残りの艦艇も目に見えて戦闘効率が低下している。

 一方で共和国艦隊も消耗は無視できず、主力艦から補助艦艇に至るまで20隻以上が撃沈され、或いは戦線を離脱していた。だが、それでも相対的に戦力減衰は抑えられている。

 水兵たちの目には、その差は時間の経過と共に拡大し続けているように思えた。

 

「勝てるかね」

 

「いけるだろ、アレ見てみろよ。王国のプロパガンダ放送で散々聞いたぜ、新鋭戦艦セレスティア。そんなスゲェ船を……俺達がやったんだ!」

 

 曇天の空、灰色の海。煙立ち込める波間の底に、また一隻の軍艦が引きずり込まれようとしている。

 全長280メトロンあまりの長大な威容に4基の18ウンキア連装砲を搭載した主力艦、セレスティア級重巡洋戦艦のネームシップ・セレスティア。王国同盟海軍の誇りと称揚された最新鋭の超デ級艦は、今や全身を穴だらけにされ、今にも折れんばかりの艦体中央部からは断末魔めいた黒煙を吐き出し続けている。

 艦齢30年超、2度の近代化改修を経験した旧式艦デセンベリ・フォラダロンとは比べるべくもない艦だが、それでも沈んだ。

 

「ははっ、ザマァみろ! そのまま魚礁にでもなりやがれってんだ!」

 

 千切れた右腕を肘で強引に止血した兵士の一人が、恨みと歓喜を等分したような声で叫ぶ。

 何人かが枯れた声で喝采を上げ、何人かが唾を吐き捨て、そして皆が疲れた顔で、しかしどこか誇らしげに唇を吊り上げた。

 

「それに……俺達にはなんてったってよ、勝利の女神様がついてるんだからな」

 

「ああ、そうだ、その通り。こうして生きてられるのだって、あの艦長殿のお陰だって話じゃねぇか」

 

 言うなり、男達は揃えて甲板の中央あたりに目をやる。

 

 勝利の女神――そう称された女。元帝国侯爵家の令嬢にして現共和国海軍大佐、そしてニーピ・サバッチャーグ級戦艦2番艦『デセンベリ・フォラダロン(旧名:フィリブス・ウニティス)』艦長の任にある銀色髪のハーフエルフ『フェリエロージャ・ヘルツェグヌ』は、緑灰色の海軍士官用コートを風に棚引かせながら堂々と立っていた。

 片手にはエーテル整流増幅機能が組み込まれた短銃を握り、周囲に向ける視線は油断なく鋭い。短く切り揃えられた髪と合わせて、その容貌には威圧感さえ漂わせているが、制帽のつばの下に覗く顔立ちは十代後半の眉目秀麗な少女のそれだった。

 

「――」

 

 少女の周囲では、外見だけなら年嵩の士官達が慌ただしく動き回っている。友軍艦から送られた救助艇の誘導から部隊ごとの退避順の決定まで、既に戦闘艦としての機能を喪失した船とはいえ、果たすべき役割は数多くあった。

 では、当の艦長は何をしているのかと言えば、危うい状態で辛うじて浮いている現状こそが最大の証明だった。

 

「すげぇよなぁ……あれだけ集中砲火食らって1時間以上耐えた上、本当なら弾薬庫に飛び込むはずだった弾ァ、無理やり逸らしたんだろ? 超人だぜ」

 

「ちょっと信じらんねぇよな、事実なんだろうが。ハーフエルフってのは皆ああなのか……?」

 

「んなわけぇだろ、オメェ。あの人が特別なんだよ。なんてったって、ソーヴァロスの英雄だからな」

 

 魔術、即ち現代魔導技術には幾つかの類型があるが、ヘルツェグヌは特に強化系の事象改変に著しく秀でた才能を示していた。

 応用性においても群を抜いており、十分に習熟した現在では、全長200メトロン近い艦全体を覆う程のエーテルフィールドを展開し、凄まじい運動エネルギーを伴って突入する艦砲を阻止する域にまで到っている。

 これは、共和国どころか世界全体を見渡しても、極めて異例中の異例と言える能力だった。

 

「英雄、か……へへ、革命の英雄殿に万歳だな」

 

「ちげぇねぇや、共和国万歳!」

 

「万歳ッ!」

 

 そして、交戦の末に艦体が限界に達した今もなお、フィールドは乗組員たちに保護を提供し、沈没までの時間を引き伸ばし続けている。

 奇跡のような光景。テクノロジーが神秘を呑み込み、あらゆる資源が総力戦の構成要素となった現代において、僅かばかりに残された魔術的な美。戦史に残るだろう凄惨な戦いの最中にあって、今この時だけは雲間より光が差し込んでいるかのような。

 

 男達はその奇妙な感覚に、過ぎ去りゆく時代の名残りに煙をくゆらせ、轟々とどよめく砲声の嵐に身を浸した。

 

 彼方を見据える英雄の眼差しの先へと、祖国の勝利の日を重ねながら。

 

 

-  -  -

 

 

 共通紀元1908年10月22日から23日にかけて、陸央海西方の要衝『英雄の門』の沖合にて生じた、王国同盟大艦隊(司令長官:ジャスパー・ウィリアムズ海軍大将)と共和国親衛艦隊(司令長官:ミハーイ・エトヴェシュ海軍上級大将/共和国式表記:エトヴェシュ・ミハーイ)の主力艦隊同士の衝突は、諸国民戦争の開戦以来最大規模の海戦にして、戦争中唯一の艦隊決戦となった。

 

 この海戦において、王国同盟側は超デ級戦艦(重巡洋戦艦)2、戦艦12、巡洋戦艦15、大型装甲艦4、軽巡洋艦34、駆逐艦89、水雷艇11、空中巡航艦1の計168隻を。対する共和国側は、戦艦18(前デ級戦艦4を含む)、巡洋戦艦6、装甲戦列艦3、重巡洋艦22、軽巡洋艦30、駆逐艦67、装甲重空中巡航艦8の計154隻を投入した。

 双方の損害は、王国同盟側が超デ級戦艦(重巡洋戦艦)2、戦艦1、巡洋戦艦7、巡洋艦や駆逐艦など22、空中巡航艦1の計33隻を喪失。共和国側が戦艦4、巡洋戦艦1、重巡洋艦4、軽巡洋艦や駆逐艦など13の計22隻を喪失した。

 

 英雄門沖海戦の最終的な評価は、共和国側の戦略的・戦術的勝利とされる。

 ディヴァイン級以来の快速・高火力・低防御の巡洋戦艦優先ドクトリンを極限まで突き詰めた王国同盟側に対し、共和国側は従来の水上戦艦と新型の空中艦艇の連携を重視した海空共同ドクトリンをもって挑んだ。

 結果は、共和国側の理論的正しさを証明しており、王国同盟が大艦隊の栄光の象徴とまで称したセレスティア級重巡洋戦艦2隻は、共に失われることとなった。

 

 無敵艦隊を有する世界最強の海軍国家と考えられていた王国同盟の敗北は、諸国に大きな衝撃を与えた。王国同盟の国民が困惑と消沈に陥る一方、共和国では国全体を包み込む歓喜の渦が沸き起こることとなった。

 また、この敗北以降、王国同盟海軍はそれまでの積極的外洋展開戦略を転換し、本国周辺の防備を最優先するようになり、英雄の門を含む陸央海全体での影響力を急速に低下させていく。一方の共和国側は制海権を手にしたのみならず、海上封鎖や艦砲射撃、上陸作戦などを通じて陸上にも積極干渉を行うことが可能となり、陸央海における『人民の海』戦略を大きく前進させる結果となった。

 

 なお、海戦の趨勢を決定付けた特筆点として、共和国海軍親衛艦隊第2戦艦戦隊に所属していたニーピ・サバッチャーグ級戦艦『デセンベリ・フォラダロン』の存在がしばしば語られる。

 当時、同艦の艦長を務めていたヘルツェグヌ・フェリエロージャ(共和国式表記:フェリエロージャ・ヘルツェグヌ)海軍大佐は、王国同盟海軍第1巡洋戦艦戦隊(戦隊旗艦:セレスティア)に対し、体当たり攻撃を装った囮戦術を――。

 

(軍事史家マルティン・ミハイロヴィチ・オレーホフ著『諸国民戦争』より引用)




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