似たようなのばっかになるかも
机に突っ伏して、サイフォンを眺める。
深夜2:22。ぞろ目に少し心を躍らせてみたりする。
アルコールランプの火がガラスを焼く。
サイフォンの原理を使ってコーヒーを淹れてるのは知ってるんだけど、こうしてみるとすごい不思議。
コーヒーが入るのを見るのっていいよね。
楽しいわけじゃないし、そうやって眺める時間がいっぱいあるわけじゃないんだけど。
多分、コーヒーをぼーっと眺めるって言うのは、心のどこかで、そのコーヒーに何もしない時間の理由を負わせているんだと思う。
そうでもしないと、理由がつかない気がして。・・・でも、ただ綺麗なのもあるのかな。それだけな気もする。
あとは、そうだな・・・おいしいコーヒーが飲める期待を込めてるのかな。
でも、まぁ、私はそう思うの。
きっとあらゆるものに私たちは理由をつけて何かを負わせるんだ。
それがなんであれ・・・コーヒーであれ、行為にしてもそう。
そう考えると、急に自分が矮小なものになった気がしてくる。
何かに理由を負わせないといけないような自分に。
何を期待するでも、なにを負わせるでもなく、純粋にものを見れない自分が。
なんて、ちっちゃくて・・・おろかで・・・なさけないのか。
それでも、逆に考えるとそれは幸福であるようにも思う。
それはきっと私が想像力が豊かで、自分のことをわかっている証拠であるのではないかと。
自分があらゆるものに対して何かを背負わせるのであれば、それを自分で分かっているなら。
一回ため息をついて、上半身を起こす。
一回目の攪拌。
アルコールランプを外し、二回目の攪拌をする。
今回の豆はブラジルの中煎り。酸味の強いコーヒー、あんまり得意じゃないんだよね。
落ちきったコーヒーをカップに注ぐ。
こんな時間にカフェインを入れるのは良くない。
明日に響くのもわかっている。でも・・・
ベランダから外へ。
あんまりアルコールの気分じゃない日はこうして・・・
すっかり活動をやめた街を眺めるのが好き。
多分、みんなしたことあるよね。
こうしてるとさ、さっき考えてたこと、ただ小難しいだけのものが・・・
ほんとに、どうでもよくなる。
悪い癖だってわかってるけど、こうやって考えこんじゃうんだ。
まだ、向かいのマンションはまばらに明かりがついてるね。
寝ないのかな。お互い様か。
信号機は、だれも渡らないのにちかちか切り替わってる。
こうして、みんな眠ってるのに眠らない街を眺めて・・・
網膜で光をキャッチしてると・・・ね。
今夜は冷えるね。コーヒーがおいしい。