ヤタガラス探偵事務所・帝都支部 ――デビルサマナーは大正の夜にバグを穿つ――』 作:ガチャガチャクツワムシ
「あら、いらっしゃい! 駆ちゃんにしのぶちゃん、それに美緒ちゃんまで。珍しい顔ぶれじゃない」
ド派手なネオンが輝くゲイバー『Club 蓮華(れんげ)』の扉が開く。カウンターの奥で出迎えたのは、街の顔役にして誰もが恐れ敬うオネェ、鬼龍院蓮だ。
184センチの筋骨隆々な体に黒いヒョウ柄のタンクトップ。真っ赤なハイヒールを鳴らして歩く姿はまさに「動く要塞」だが、バッチリ決めたケバいメイクの下には、垂れ目の優しげな美形が隠れている。
「……ママ、いつもの。美緒としのぶちゃんには、適当に甘いもんでも出してやってくれ」
駆は赤面を隠すようにハットを深く被り直し、カウンターの隅に腰を下ろした。だが、蓮の鋭い眼光は誤魔化せない。
「なによ駆ちゃん、その茹で上がったタコみたいな顔は。……美緒ちゃん、さては何か面白いこと聞いたわね?」
「あはは、バレちゃった? 蓮さん、聞いてよ! お兄ちゃんがサマナーになった時の話!」
身を乗り出した美緒が、アザゼルから聞いた「泥だらけのイヌガミを力ずくで押さえつけた少年・駆」のエピソードを意気揚々と披露し始める。
「ははぁ、なるほどねぇ! あの泣き虫だった駆ちゃんが、『一人になるのが怖かったんだろ』なんて! ヒーッ、傑作ね!」
蓮が豪快に笑い、カウンターを叩く。その筋肉が躍動するたび、駆は生きた心地がしない。脳裏には、自分を裏の世界へ引きずり込んだ師匠・久遠寺鴉の、モリアーティ教授のような食えない笑顔が浮かぶ。
(……ったく。あのアネゴも、あの胡散臭い師匠も……。俺の周りには、まともな大人が一人もいねえのかよ)
「……ふふ。ですが、駆さんのその“青さ”があったからこそ、私も今ここに居られるのです。本当に、素敵なマスターですこと」
しのぶが慈しむような視線を向け、追い打ちをかける。駆はもはや顔を上げることもできず、差し出された超・強炭酸レモンサワーを一気に煽った。
「……ッ、くぅ……効くぜ。ハーフボイルドな夜には、これくらい尖ってる方が丁度いい」
喉を焼く刺激で一息ついた駆に、蓮が真っ赤なネイルの指先でカウンターをトントンと叩いた。
「なによ駆ちゃん、私まで美緒ちゃんに吹き込まれたと思ってるの? あんたのその『青っちょろい英雄譚』なんて、とっくの昔にあのジジイから聞いてるわよ」
「……っ!? 師匠が……?」
むせ返りそうになる駆を余所に、蓮はおかしそうに肩を揺らす。
「あのジジイが自慢げに電話してきたのよ。『面白いガキを拾った。悪魔の孤独に寄り添うなんて、サマナー失格の聖人君子か、底なしの馬鹿だ』ってね。……でもね、最後にはこう言ったわ。『だからこそ、あいつには居場所が必要だ。蓮、あいつの“甘さ”を殺さずに育ててやってくれ』って。……珍しく真面目なトーンでね」
「……。……フン。余計なお世話だ。俺は、勝手に育つよ」
駆はぶっきらぼうに吐き捨て、二杯目のグラスを注文した。
派手なネオン、しのぶの微笑み、美緒の笑い声。そして、遠い街から自分を見守る師匠の影。
(……やれやれ。これじゃ、ハードボイルドになれる隙なんて、一ミリもねえな)
喉を焼く炭酸の刺激が、不器用なサマナーの照れ隠しを優しくかき消していく。
神代探偵事務所の夜は、こうして「愛すべきお節介」に満ちたまま、賑やかに更けていくのだった。