転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
瀕死の重傷から復帰したお彦は、弥彦への愛を胸に再び立ち上がる。
だが、霧の向こうに待っていたのは、常識も時代も粉砕する神谷軍産複合体の大艦隊だった。
※この話はコメディです。
【横浜港・波止場】
ひんやりとした潮風が、包帯越しに私の肌を撫でていくわ。
濃い海霧に包まれていて、数メートル先すらろくに見えないの。
でも、そんな視界不良なんて私にはまったく関係ないわね。だって、私のすぐ隣には、この世で一番尊くて可愛くて愛おしい、弥彦ちゃんが立っているんだもの。彼の吐く白い息、わずかに震える小さな肩、波の音に混じって聞こえる規則正しい鼓動。すべてが私にダイレクトに響いてきて、心の奥底から泉のように愛情が湧き上がってくるのを感じるわ。ああ、生きててよかった。
「お彦……お前、本当に退院してもう動いて大丈夫なのか?こないだまで心臓破裂しかけて、全身が管に繋がれてたんだぞ!?」
私を覗き込むその瞳の奥には、隠しきれない不安が揺蕩っていた。
なんて優しい子なのかしら。私の心臓と右腕が物理的に貫かれたことなんて、この子の慈愛に満ちた眼差しに比べたら、取るに足らない出来事よ。
軽く右腕を回してみせる。包帯の奥で骨がミシミシと音を立てるけれど、動かす分には問題ないわね。
「大丈夫……とは言い難いわ。まだ少し骨が軋むの。でも、やらなければならないなら、動くだけよ。それに、昔の私なら無理して『大丈夫』って笑ってごまかしていたかもしれないけれど、今の私はもう違うの。弥彦ちゃんには嘘をつかないって決めたから。痛いときは痛いって言うし、無理なときは無理って言うわ。まともな極道の妻になるためには、誠実さが一番大切だものね」
まっすぐに目を見てそう告げると、彼の頬が微かに朱に染まる。照れ隠しに距離を置こうとするその仕草すら、私の心を締め付けるほどに愛おしい。
「いや、誰も極道の妻になれなんて言ってねえし!つーか、大丈夫じゃないなら寝てろよ!なんで包帯ぐるぐる巻きのまま最前線に来ようとしてんだよ、お前は!」
「あれだけボロボロの串刺しだった右腕が、数日で包帯も取れてまともに動いてるんだから、本当に化け物よね……。恵さんの最先端の医学を完全に凌駕しているわ。人体構造がどうなってるのか、一度解剖してみたいくらいよ」
呆れを含んだ声が霧の向こうから響く。我らが軍産複合体『神』の首領、薫ちゃん。
今日の薫ちゃんは、これから始まる京都へのカチコミに向けて、張り詰めた剣気を纏っている。
「まあ、処刑されて首を刎ねられても新しく生えてくるらしいからな。心臓の傷くらい、気合で治るのであろう。古流の神秘よ。我ら神谷要塞の警備主任としては、これくらい頑丈な部下がいると助かるというものだ」
重低音の声で同調するのは、むさいおっさんこと雷十太。
この人、すっかり私の異常性に慣れきっているわね。勝手にプラナリアのような生態だと思い込んでいるみたい。まあ、訂正するのも面倒だから放置しておくわ。
「私の弥彦ちゃんへの想いが、私の細胞を無限に強くするの。愛の超再生。理屈じゃないわ。弥彦ちゃんを守りたいという本能が、切れた血管を繋ぎ合わせ、砕けた骨を再生させるのよ。だから、弥彦ちゃんがいる限り、私は不死身なの」
愛おしさを込めて、左手で弥彦ちゃんの頭を優しく撫でる。
ツンツンした短い髪が掌をくすぐって、たまらない感触だわ。
「そうか……。理屈じゃないなら仕方ねえな……って、なるか!!どんな愛の力だよ!医療への冒涜だろ!」
照れ隠しに声を荒げる弥彦ちゃん。その活気に満ちた声の響きが鼓膜を打つだけで、私の心臓の傷なんて完全に塞がったも同然よ。
「うん、無駄話はそこまで。この小舟に乗って沖に出るわよ。迎えが来ているはずだから。さあ、さっさと乗りなさい」
◇◇
【沖合】
しばらく霧の中を進んでいると、突如として周囲の空気が変わるのを感じるわ。
霧が晴れていくと同時に、視界の先に黒い影がいくつも浮かび上がってくるのよ。
一つや二つじゃないわ。右を見ても、左を見ても、前を見ても、海を埋め尽くさんばかりの構造物がずらりと並んでいるの。
「な、なんだこの大艦隊は!!!!!」
彼の視線の先にあるのは、明治初期の日本の海にあるはずのない、絶望的なまでに無骨な鋼鉄の塊の群れよ。
「戦艦五隻じゃなかったのかよ!!数がバグってんぞ!!なんだよこれ、空でも飛ぶんじゃねえのか!?」
山のようにそびえる戦艦が十五隻。その周りを固める巡洋艦が十隻。さらに機動力のありそうな駆逐艦が二十隻。
合計四十五隻もの艦隊が、重低音のエンジン音を響かせながら、横浜の海を完全に制圧しているのよ。
それぞれの中央には、大砲が何門も搭載されていて、今にも火を吹きそうな威圧感を放っているわ。
「なんだよこれ!!志々雄一人を倒すために、京都ごと日本をすべて火の海にする気か?!!やりすぎだろ!!なんで国軍の旗が掲げられてんだよ!!国家反逆罪で一発アウトだろこんなもん!!」
確かに、一介の道場が所有していい武力じゃないわね。国一つを余裕で滅ぼせる規模だもの。薫ちゃん、本気で日本を火の海にするつもりかしら。
「おお!弥彦坊ちゃん!ようこそおいでくださいました!我が神谷軍産複合体の誇る、無敵の艦隊へ!」
見上げるとそこには、トレードマークの眼鏡を光らせながら、ガトリング砲を撫で回している武田観柳の姿がある。
「てめえ、武田観柳!!しばらく見ないと思ったら、裏でこんなところにいたのかよ!!お前がこれを集めたのか!?」
「観柳さん!買い付けと改装、成功したようで何よりです。これで海路からの京都制圧は完璧ね」
薫ちゃんは満足げに頷きながら、まるで新しいドレスでも自慢するような軽い口調で言うの。
「ええ、ええ!私の天才的な交渉術にかかれば、海外のマフィアや腐敗した軍部から船をかき集めるなど造作もないことです。最新鋭の主砲に、高出力の蒸気機関、おまけにありったけのガトリング砲を各所に配置いたしました!これぞロマン!これぞ圧倒的武力!……しかし、流石にこの大艦隊を揃えるのには、新興の軍産複合体である『神』の総資産の、五分の三を使ってしまいましたよ。高くつきましたねぇ」
「……五分の三?」
「ええ、五分の三です」
「これだけ揃えて、まだ資産が五分の二も残っているウチの道場が一番怖すぎるよ……。どんだけ阿片と兵器売ってんだよ……。もう真っ黒じゃねえか……」
大丈夫よ、弥彦ちゃん。世界がどうなろうと、私があなたを全力で守るから。
◇◇
【戦艦『荒脛巾』】
「まあ、購入ついでに私が新開発した大砲や機銃、特殊鋼の装甲板も諸外国に高値で売り出しましたからね。この艦隊もただ買っただけではなくて、ウチの技術力で最新式に改装済みです!そして、皆様が乗るこの旗艦の威容を見てください!!」
そこにそびえ立っているのは、ただの船ではない。周囲を取り囲む他の戦艦たちでさえ、まるで水たまりに浮かぶおもちゃの小舟かのように錯覚してしまうほどの、常軌を逸した圧倒的な質量を持つ鋼鉄の城よ。黒光りする装甲は、どんな凶刃も大砲も易々と弾き返しそうな、冷たい威圧感を周囲の海域全体に放っているわ。
海に浮かんでいるのが物理法則に反しているのではないかと疑いたくなるくらいの、暴力と財力の究極の結晶ね。
私の愛する弥彦ちゃんを乗せるには、少々物騒で血の匂いが強すぎる気もするけれど、これくらい頑丈で強固な方が、どんな外敵からも彼を安全に守り抜けるかもしれないわね。
「旗艦『荒脛巾』!!全長二百二十四点九四メートル!最大幅三十四点六メートル!吃水九点九六メートル!推進は艦本式タービン四基四軸、脅威の八万二千馬力!!速力二十五点ゼロノット!航続距離は十六ノットで八千六百五十海里!!乗員一千三百六十八名!!そして兵装は、四十五口径四十一センチ連装砲四基!!四十五口径十四センチ単装砲十八基!!四十口径十二点七センチ連装高角砲四基に、二十五ミリ連装機銃十基、七点七ミリ機銃三基を搭載しております!!」
溢れ返る情報量に、弥彦ちゃんの思考が完全に飽和してしまうのを感じる。彼の口から紡がれたのは、呆れを通り越した乾いた響きだった。
「タービン……?四十一サンチ砲……?全長二百メートル……?……おい、これ絶対時代間違えてるだろ!!こんなんいたら、世界中の海軍が裸足で逃げ出して、日本が世界征服できちまうじゃねえか!!」
「つーか、こんな大艦隊が東京湾にいたら、さすがに政府に反逆罪で討伐されないのか!?大久保卿も死んだばかりで、政府はピリピリしてるはずだぞ!いくらなんでも目立ちすぎだろ!!」
「フフフ……あれを見てください」
観柳がニヤリと底意地悪い、まるで詐欺師が獲物を罠にはめたときのような笑みを浮かべ、艦橋の最も高い場所を真っ直ぐに指差すの。
そこにはためいているのは、海風を受けて力強く翻る、鮮やかな日章旗と旭日旗よ。
「ウチの艦隊は、山縣卿や川村卿への莫大な裏献金を通して、書類上は『大日本帝国海軍』の所属にしたの。もちろん、実質的な指揮権や運用は私たちが自由に動かせるわ。所属不明の海賊艦じゃないから、大手を振って航行できる。大丈夫よ」
薫ちゃんが、さも当然のことのように、今日のお昼ご飯の献立でも語るかのような軽い口調でとんでもないことを言い放つわ。
莫大な裏献金。書類上の偽装。実質的な指揮権の掌握。
その言葉の裏にある、腐敗と圧倒的な金の力を想像して、少しだけ眩暈を覚える。軍産複合体『神』は、ついに大日本帝国の軍隊そのものを金で買い取り、私物化するという暴挙に出たというわけね。
「……薫ちゃん。それは『国軍の完全な私物化』というのよ。いくら裏で手を回していても、あまり調子に乗って表に出過ぎると、国内外の敵から一斉に打たれかねない。驕らず、政治的な調整は怠らないようにしなさい。大艦隊はあくまで抑止力よ」
いくら金で政府の高官を抱き込んでいても、国家の根幹を揺るがすような行いは、必ずどこかで歪みを生むの。歴史の影で数え切れないほどの血を流してきた私には、それが痛いほどよくわかるわ。暴力は強力なカードだけれど、使い方を間違えれば自分たちの首を絞める鎖に変わるのよ。
「お、お彦……どうしたんだ?お前が『大丈夫』って言わずに、そんなまともな大人の事言うようになるなんて……。頭でも打ったか?」
今までの私なら、どんなに異常な状況でも、自分の心が壊れそうなときでも、ただ薄ら笑いを浮かべて「大丈夫、大丈夫よ」と繰り返すだけの、壊れたからくり人形だったもの。
でもね、弥彦ちゃん。私はもう、あの暗くて冷たい絶望の底にいた私ではないの。
「私はもう、狂気や過去に逃げるのはやめたの。だから、現実から目を背ける魔法の言葉だった『大丈夫』という口癖にも、もう逃げない。……これからは、自分の足で立ち、自分の意志で貴方を守るわ。弥彦ちゃん……愛しているわ」
弥彦ちゃんに真っ直ぐに向き直り、しっかりと意志の宿った瞳で彼を見つめるの。
私の言葉には、もう一切の狂気も、自己欺瞞も、逃避も含まれていない。ただ純粋な、弥彦ちゃんという存在そのものを慈しみ、永遠に愛し抜くという絶対の誓いだけが込められているの。
人を斬る道具として生き、暗闇の中で生きてきた私が、一人の人間として、一人の女として、ようやく本当の意味で生まれ変わった瞬間よ。
「お、おう……」
真っ当な人間になったのは嬉しいけれど、私の愛の重さがダイレクトに伝わってきて、少し引いているのかもしれないわね。無理もないわ、十歳の男の子には、私のこの海よりも深くて重い愛情は、少し刺激が強すぎるもの。
「………別に、今まで通りの狂った『お彦さん』の方が好みなら、そうするけど……」
本当は狂った振りをすのも、もう御免だけれど、弥彦ちゃんが望むなら、どんな姿にだってなってあげる覚悟はあるのよ。
「い、いや!違う!今のお彦の方が、ずっといい!お彦の思う通りに生きろよ!俺が、全部受け止めてやるから!!」
弥彦ちゃんの言葉と同時に、私の右手が彼の手によって力強く包み込まれる。
その小さな手から伝わってくる確かな熱量が、私の胸の奥にまでじんじんと響き渡り、また視界が滲んでしまいそうになる。ああ、なんて素敵な男の子なのかしら。私のすべてを受け止めてくれるだなんて、本当に最高の夫ね。
「フッ……若いな。青春よのう。……さあ、首領。我々も乗艦しようではないか」
雷十太の柔らかな声が場を和ませる。この人も、たまには良いところがあるのね。
「ええ!全艦、抜錨!!目指すは大阪港よ!!」
薫ちゃんが、威厳に満ちた声で全艦隊に向けて命令を下すわ。
その声に呼応するように、鼓膜を震わせる巨大な汽笛が空に鳴り響き、吐き出された黒煙が朝焼けを覆い尽くしていくの。
常識も、時代も、すべてを粉砕して進む大艦隊が、圧倒的な暴力と、私のこの胸に溢れる無限の愛を乗せて、志々雄真実の待つ西の海へと進路をとるわ。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回はお彦の復帰と、神谷軍産複合体の大艦隊出航を描きました。
お彦の成長や、弥彦のツッコミ、大艦隊のやりすぎ感について感想をいただけると嬉しいです。