転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜   作:だいたい大丈夫

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志々雄の館へと辿り着いた剣心たち。
そこに待っていたのは、余裕を崩さぬ志々雄と、完全に変わり果てた沖田総司だった。
そして操は、英次の仇である尖角と対峙する。


いらないと言われた男

【新月村 志々雄の館】

 

 

濛々と立ち込める白煙の向こうに、広く切り出された岩風呂が静かに湯をたたえている。

鼻を突く強い硫黄の香りに混じって、微かに、しかし確実に漂ってくるのは生臭い鉄の匂いだ。

 

先刻までこの村の裏切り者に与えていた残酷な見せしめの余韻が、十本刀『閃剣』であり、かつて新選組一番隊組長・沖田総司として幕末を震撼させた明神琴の白い肌に、べっとりとへばりついている。

 

「志々雄くん……さっきの裏切り者の見せしめ、ちゃんと全部終わらせてきたわよ。悲鳴をたくさん上げるように、丁寧に、じっくりとね」

 

琴の声は酷く甘ったるく、不自然なほどの熱を帯びている。

それは温泉の効能や湯の熱さのせいだけではない。

 

人を斬り裂き、圧倒的な恐怖を刻み込みながら命を奪う瞬間に跳ね上がる血の沸騰が、彼女の身体の奥底を未だに焦がし続けているのだ。

濡れた黒髪が志々雄の逞しい肩口に触れ、琴はさらに身体を密着させる。

 

「でもね、なんだかまだすっごくイライラするの。あんな雑魚の血を浴びたって全然満たされない。身体のずっと奥のほうが、熱くて熱くて仕方ないわ。ねえ、この熱、どうしてくれるの?」

 

吐息混じりに囁きながら、志々雄の首筋に自分の華奢な腕をねっとりと絡ませる。

 

「ご苦労さん。お前の剣の腕は相変わらず見事なもんだ。だがな、だからって風呂の中でそんなに盛るんじゃねえよ。はしたないぜ、お前」

 

「だって、志々雄くんのせいよ。貴方が私に剣を振るわせるから、こんなに疼くの。責任、とってくれないと嫌」

 

「ククッ……俺のせいにするとは良い度胸だ。狂犬の首輪を外してやって、思う存分暴れる場所を与えてやった恩を忘れて、飼い主に噛み付く気か?」

 

「噛み付いてもいい? 志々雄くんなら、私の牙なんて全部受け止めてくれるでしょ? むしろ、もっと深く噛み付いてほしいって思ってるくせに」

 

じゃれ合うような、それでいて一歩間違えれば互いの喉笛を掻き切るような、修羅同士にしか成立しない異様で危険な会話が続く。

 

温泉の効能を理由にこの村を占拠したと嘯きつつ、真の目的である東海地方制圧に向けて着々と盤面を整える志々雄には、琴の過激なアピールを軽く受け流すだけの絶対的な余裕がある。

 

「志々雄さん、沖田さん。お楽しみのところすみません。ちょっとご報告があるんですけど、いいですか?」

 

「なんだ宗次郎。ずいぶんと早いお帰りじゃねえか。状況に変化でもあったか」

 

志々雄は琴の腕を軽く解き、障子の向こうの気配へと言葉を投げる。

 

「ええ、それがですね。どうやら、緋村さん達がまっすぐこちらに向かっているそうですよ。もうすぐこの新月村に到着するはずです」

 

「ほう……。随分と足が早い。で、誰が来ている?」

 

天下を揺るがす国盗りの遊戯において、最強の駒たちが盤面に揃いつつある状況を心底楽しんでいる顔だ。

 

「それがですね、結構な大所帯なんですよ。まず緋村さんと、斎藤さんとその奥さん。それから……御庭番衆の四乃森蒼紫さんに、なぜか女の子が一人。あとは秘密結社『時守』の時の番人が3人ですね。なんだかゾロゾロと賑やかそうです。あ、ちなみに時尾さん、僕が少し離れたところから様子を窺っていたのに、僕の気配に正確に気づいたみたいです。さすがは死神の奥さんですね、『見抜いているわね』って顔をしてましたよ」

 

「なにそれ、随分とぞろぞろ引き連れてきてるのね。お祭り騒ぎでもするつもりかしら。それにしても、四乃森蒼紫……あの男、まだ私を奪還するとか言ってウロチョロしてるわけ?」

 

かつて自分に向けられていた蒼紫の激重な愛など、今の彼女にとっては鬱陶しい塵芥でしかない。

 

「あはは、彼と一緒にいる女の子って、もしかして巻町操かしら。だとしたら傑作ね」

 

「お客さんが来るならお出迎えの準備をしないとね。仕方ないから私も出るわ」

 

琴は文句を言いながら、ザバァッと勢いよく湯船から立ち上がる。

白い肢体が、もうもうと立ち込める湯けむりの中に惜しげもなく露わになる。

 

水滴が滑らかな肌を滑り落ち、湯面に美しい波紋を広げる。

だが、その立ち位置が致命的だった。

 

勢いよく立ち上がった琴のちょうど股の間に、湯船に浸かったまま少し顔を見上げている志々雄の顔が位置する形になってしまったのだ。

 

「……随分といい眺めだな」

 

志々雄はニヤリと笑い、目の前に広がる無防備すぎる絶景を下から堂々と見上げる。

 

「あ!!」

 

琴はハッとして自分の立ち位置に気づく。

志々雄の顔のド真ん前で、大きく股を開いて仁王立ちしている自分の姿に気づき、ほんの一瞬だけ頬を赤く染める。

 

だが、そこは幕末の死線を潜り抜けた修羅であり、今は志々雄に身も心も捧げた女だ。

恥じらって隠すような真似はしない。

 

むしろ、さらに蠱惑的な笑みを浮かべ、少しだけ腰を落として志々雄の顔に自分の熱を近づける。

 

「ご、ごめん志々雄くん……。でも……もっと見たい?」

 

挑発するように、誘うように囁く。

湯気の中で、二人の視線がねっとりと絡み合う。

 

だが、志々雄は焦らない。

余裕の笑みを崩さないまま、チャプンと手で湯をすくい上げると、琴のすらりとした白い足にピチャリと無造作にかける。

 

「……後でな」

 

琴は嬉しそうに目を細め、「ふふっ、約束よ」と色っぽく笑ってから、ゆっくりと湯船をまたいで脱衣所へと向かう。

 

「……はあ。やっぱり、お二人は早く結婚したほうがいいんじゃないですかね……。僕みたいな純粋な少年の教育に悪すぎますよ、ほんと。毎回毎回、目のやり場にも耳の置き場にも困るんですから」

 

「ククッ……お前が純粋な少年だとしたら、世の中の悪党はみんな聖人君子になっちまうぜ、宗次郎。まあいい、戯れはここまでだ」

 

志々雄は顔つきを一気に覇者のそれへと切り替え、湯船の縁を軽く叩く。

 

「尖角に戦闘準備をさせておけ。俺たちの国盗りの幕開けにふさわしい、最高に楽しい客人を迎えるぞ」

 

「はいはい、わかりました。尖角さんにはしっかり気合を入れておきますね」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

【門前】

 

志々雄真実の根城、その門の前にあたしたちは立っている。

 

緋村たち討伐部隊の空気がピリッと張り詰める中、その重苦しい扉の前に、信じられないくらい場違いな笑顔を浮かべた男が一人、ポツンと待ち受けている。

 

ニコニコと人畜無害そうな作り笑いを顔に貼り付けているけれど、その内側から滲み出る底知れない不気味さは、あたしの背筋を撫で上げる。

 

「宗次郎殿………」

 

「お久しぶり……でもないですね、つい一週間ぶりくらいです。緋村さん。僕は志々雄さんの十本刀の一人、天剣の瀬田宗次郎です。中で志々雄さんと沖田さんがお待ちです。どうぞ」

 

そう言うと、宗次郎はなんの躊躇いもなくクルリと背中を向け、無防備な姿勢のまま門の中へとあたしたちを案内し始める。

 

いくらなんでも隙だらけすぎる。

 

「貴様……我々のような暗殺者を前にして、そんなに簡単に後ろを見せてもいいのか? 紀尾井坂で俺の槍を食らったのを忘れたか」

 

ドスの効いた声で脅しをかける部瀬さんに対して、宗次郎は歩みを止めることも、振り返ることすらもしない。

 

「ええ。緋村さんは不意打ちなんて卑怯な真似はしませんからね。それに……」

 

「ふん……」

 

「……それに、そちらの奥様の気配が一番怖いですからね。不意打ちされる前に、こっちも斬りますよ」

 

奥様、と呼ばれて、あたしの少し後ろを歩いていた時尾さんが、着物の袖でそっと口元を隠す。

 

「あらあら、完璧に気配を消していたのに、しっかり見抜いてるわね。流石は天剣」

 

誰一人として油断なんてしていない。

一触即発のヒリヒリとした空気のまま、あたしたちは宗次郎の案内に従って屋敷の最も奥、ひときわ広く豪奢な造りの広間へと通される。

 

 

部屋の最奥、一段高くなった上座に陣取っているのは、全身に包帯を巻いた異様な姿の男、あれが志々雄真実。

 

そしてその傍らで、信じられないくらいだらしなく、いやらしく男にすり寄って酒盃を傾けている女。

 

明神琴、いや、元新選組一番隊組長・沖田総司。

湯上がりなのか、ほんのりと上気した白い肌を惜しげもなくさらしながら、琴は妖艶に目を細めて志々雄に酒を注いでいる。

 

「志々雄くん、どう? 湯上がりに一杯」

 

「来たぜ」

 

「あら……じゃあ私が飲んじゃう……うん、美味しい」

 

はあ!? なにあの女!

これから殺し合いが始まるかもしれないっていうのに、緊迫感ゼロどころか、完全に二人の世界に入り浸っている。

 

志々雄でさえ『沖田、お前、緊張感ねえな』と呆れたような視線を向けているというのに、当の本人は全く意に介していない。

 

「お主が……志々雄真実でござるか? ………琴殿、随分とくつろいでいるようでござるな」

 

「『君』くらいつけろよ。無礼な先輩だな」

 

「気にするな。無礼はお互い様でござる。この村の惨状を見ればな」

 

「おい、ぼーっとしていて良いのか? 抜刀斎なら、一足飛びで斬り込む間合いだぞ?」

 

斎藤の挑発にも、志々雄は動じない。

代わりに宗次郎が、困ったような笑顔のまま口を挟む。

 

「いえ、緋村さんが不意打ちしないのはさっきも言ったでしょう? それよりも、やっぱりそちらの奥様の動向が気になりますね」

 

宗次郎の視線が再び時尾さんへと向かう。

その張り詰めたやり取りの最中、沖田がようやくあたしたちの方へと視線を向ける。

 

さっきまでの甘えたような表情はどこへやら、その瞳には氷のように冷たく、残酷な光が宿っている。

 

「随分とのんきな挨拶ね。ウチの可愛い部下たちを、広場で皆殺しにしたそうじゃない」

 

その言葉を合図にしたように、ずっと黙って耐えていた蒼紫様が、悲痛な顔つきで前に出る。

 

「沖田さん……! そのような、悪党を擁護するような事を言うなど、貴女らしくない! 『戦場において事の善悪なし、ただひたすらに斬るべし』。……新選組の、貴女の教えです。目を覚ましてください!!」

 

蒼紫様の声は、痛いくらいに必死だ。

 

だけど、沖田はそんな蒼紫様の愛を、まるで道端の石ころでも見るような、完全に冷めきった目で見下ろしている。

 

「蒼紫君………」

 

その声色を聞いた瞬間、あたしの中で何かがブチッと千切れる音がする。

 

ふざけるな。

ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!

 

蒼紫様がこんなに苦しんでるのに、なんでそんなゴミでも見るような目ができるわけ!?

 

「沖田総司!! あんた!! 蒼紫様は絶対に譲らないわよ!! 泥棒猫!!」

 

恋敵であるこの女に、これ以上蒼紫様を傷つけさせるわけにはいかない。

あたしが守るんだから!

 

「え? この娘………ああ、御庭番衆の巻町操ちゃんね。……いいわよ。蒼紫君はあげるわ。今日から二人で仲良くしなさい。お祝いに新しい布団、用意しようか?」

 

……は?

 

あげる? 新しい布団?

 

まるでいらなくなった古着でも押し付けるみたいに、あまりにも軽く、あっさりと蒼紫様を手放す宣言。

 

怒りよりも先に、理解が追いつかない。

 

「沖田さん!!?」

 

「私は、志々雄くんのもの……。だから、蒼紫君、貴方はもう『いらない』の。諦めなさい」

 

い、ら、な、い。

 

そのたった四文字が、鋭い刃となって蒼紫様の心を真っ二つにへし折るのが、隣にいるあたしにはっきりとわかる。

 

嘘でしょ……蒼紫様が、ショックのあまり立ったまま気絶みたいになってる……。

あたしは慌てて蒼紫様の袖を引っ張るけれど、彼は石像みたいにピクリとも動かない。

 

そんな不憫すぎる蒼紫様を、緋村は完全に放置して、あっさりと本題へと話を進める。

ちょっと緋村! 少しは気遣ってあげてよ!

 

「……なぜこの村を狙った? ただの村を、なぜこれほど残酷に支配するでござるか」

 

「温泉だよ。この村の温泉は、俺のこの火傷によく効くんだ。他の湯治客が俺の体を見たら、驚いてしまうだろう? だから村ごと独占したのさ」

 

はあ!? 温泉!?

たったそれだけの理由で、この村の人たちをあんな目に遭わせたっていうの!?

 

「貴様……たかがそんなことのために、村人をなぶり殺しにしたと言うでござるか!!」

 

「……安い挑発だな。そんな理由で動くようなタマじゃねえだろ」

 

緋村の怒鳴り声に被せるように、冷めた声で言い放ったのは、時守の三番を名乗る黒鉄だ。

 

「ふん。時守は、この俺に逆らうのかい? 歴史の傍観者を気取ってた連中が」

 

芹さんは細身のサーベルをシャリンと抜き放ち、氷のように冷ややかな声で志々雄を断罪する。

 

「そもそもの前提が違いますね。時守が定めたこの国の秩序に、貴方が『叛いた』のです。そこは大事ですよ? テロリスト」

 

「傲慢だな。テメェらも政府の犬のくせに」

 

「……まあいい。ここを制圧したのは、東海地方制圧のための『前線基地』にするためだよ。つまるところ……幕末なんてのは、数百年ぶりに訪れた『動乱』なんだぜ? 男と生まれたからには、天下を目指すのが筋ってもんよ」

 

天下を目指す。

国盗り。

 

「かっこいい………やっぱり私の見込んだ男ね」

 

もう勝手にしてよこのバカップル!!

怒り通り越して呆れてきたわ!

 

「しかも、俺が怖くてまともな軍隊一つ出せない、弱々しい政府だ。なら俺が国を取る!! それだけのことだ」

 

志々雄が力強く宣言した、まさにその瞬間。

隣で完全にフリーズして石像と化していた蒼紫様が、突如としてビクンと反応を示す。

そして、ギリギリと歯を食いしばる音とともに、目を見開いて猛烈な怒りのオーラを放ち始める。

復活した! しかもなんかすごいキレてる!

 

「……ならば、俺はお前を斬るだけだ」

 

「この国はウチの首領が貰う。そして、お前の組織を取り込んでも問題ない……そういう政府との『密約』だからな。お前を倒して……俺は沖田さんを、力ずくでも取り戻す!!」

 

ええええええ!!?

ちょっと蒼紫様!? なにその執念!

 

いらないって面と向かって言われたのに、力ずくで奪い返す気!?

しかも政府との密約ってなに!? いつそんな話になったの!?

 

「俺はお前らとここで戦うつもりはねえよ。どうしてもってなら……」

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

「この新月村を統治する! 尖角が相手だ!!!」

 

ドガァン、バキィンと床板をぶち破るんじゃないかっていうくらいの猛烈な勢いで、一人の男が広間に躍り出てくる。

 

見上げるほどでっかい巨体。丸太みたいに太い腕と足。

 

異常に発達した筋肉の上に、さらに分厚い鎧をまとっているような、とにかく気味が悪いくらいの巨漢だ。

 

 

「………尖角。英次、アンタの村をめちゃくちゃにしたのは、あいつね?」

 

あたしの問いかけに、英次はガタガタと全身を激しく震わせる。

恐怖で顔を真っ青にしながらも、それでもあの子はしっかりと尖角をその両目で睨みつけている。

小さな拳を白くなるまでギュッと握りしめて、絞り出すような声で答える。

 

「………ああ。親父とお袋を捕まえたのも……あいつだ」

 

ただの温泉のためだけに、こんな罪のない村の人たちをなぶり殺しにして、この小さな子供から両親を奪い取った。

 

許せない。絶対に許しちゃいけない外道だ。

 

おまけに、あの沖田とかいう泥棒猫は、あたしの大切な蒼紫様をコケにして、いらないゴミみたいに捨てやがった。

 

悪党どもが偉そうにデカい顔をして、罪のない人たちや、一途に誰かを想う純粋な心を平気で踏みにじっている。

 

この部屋に充満している胸糞悪い空気を、あたしが全部ぶっ壊してやる。

 

「蒼紫様、こいつは私がやる。英次の仇は私が討つわ!!」

 

「ハハハ!! 小娘が!! ガキじゃねえか!! 死ね!!」

 

言葉と同時。

 

巨体からは想像もつかないような、信じられない恐ろしいスピードであいつが突進してくる。

 

でも、そんな単調で直線的な攻撃、御庭番衆の誇りにかけて、この巻町操に当たるわけがないじゃない。

 

床を足の裏で軽く、しなやかに蹴り上げる。

空高く跳躍し、でっかい鉄球みたいな尖角の突撃を飛び越える。

 

空中でクルリと体勢を整えながら、眼下を通り過ぎていく豚野郎の後頭部を見下ろす。

 

「遅いわよ!! 豚!!」

 

完全に避けた。このまま背後に着地して、後頭部にトンファーを叩き込んでやる。

 

「遅いのはテメェだ!!」

 

あいつ、ただの突進バカじゃない。

自分の巨体を活かした突撃を身軽な相手にかわされることなんて、最初から計算ずくだったんだ。

 

丸太みたいに太い腕が、ありえない角度から、空中にいるあたしに向かって下から上へと鋭く振り抜かれる。

 

その巨大な手に握られているのは、鋼でできた『握り懐剣』

 

空中に浮かんでいるあたしには、踏みとどまる地面も、回避するための足場も存在しない。

避けられない。

 

ズドォォン!!

 

尖角の放った渾身の暗器の一撃が、あたしの腹部を正確に捉える。

そのままの凄まじい物理的な勢いで、あたしの身体はボールみたいに吹っ飛ばされ、広間の端にある分厚い壁まで思いっきり叩きつけられる。

 

「あらら……やっぱり原作通り、ただの小娘ね。弱いのね」

 

原作? 何言ってんのあの女。

さっきから意味わかんない言葉で知ったかぶりして、上から目線で評価して。

 

蒼紫様を傷つけた挙句、あたしのことまで鼻で笑うなんて、マジでムカつく。絶対に許さない。

 

「……何を言ってるの?」

 

壁際はボロボロに崩れているけれど、その中心には、膝をつくこともなく、完全に無傷で真っ直ぐに二本足で立っているあたしの姿がある。

 

あいつの手に握られていたはずの懐剣は、根本から無惨に粉々に砕け散って、床にパラパラと情けない音を立てて破片をこぼしている。

 

あたしは空中で回避不可能だと悟ったその一瞬の間に、咄嗟の判断で両手に持っていた『トンファー』をクロスさせ、腹部を狙ってきたあの暗器との間に盾として割り込ませていたのだ。

 

あたしのこのトンファーを、ただの可愛いキラキラした装飾品だと思ったら大間違いだ。

御庭番衆の最高峰の技術と、並の刀なんかじゃ傷ひとつつけられない極上の鋼で打ち上げられた、正真正銘のガチの戦闘用武器だ。

 

あんな安っぽくて汚いものなんかで、この子たちが砕けるわけがない。

 

「な、何ィィィッ!? 俺の鋼の懐剣が、あんな子供の玩具で砕かれただと!?」

 

子供の玩具って言ったわね、この豚。あたしの可愛い相棒をバカにした罪は、海より深くて山より高いわよ。

 

全身の血がマグマみたいに沸騰して、身体の奥底から尽きることのない闘気が溢れ出してくる。

 

「……沖田の前に、まずは貴様から殺す。覚悟しなさい、豚野郎!!」




ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は志々雄たちとの対面と、操VS尖角の開戦を描きました。
琴の悪女ぶりや、操の怒りの描写について感想をいただけると嬉しいです。
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