転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜   作:だいたい大丈夫

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※今回、明治時代には存在しない技術・兵器が多数登場します。
オーパーツであることは理解したうえで、神谷軍産複合体の暴走ギャグとして描いています。
ご不快な方、時代考証を重視される方は読み飛ばしてください。


時代を間違えた艦隊

【旗艦『荒脛巾』】

 

波を裂いて進む黒い鉄の艦隊が上げる低い駆動音が足の裏から伝わってくる。信じられないほど揺れはない。胸の奥で燻る傷への振動もごくわずかだ。右腕の骨はまだ微かに軋みを上げるけれど、歩ける。立てる。弥彦ちゃんのそばにいられる。

 

 それだけで、今は心が満たされていた。

 けれど、弥彦ちゃんの方はそうではないらしい。

 

 彼は艦橋の窓から外を睨み、煙突を見上げ、甲板を見下ろし、また私を見る

 

「……おい、この艦隊、どうなってんだ?」

 

「さっきから煙突から黒い煙があんまり出てねえぞ。石炭も積んでる気配が薄いし、帆もねえ。どうやって動いてんだよ、このデカい鉄の塊が」

 

「重油よ」

 

「じゅうゆ?」

 

「石油から取れる重い油。石炭より扱いやすいし、熱効率もいい。燃やし方を整えれば黒煙も抑えられる。補給も人手も楽になる。機関に合った燃料を選ぶのは、艦隊運用の基本ね」

 

「石油って、あの油か。灯りとかに使うやつの親戚か」

 

「親戚というか、親玉みたいなものね。新潟の油田地域は、すでに観柳に買い占めてもらっているわ。採掘、精製、輸送、貯蔵まで神の傘下に置く。エネルギー資源の独占は天下の理よ」

 

「油田を買い占める極道って何だよ!米問屋とか賭場とかじゃねえのか普通!?」

 

「普通の極道は、戦艦十五隻を動かさないわ」

 

「そこで納得したくねえ!」

 

 雷十太さんは腕を組み、艦橋に並ぶ計器や機械を興味深げに見つめている。未来の技術を前にしても、不思議と彼からは敗北感が感じられない。分からないものを堂々と受け入れるその姿勢は、見習いたいような、見習いたくないような複雑な気分にさせられる。

 

「ふむ。重油か。吾輩の飛飯綱でも、この鉄の塊を斬るのは骨が折れそうだ。いや、そもそも斬る前に主砲とやらで山ごと吹き飛ばされるか」

 

「雷十太さん、飛飯綱で戦艦を斬る前提に立つのやめて。発想が剣術家を超えて怪獣側よ」

 

「怪獣とは何だ」

 

「説明すると長いわ。弥彦ちゃんの心がまた疲れる」

 

 薫ちゃんは椅子に深く腰かけ、黒い髪を潮風に揺らしている。その座り方は、神谷道場の師範代ではなく、国と商売と暴力を同じ盤面で動かす女帝のそれだった。

 

「イギリス海軍が相手でも、正面からやり合って負けないってお彦さんが言っていたけど、本当にそこまで凄いの?」

 

「凄いわ。今の世界の海戦は、まだ目で見える範囲で撃ち合う段階よ。砲も装甲も発展途上。指揮通信も遅い。砲術も経験と勘に頼る部分が大きい。そこへ、この艦隊は射撃盤と測距儀と統一射撃管制を持ち込んでいる」

 

「また知らねえ単語が三つくらい出たぞ」

 

「測距儀は、相手までの距離を測る道具。光学式にしてあるから、水平線近くの敵艦でも距離が取れる。射撃盤は、その距離、速度、進路、風、弾道をまとめて計算し、砲へ指示を出す仕組み。つまり、勘だけで撃たない」

 

「おい」

 

「でも、同時代の海軍と比べれば、ほとんど未来から殴っているようなものよ。向こうが『なんとなくあの辺』で撃つなら、こっちは『距離、角度、予測位置、斉射』で撃つ。しかも主砲は四十一センチ。相手が見えた時には、相手の艦隊が先に壊れる」

 

弥彦ちゃんは開いた口が塞がらない様子だった。

 

「……これ、志々雄とやり合う前にもう勝負ついてねえか?」

 

「艦隊だけならね。でも京都は海に浮かんでいないわ」

 

「そりゃそうだけどよ」

 

「それに、私たちが欲しいのは焼け野原じゃない。志々雄一派の戦力、人材、物資、情報網、土地、利権。全部を壊してしまえば、後に残るのは灰と恨みだけ。薫ちゃんは灰を買う女ではないでしょう?」

 

「その通り。欲しいのは更地ではなく、支配すべき組織と利益を生む土地。京都を火の海にして勝っても、意味がないのよ」

 

「チッ。相変わらず可愛げのない経営判断だな」

 

「褒め言葉として受け取るわ」

 

「褒めてねえよ!」

 

観柳が艦橋の隅で、待ってましたとばかりに束になった資料を広げる。

 

「砲撃部門についてもご説明しましょう。現在、旗艦『荒脛巾』では宇佐美殿の主導で、観測、測距、弾道計算、斉射指揮の訓練を行っております。燕殿や列殿も理解が早かったですが、宇佐美殿は別格ですな。あの男、砲術のために生まれてきたような頭をしております」

 

「ええ。今や弾道計算を呼吸のようにこなす男よ。砲弾の落下角、敵艦の進路、風向、艦の揺れ、全部まとめて頭の中で処理する。人間というより、計算機に近いわね」

 

「計算機って言われても困るけど、たぶん人間扱いされてねえことだけは分かる」

 

「大丈夫。本人は楽しそうよ」

 

大丈夫。

また言ってしまった。

 

「……今のは口癖ね。正確に言い直すわ。宇佐美は楽しそうに見えるけれど、あの訓練は負荷が高い。だから休養と交代制は必要よ。人間を計算機として使い潰すと、最後に壊れるのは人の方だから」

 

「うん。今の言い直しは良かった」

 

「ありがとう」

 

薫ちゃんも微笑みを浮かべる。

 

「お彦さん、本当に変わったわね」

 

「死にかけたからかしら」

 

「死にかけるたびにまともになるなら、少しは良いこともあるのね」

 

「薫ちゃん。普通は死にかけることに良いことを見出さないのよ」

 

「あなたが普通を語るの?」

 

「そこは痛いところね」

 

 雷十太さんが、深く頷く。

 

「人は死線を越えて成長するものよ。吾輩もかつては飛飯綱こそ最強と思っていたが、今は艦砲射撃という別の強さを認めている」

 

「おっさん、本当に馴染んだな。前はもっと自分の剣に固執してたのに、今は戦艦の砲を見て『これも強さ』みたいな顔してる」

 

「強いものは強い。認めることから成長は始まる」

 

「それは立派だけど、道場の警備主任が戦艦の火力に納得してる状況がもう怖いんだよ」

 

観柳がさらに畳み掛ける。

 

「ちなみに重油の利点は燃焼効率だけではありません。石炭と比べて補給に必要な人員が少なく、艦内の作業負荷も軽減されます。石炭夫が汗だくで投炭し続ける必要がない。つまり、長距離航行時の疲労が大幅に減る。これこそ近代艦隊運用の鍵です」

 

「なるほど。人件費削減ね」

 

「首領の食いつくところが怖い!」

 

「弥彦、軍事も経営よ。補給、人員、燃料、整備、全部お金で動く。精神論だけで戦艦は走らないわ」

 

「剣術道場から聞きたくない言葉だな!」

 

 戦いは気合だけでは勝てない。池田屋でそれを痛感した。未来の知識があっても、補給がなければ届かない。仲間がいても、連絡が遅れれば間に合わない。どれだけ速く走っても、道を誤れば救えない。

 

 だから、今の神谷要塞は強い。

 狂っているけれど、圧倒的に強い。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【大阪湾近海】

 

 艦隊はさらに速度を上げる。

 

「これ、左之助たちが聞いたらキレるぞ。あいつら山で蛇とかカエルとか食ってたんだろ?こっちは鋼鉄の浮城で茶室つき航海って、待遇差がひどすぎる」

 

「役割の違いよ」

 

「便利な言葉だな」

 

「左之助さんは山で強くなる人だから」

 

「雑に納得させようとしてねえか?」

 

 雷十太さんが同調する。

 

「相楽左之助なら、山で拳を鍛える方が性に合うであろう」

 

「おっさんまで適当な補強するな!」

 

「この速度なら、大阪湾の手前で艦隊を止めて、そこから小型艇で上陸するのが良いわね。港に直接入れると町が混乱する」

 

「直接入ったら混乱どころじゃねえよ!大阪の人たち、黒船どころか鉄の山脈が来たと思って逃げるぞ!」

 

「それは困ります。商業港の機能が麻痺しますから」

 

「そういう問題じゃねえ!」

 

「大阪港の手前で止めるのは賛成。艦隊は沖で抑止力として待機。こちらは少人数で上陸し、京都へ向かう。観柳は補給と通信を維持して。砲撃は最終手段。威嚇も慎重に」

 

「承知しました。最終手段ということは、撃ってよい場面もあると」

 

「観柳」

 

「はい」

 

「撃つ時は薫ちゃんと私の許可を取って」

 

「弥彦坊ちゃんの許可は?」

 

 弥彦ちゃんが全力で首を横に振る。

 

「俺に四十一センチ砲発射の責任を持たせるな!!」

 

「では、若の精神衛生のため、発射承認系統からは外しておきましょう」

 

「精神衛生以前に国家責任の問題だよ!」

 

薫ちゃんが楽しそうに笑い声を上げる。

 

「弥彦は本当に良い常識を持っているわね。貴重よ」

 

「褒めるなら常識に従ってくれ!」

 

「それは無理」

 

「間髪入れずに返すな!」

 

艦橋の乗組員が、緊張した声で観柳ちゃんへ報告を入れる。

 

「前方、陸影確認。大阪方面です」

 

「はっ!?もう大阪!?早すぎるだろ!中山道組と東海道組の苦労は何だったんだよ!」

 

「陸路には陸路の意味があるのよ」

 

私の言葉に、弥彦ちゃんがじとっとした視線を向ける。

 

「本音は?」

 

「私が死にかけていたから、海路組を待たせていた。動けるようになったら最速で行く。そのための艦隊よ」

 

「潔いな」

 

「大丈夫と言わない練習中だから」

 

「それは良いけど、内容がやっぱりおかしい」

 

 薫ちゃんが凛とした声で命じる。

 

「艦隊はここで速度を落として。各艦、隊列維持。旗艦から小型艇を下ろすわ」

 

「首領、上陸用に特別な小艇を用意しております。お彦殿の知識と私の技術を合わせた、実に素晴らしい一品です」

 

「嫌な予感しかしねえ」

 

私は苦笑する。

 

「便利よ」

 

「便利って言葉、神谷要塞ではだいたい危ないんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 甲板へ出ると、艦の脇に鋼鉄製の小さなボートが吊り下げられていた。普通の小舟とは全く異なる。櫂も帆もなく、細長い船体の後部には見慣れない機械が鎮座している。

 

「……お彦」

 

「何?」

 

「櫂がない」

 

「ないわね」

 

「帆もない」

 

「ないわね」

 

「俺、これに乗りたくない」

 

「正直で偉いわ」

 

「褒めるな!説明しろ!」

 

 私は操縦席へ身を沈める。

 右腕はまだ万全ではない。左手を中心に計器類を確認し、始動手順を思い出す。未来の記憶とは少し違う、観柳の改造による独特の癖を感じ取りながらも、感覚を掴む。

 

「モーターボートよ。櫂はいらない。石油を精製したガソリンで走る」

 

 弥彦ちゃんが押し黙る。

 沈黙が痛い。

 

「弥彦ちゃん?」

 

「……もう何も言うまい」

 

「言っていいのよ」

 

「言ったら俺の心が負ける」

 

雷十太さんが船体を軽く叩いて感嘆の息を漏らす。

 

「小さいが力を感じる。これも飛飯綱で斬るのは惜しいな」

 

「斬らないでください。乗るので」

 

「うむ」

 

「落ちたらどうするんだよ」

 

「拾うわ」

 

「雑!」

 

「救命具もあるわ」

 

「あるなら最初に言えよ!」

 

 手渡した救命具を抱きしめ、弥彦ちゃんは悲壮な覚悟を決めたような顔つきになる。

 

「お彦、無茶な運転するなよ」

 

「努力するわ」

 

「約束しろ」

 

「約束する。無茶はしない」

 

観柳が横から口を挟んだ。

 

「ちなみに試験航行では時速六十キロを超えました」

 

弥彦ちゃんから表情が抜け落ちる。

 

「おい」

 

「無茶の定義にもよるわね」

 

「約束した直後に定義で逃げるな!」

 

エンジンを始動させる。

ドリュリュリュン、と内燃機関特有の荒々しい振動が響き渡る。

 

「うわっ!何だこの音!生き物か!?」

 

「内燃機関よ」

 

「知るか!」

 

レバーを握り込んだ。

 

「行くわよ」

 

「ゆっくりな!本当にゆっくりな!」

 

「分かっているわ」

 

最初は慎重に水面を滑らせる。

 大阪湾は穏やかで、風の向きも悪くない。胸の傷は疼くが、耐えきれないほどではない。

 なら、少しだけ速度を上げてもいいはずだ。

 

「お彦?」

 

「風が気持ちいいわね」

 

「待て、その言い方は危険だ」

 

 レバーを押し込む。

 

 船体が跳ね上がり、水しぶきが後方へ弾け飛ぶ。エンジンの咆哮が高まり、景色が凄まじい勢いで置き去りにされていく。

 

「ひぃぃぃぃぃ!死ぬ!死ぬって!これ絶対死ぬ!」

 

「大丈夫、ではなく、危険は管理しているわ」

 

「言い直せばいいってもんじゃねえ!」

 

薫ちゃんが髪を押さえながら朗らかに笑っている。

 

「速いわね。これは便利だわ」

 

「おお、これは面白い。馬より速く、水の上を走る。実に見事」

 

「二人とも落ち着きすぎだろ!俺だけか怖いの!」

 

「弥彦ちゃん、ちゃんと座って。舌を噛むわよ」

 

「誰のせいだ!」

 

池田屋に間に合わなかった。

けれど今の私は、大阪湾を時速六十キロで駆け抜けている。

 

「京都で待っていなさい、お義母さん!」

 

「借りを返しに行くわよ!」




ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は重油艦隊とモーターボートという、かなりやりすぎな神谷要塞回でした。
お彦の成長、弥彦のツッコミ、艦隊描写について感想をいただけると嬉しいです。
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