この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。
1. ライブハウスの「電波な」新人
下北沢のライブハウス「STARRY」に、一人の新人が入った。
名前は、春田バル。腰まで届く銀髪を無造作にまとめ、常にどこか遠くを見つめているような虚ろな瞳をした女性だ。
「……バルさん、その、ドリンクの在庫チェック終わりました?」
店長の伊地知星歌が、カウンターで虚空に向かって指をV字に立てているバルに声をかける。
「了解した。地球の液体燃料……失敬、コーラとジンジャーエールの残数は、私の脳内メインフレームに同期済みだ。星歌、貴殿の管理能力には敬意を表する。フォフォフォ」
「……その変な笑い方やめなさいって。あと、キャラ付けが渋滞してるから」
バルは自称「M78星雲から来た調査員」という、典型的な電波系バイトだった。しかし、仕事は完璧。計算は秒速、清掃は分子レベル。さらにはどこから調達したのか、最新鋭の音響機材を「拾った」と言って持ち込み、STARRYの経営を影から支える謎のスポンサー的側面も持ち合わせていた。
そんな彼女が、今、最も熱い視線を注いでいる対象がいた。
「フォ……見れば見るほど、不可解な個体だ」
バルの視線の先には、ゴミ箱の中でダンボールを被り、微振動を繰り返しているピンク色の物体――後藤ひとりがいた。
2. 観察対象と「恋」の境界線
「後藤ひとり。彼女の精神エネルギーの噴出……いわゆる『承認欲求モンスター』化した際の細胞変異は、銀河標準の物理法則を軽々と超越している」
バルはバックヤードで、こっそりと小型の観測端末(地球人には最新のスマホに見える)にデータを打ち込んでいた。
「ぼっちちゃん、君のことが気になるんだ。もっと近くで、君の深淵を覗かせてもらいたい」
ちょうどその時、機材の搬入を終えた喜多郁代、伊地知虹夏、山田リョウの三人が、バルの独り言を背後で聞いてしまった。
「えっ……」
喜多の持っていたシールドが床に落ちる。
虹夏は頬を赤らめ、リョウは無表情ながらも耳をそばだてた。
「今、バルさん……『ぼっちちゃんが気になる』って言った?」
「しかも『深淵を覗きたい』って……それって、かなり重い愛の告白じゃ!?」
「あ、あの! 春田さん!」
喜多がたまらず割って入る。
「バルでいい。喜多郁代、君の陽電子エネルギーも観測対象だが、今は後藤ひとりの『ツチノコ化現象』の再現性を確認したいのだ」
「ツチノコ!? いえ、そんな趣味嗜好はどうでもいいんです! ぼっちちゃんは、その、とってもデリケートで……でも、すごく良い子で!」
「知っている。彼女のギターから放たれる情動の波動は、滅びゆく惑星の叫びにも似た美しさがある。だからこそ、私は彼女を標本に……いや、私の視界の特等席に置いておきたい」
「ひっ、独占欲……!」
虹夏が戦慄する。
「バルさん、外見はクールビューティーなのに、中身はガチ勢だったんだ……」
3. 宇宙人の「教育」
バルは、結束バンドの活動に一切口出しはしない。演奏に加わることもない。
ただ、彼女たちが壁にぶつかった時だけ、冷徹なまでの「正論」と「投資」を行う。
「バルさん! 次のライブのノルマ、どうしてもあと少し足りなくて……。あの、スポンサーとして、ちょっとだけ……」
リョウが縋り付くような目でバルを見る。
バルは無慈悲に、ハサミのような形に指を組んだ。
「断る。山田リョウ。甘えは個体の進化を止める毒だ。私は君たちの音楽という『現象』に投資しているのであって、怠慢を買い叩いているわけではない。……ただし、この最新の集客アルゴリズムを搭載したビラ配り用ドローンは貸し出そう。これを使え。フォフォフォ」
「厳しい……けど、機材だけはめちゃくちゃ良いの貸してくれるんだよね」
虹夏が苦笑いする。
一方、観察対象のぼっちちゃんこと後藤ひとりは、バルの熱視線に耐えきれず、ライブハウスの隅で溶けていた。
「あ、あの、春田さん……。さっきから、その、顕微鏡みたいな目で私を見るのは……」
「気にするな。これは多次元スペクトル解析を行っているだけだ。後藤ひとり、君の今日の『負のオーラ』は、昨日に比べて3000パスカールほど高い。素晴らしい。そのままの君でいてくれ」
「……褒められてる気が、一ミリもしない……!」
4. 勘違いのライブ当日
ライブ当日。バルの計らいで(実際には高性能な空間投影技術を「照明演出」として偽装しただけだが)、ステージはかつてない幻想的な雰囲気に包まれていた。
演奏中、バルは最前列の端で、じっと後藤ひとりを見つめていた。その手には、自作の「観測用ペンライト(高出力レーザー)」が握られている。
「フォフォフォ……高まる。彼女のニューロンが加速している」
それを見た喜多は、演奏しながら確信していた。
(バルさん、あんなに熱心にぼっちちゃんを見て……! 完全に恋する乙女の目だわ! 宇宙人キャラで照れ隠ししてるけど、隠しきれてない!)
ライブ終了後。
興奮冷めやめぬ中、バルが後藤ひとりに歩み寄る。
「後藤ひとり。今日の君の『崩壊』は完璧だった。どうだろう、ライブハウスが終わった後、二人きりで、私の……そう、母船……もとい、自宅に来ないか? 詳しく君の構造を調べたい」
「えっ、えええええええええ!? 構造!? お、お持ち帰りですかぁぁぁ!?」
ぼっちちゃんが文字通り煙になって霧散する。
「ちょっとバルさん! 展開が早すぎます!」
「不潔です! 観測なんて名目のエッチな検査なんじゃ……!」
「ぼっちを連れて行かせない……! 彼女は、僕たちの大事なギターヒーローだからね(あと、逃げられると困るから)」
結束バンドの面々に囲まれ、バルは不思議そうに首を傾げた。
「なぜ怒る。私はただ、彼女の細胞サンプルを……いや、彼女という存在をより深く理解したいだけなのだが」
「それを世間では『愛』って言うんですよ!」
バルは数秒間沈黙し、再び指をV字に立てた。
「愛、か。地球の概念は興味深い。フォフォフォ……。了解した。ならば私は、この『愛(観測)』を継続するために、明日もSTARRYの床を分子レベルで清浄に保つとしよう」
銀河の観測者と、結束バンド。
その奇妙な共存は、下北沢の夜に溶けていく。
バルタン星人の擬態した瞳には、困惑するぼっちちゃんの姿が、誰よりも愛おしい(研究対象として)記録データとして刻まれていた。
:二人の観測者と粒子の乙女
1. 邂逅の火花
下北沢の裏路地。湿り気を帯びたコンクリートの匂いと、どこかのライブハウスから漏れ聞こえるドラムの振動が混ざり合う。
銀髪の女――春田バルは、路地の奥で待ち構えていた影を認め、足を止めた。
「お前……メフィラスか! お前も地球の調査か?」
バルの問いかけに、影がゆっくりと動く。街灯の光の下に現れたのは、仕立ての良いネイビーのスーツを隙なく着こなした、エリートキャリアウーマン風の女性だった。
「今は竹内と名乗っていてね、そちらで呼んでくれたまえ」
竹内は、眼鏡の奥にある、光を一切反射しない真っ黒な瞳をバルに向けた。その視線には、知性という名の冷徹な刃が仕込まれている。
「この宇宙には怪獣もいないし、光の星の連中もいないみたいだ。平和すぎて退屈していたのだが……まあ、君を見つけたわけだ。何をしてるんだい? 是非聞きたいなぁ、バルタン」
「機密だと言っても、お前なら無視するだろうな」
バルはハサミの形に指を組み、フォフォフォと喉を鳴らした。
「対象を傷つけないと約束するなら会わせてやろう。お前というイレギュラーに、私の観測対象がどう反応するのか……それもまた興味深い。約束を破れば、即座に怪獣バトルだ」
「ほう? いいだろう、君の興味の対象に合わせてくれ」
竹内は不敵な笑みを浮かべ、バルの後に続いた。
2. STARRYの静寂を破る「有能」の風
ライブハウス「STARRY」の重い扉が開く。
カウンターで伝票を整理していた伊地知星歌は、入ってきた二人を見て、思わず手を止めた。
「店長。今日は友達を連れてきた」
バルの紹介に、星歌が眉を寄せる。
「お前、友達なんていたんだな……」
「初めまして。竹内と申します。バルの……まあ、古い知り合いでして。彼女がいつもご迷惑をおかけしているようで」
竹内が完璧な角度で頭を下げる。その所作の一つ一つに、熟練のビジネスパーソン特有の「出来る女」のオーラが漂っていた。
「あ、い、いえ……バルにはいつも助けられてますし……」
さすがの星歌も、竹内の圧倒的な社会人結界に気圧され、少し毒気を抜かれた様子で頭を下げ返した。
その時、バックヤードから結束バンドのメンバーが姿を現す。
「お疲れ様ですー! ……って、あれ? お客さん?」
虹夏が不思議そうに目を丸くし、喜多が「わあ、カッコいい大人!」と目を輝かせた。リョウは無言で竹内のスーツの生地(高級ブランド)を凝視している。
そして、列の最後尾。ピンク色のジャージを纏った「観察対象」が、おずおずと顔を出した。
3. 爆散、そして掌の上の神秘
「紹介しよう。彼女たちが私の所属……失敬、バイト先の『結束バンド』だ。そしてこちらが、後藤ひとり。私の最も重要な観測対象だ」
バルの言葉に、竹内がゆっくりと視線を移す。
「君が後藤ひとりさん……。なるほど、バルが執着する理由が少しだけわかった気がするよ」
竹内が一歩、歩み出る。
彼女が纏う「完璧な大人のプレッシャー」と「未知の知性体の波動」が、狭い通路に充満した。
「ミ゜ッ」
短い悲鳴。
次の瞬間、後藤ひとりの輪郭が揺らぎ、まるで古い映画の砂嵐のようにノイズが走った。
「あ、あれ……ぼっちちゃん!?」
虹夏が叫ぶ間もなく、ピンク色の塊は「パシュッ」という軽やかな音と共に、キラキラと輝く微細な粒子へと姿を変えた。
もはやそこには人間の姿はなく、かつて後藤ひとりだったものが、ライブハウスの空気中に漂うばかりである。
「これは……」
竹内は驚きに目を見開くこともなく、ただ静かに掌を差し出した。
空中に舞う「ぼっち粒子」が、磁石に引き寄せられるように竹内の掌の上に集まり、小さな山を作る。
「素晴らしい。肉体という檻を捨て、精神エネルギーだけで物理現象として霧散するとは。これは高次元生命体への進化の片鱗か、あるいは……」
「面白いだろう?」
バルが満足げに頷く。
「これが私の見つけた、地球最大のミステリーだ」
掌の上で、粒子がモゾモゾと震え、小さな小さな声で「か、帰りたい……」「帰して……」という思念波を放っている。
「愛ね……」
それを見ていた喜多が、うっとりと両手を合わせた。
「バルさん、自分の友達にぼっちちゃんを見せびらかすなんて。しかも、ぼっちちゃんも恥ずかしさのあまり粒子になっちゃうなんて……。これ、完全に『紹介』じゃないですか! 挨拶に来た新妻ですよ!」
「いや、どう見ても物理的に死にかけてるだろ」
星歌のツッコミは、もはや誰の耳にも届かなかった。
竹内は掌の中の粒子を愛おしげに見つめ、バルに向けて言った。
「バル。私もこの場所(観測地点)が気に入った。しばらく、この近くのビルを一棟買いして、彼女を眺めることにするよ」
「……っ!? ビル、一棟……!?」
虹夏が裏返った声を出す。下北沢の地価を想像し、そのあまりの「桁」の違いに顔を引きつらせた。
「えっ、あ、あの、それって冗談ですよね……? もしかして竹内さんって、ものすごい資産家とか、大企業の重役さんなんですか?」
「ふふ、まあ。地球の紙幣など、多少のデータを書き換えれば……おっと、失礼。少しばかり投資の才がありましてね」
竹内は何でもないことのように微笑む。
「……バル。僕、今日から竹内さんのことも『友達』だと思っていいかな?」
リョウがスッと竹内の隣に寄り添い、そのスーツの裾を掴んだ。
「もしよければ、僕のベースの弦を純金にするためのスポンサー契約についても、このあと別室でじっくり話し合いたいんだけど」
「リョウ、目が怖いわよ! あと欲望に忠実すぎ!」
虹夏のツッコミが飛ぶ。一方で、喜多は別の方向に感銘を受けていた。
「すごい……! ぼっちちゃんのためにビルを買うなんて、それってもう、実写版の王道シンデレラストーリーじゃないですかぁ! バルさんと竹内さん、二人のセレブに奪い合われるぼっちちゃん……。尊い……尊すぎます……!」
「……好きにしろ。ただし、サンプルを勝手に採取することは許さん」
バルの冷ややかな言葉が、浮かれるメンバーたちの熱をわずかに冷ました。
こうして、ぼっちちゃんの周りには、もう一人(一匹)の有能すぎる観測者が増えることとなった。
この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。