転生して型月版・沖田総司になったけど、労咳を克服したら明神弥彦の母になっていた件 〜るろ剣世界で最強のママやってます〜 作:だいたい大丈夫
しかし葵屋で彼らを待っていたのは、以前とはまるで別人のように穏やかになったお彦だった。
沖田総司を殺さず止めるため、お彦は新たな刀を求めて動き出す。
【京都】
夏の気配が肌を焦がし始める京都の入り口に、土埃にまみれた五人の集団が、ほうほうの体で足を引きずりながら現れた。神谷要塞が誇る最速の部隊、先遣隊の面々である。誰も彼もが疲労と空腹で限界を迎え、ふらふらと歩いている。
その中でたった一人、三条燕だけが両手を青空に向かって元気いっぱいに突き上げた。
「よし!!着きました!!ついに、ついに京都です!!」
十歳にして射撃師範代を務める天才児が満面の笑みで飛び跳ねる。
「ふう……ようやくだぜ。中山道で遭難し、そこからあり得ないほど道を間違え……最速で到着して胸を張るはずの『先遣隊』の面目丸つぶれじゃねえか」
水野の恨み節に、列が深く頷く。
「安慈和尚に教えを受けて意気揚々と出発したというのに、何度迷ったか……。方角を割り出す俺の方向感覚すら狂わすなんて、左之助さんの適当すぎる勘は呪いですよ。歩く呪物です」
「全くだぜ!あんたが自信満々に指差した道、全部行き止まりか崖っぷちだったじゃねえか!!」
宇佐美が最後の力を振り絞って怒鳴る。
「良いってことよ!!細けぇことは気にすんな!おかげで山籠もりの自給自足生活が続いて、俺の『二重の極み』は完璧に極められたぜ!!拳の仕上がりは最高潮だ!すべては結果良ければすべて良しってやつだ!」
胸を張る左之助に、燕が無邪気な笑顔のまま鋭い言葉を突き立てる。
「でも、左之助さんって、まだ『右手』でしか極みを出せないんですよね?私たちはもう応用が効くようになっているのに、左之助さんだけずっと右手一本の制約で大変そうです!」
「うっ!いいんだよ俺は拳一つで!!男は黙って右正拳一択だろうが!ていうかお前らが異常なんだよ、化け物すぎんだよ!!」
「俺や宇佐美よりも、燕師範代の才能が一番恐ろしいですよ。左之助さんが山の中で岩を殴って『いてぇ!』と言っている間に、燕師範代は短刀を地面に突き刺して『遠隔で衝撃を伝導させる』なんていう離れ業までできるようになってますからね。安慈和尚の遠当ての模倣ですよ」
「えへへー。安慈和尚の技をじっくり観察しましたから!頭の中で計算して、短刀を媒介にすればいけるんじゃないかなって思って試したら、できちゃいました!」
燕がドスをクルクルと回しながら当然のように言う。
「弥彦くんが京都に来ても、私がこの技で絶対に守りますから!!遠隔二重の極みで、敵を一網打尽です!!」
左之助たちはもはや言い返す気力もなく、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
立派な門構えの建物の前で、列が周囲を見渡した。
「ここが集合場所の『葵屋』ですか。なかなかいい料亭ですね。隠密の拠点には見えません。普通に高級なご飯が食べられそうです」
引き戸を開けて中に入ると、清潔な玄関が一行を迎えた。
「いらっしゃいませー」
「あらあら!これはこれは皆様、お疲れ様でございます」
お増とお近が、愛想の良い笑顔で深々と頭を下げる。土埃まみれの集団に対しても、一切嫌な顔を見せない見事なもてなしである。
「東京から来ました、神谷道場の先遣隊です!遅くなってごめんなさい!」
「お待ちしておりましたよ。神谷の首領たちは、すでに奥の広間でお待ちでございます。どうぞこちらへ」
「やっぱり、海路の首領達に先を越されたんだぜ……。俺たちの立場、マジでねえな。最速の先遣隊が大遅刻なんて、何の冗談だ」
案内された広間の襖が開かれると、広々とした畳の部屋で、優雅に和菓子をつまみながらお茶をすする神谷薫と明神弥彦の姿があった。
「あ、みんな!遅かったわね!待ちくたびれたわよ」
「宇佐美、水野、左之助!お前らがついていながらなんて遅さだ。俺たち海路組の方がよっぽど早かったぞ。先遣隊なんて名前、もう返上した方がいいんじゃないか?」
ニヤニヤしながら煽る弥彦に、左之助たちが言い返そうとした瞬間、部屋のさらに奥の襖が滑らかに開いた。
「……弥彦ちゃん。そういうこと言わないの」
姿を現したのは、河上彦斎――お彦である。
柔らかな微笑みを浮かべ、その眼差しには無限の慈悲が宿っている。
静かに弥彦の背後に回ると、彼の肩にそっと両手を置いた。
「道中、彼らもたくさん苦労したはずよ。見なさい、あの土埃にまみれた姿を。極道だろうが何だろうが、まずは部下たちに労いの言葉をかける。そういった『器の大きい所』を見せなさい。それが、上に立つ者の本当の強さというものよ」
聖母のような口調と肩から伝わる温もりに、先ほどまで息巻いていた弥彦が肩を震わせる。
「……はい」
そのやり取りを見ていた燕が、大きな瞳から大粒の涙をこぼし始める。
「お彦さん!!」
燕は弾かれたように駆け出し、お彦の胸に向かって思い切り飛びついた。
「目が覚めたんですね!!良かった!本当に良かったよー!!もうずっとずっと心配してたんだから!!」
「よしよし……心配かけたわね。ありがとう、燕ちゃん。あなたが泣いてくれるなんて、私、本当に幸せ者ね。もう私はどこにも行かないわ。ずっとそばにいるから、安心していいのよ」
「え?」
いつものお彦なら、感情の抜け落ちた声で機械的に返すだけのはずである。しかし今、目の前で微笑むお彦の瞳には、確かな愛情が宿っていた。
「なんていうか……その……」
宇佐美が言葉を失う横で、水野が冷や汗を浮かべながら、左之助の耳元で囁く。
「おい……左之助。あれ、本物か?なんか毒気が完全に抜けきってねえか?前みたいな、いつ首を刎ねられるか分からないヒリヒリした殺気がゼロだぞ」
「絶対に別人だろアレは。顔つきからして完全に違うぞ。あの、息を吐くように人をバラバラにする殺人機械のお彦が、あんな聖母みたいな気配を出すわけがねえ。俺たちの知ってるお彦は、もっと目が据わってて、常に死の気配をさせてるヤベー奴だろうが。きっと葵屋が用意した、見た目だけそっくりな影武者に違いねえ」
三人が確信を持って推測を立てていると、お彦が完璧な笑みを浮かべて、左之助たちの方へ視線を向けた。
「どうしたの左之助、太郎、水野に宇佐美。そんな入り口で固まって。道に迷って、すごく疲れたでしょう。ほら、遠慮しないでみんな中に入って座ってちょうだい」
一切のトゲがない、純度百パーセントの優しさ。お彦はそのまま、部屋の隅で控えていたお増とお近の方へ微笑みかける。
「お増さんにお近さん。悪いんだけど、彼らにお風呂の準備をお願いできるかしら。それから、少し早いけれど夕飯も出してあげてちょうだい。山を歩き回って冷えただろうから、胃に優しい、温かいものがいいわね。お出汁の効いたうどんなんてどうかしら?」
その慈愛の言葉に、左之助はただ口をポカンと開けて立ち尽くすしかなかった。
頭の中で「あのヤバいお彦」と「目の前の聖母」の印象が激しく衝突し、混線寸前を引き起こしている。全員が一歩も動けず、ただ圧倒的な「真っ当さ」という名の重圧の前にひれ伏すしかなかった。
◇◇
左之助は、コソコソと弥彦の背後に近づき、その耳元に顔を寄せた。
「おい……弥彦……」
「何だ?急に耳元で息を吹きかけるな、くすぐったいぞ。それに男の吐息なんて気持ち悪いだけだろ」
「お前、いくらなんでもそれはやりすぎだぜ。お彦の野郎がやられて、そのショックで悔しいからって、『そっくりな別人に変装させて』連れてくるなんて、組織の頭として器が小さいことすんなよ。悲しいのは分かるが、現実と死をちゃんと受け入れろって」
「は?一体全体、何言ってんだお前は。頭でも打ったのか?」
弥彦が本気で怪訝な顔をするが、左之助の暴走は止まらない。
「燕の嬢ちゃんもすっかり騙されて号泣してるみてえだし、この神谷道場の中で唯一の常識人である俺としては、この狂ったお人形遊びは看過できねえぜ。いいか、あいつから全く殺気を感じねえんだ。いつもの死の気配がゼロんだよ。俺が今からあの偽物の化けの皮をひん剥いてやるから見てろ」
左之助が自信満々に腕まくりをした、まさにその瞬間。
いつの間にか、左之助の真後ろに、音もなく「それ」が立っていた。気配ゼロ。呼吸音ゼロ。お彦は左之助の背後にピタリと張り付いている。
「……ねえ、左之助。お彦さんのことは、一体どう思っているのかしら?」
びくぅっ、と左之助の全身の毛が逆立つ。しかし、ここで不用意に振り向いたら確実に首の動脈を断たれるという過去の恐怖から、野生の勘が警鐘を鳴らす。
「あ?そ、そりゃあもちろん!人の命を命とも思わない感情の欠落した変態サイコメイドで、しかも異常な少年趣味を隠そうともしない年増女で……って、あ?」
言い終わった瞬間、自らの失言に気づき、顔面を真っ青にして硬直する。
しかし、いつまで経っても痛みはやってこない。恐る恐る目を開けて横目で確認すると、お彦はただニコニコと、全てを包み込むような微笑みを浮かべていた。
「ふふっ、嘘がつけない正直なところでよろしい。微塵もね、左之助。……そういう配慮のないことを女の子に向かって言うと、女の人は深く傷ついちゃうものなのよ?」
お彦は優しく、しかし絶対に逆らえない謎の圧力を放ちながら言葉を紡ぐ。
「左之助も、もう十九歳の立派な大人んだから、少しは女心や、自分が発する言葉の重みがわかるようになりなさい。貴方も、この『神』という組織を背負って立つ、重要な幹部の一人なのだから。上に立つ者が軽率な発言をしてはダメよ。周りのみんなが不安になっちゃうでしょ?……ね?」
聖母のような慈愛の笑顔で優しく諭してくるお彦。
「………………………………」
左之助の口から言葉が出ない。ガタガタと顎を震わせ、全身を痙攣させている。彼の心の中では、かつてないほどの巨大な警鐘が鳴り響いていた。
『ヒィィィ!!逆に怖えええええ!!いつもの躊躇のない狂気がない分、底知れぬ大人の女の重圧がヤバすぎる!!間違いない、こいつは本物のお彦だ!!本物が謎の精神的進化を遂げて、ガチの聖母になっちまったんだ!!』
殺される恐怖とは違う、全く未知の重圧に完全に心をへし折られた左之助は、そのまま白目を剥いて畳の上に崩れ落ちた。それを横目で見ながら、弥彦はやれやれとため息をつく。
しばらくして、先遣隊の面々が葵屋の美味しい食事とお風呂を堪能してすっかり落ち着きを取り戻した頃。広間では、薫が八ツ橋を貪り食いながら、不満げに口を尖らせていた。
「そういえば、剣心達はまだみたいね。いくらなんでも遅すぎない?東海道を真っ直ぐ来るだけなんだから、そろそろ着いてもいい頃だけど。まさか道草食って美味しいものばっかり食べてるんじゃないでしょうね」
「蒼紫様が重傷を負ったと、般若から使いがあったからの。歩みが遅れておるのじゃろう。到着は少し遅くなるじゃろうて」
現れたのは、葵屋の主であり、御庭番衆の情報網の元締めである柏崎念至、通称「翁」である。
その翁の姿を見るや否や、お彦はスッと立ち上がり、翁の正面に回って正座で座り直す。その顔は先ほどの聖母の表情から一転し、極めて真面目で、切羽詰まったような鋭い表情に変わっていた。
「わかりました。そういう事情なら仕方ありませんね。……翁さん、貴方のその御庭番衆の優秀な情報網で、少し『尋ね人』を頼まれてくれませんか?」
「ん?なんなりと。神谷の皆様は、我らが御頭である蒼紫様の大切な盟友じゃからな。この葵屋の情報網、存分に使うがよい。で、誰を探してほしいんじゃ?」
お彦は一つ深呼吸をして、はっきりとその名を口にする。
「……『新井赤空』……いえ、彼はもう死んでいるから、その息子の『青空』それと……『比古清十郎』たしか、陶芸家か何かをしているはずです。世を忍ぶ仮の姿で生きていると聞いています」
翁は顎の髭を撫を撫でながら、何かを思案するようにしばらく天井を見つめた。そして、ニヤリと口角を上げて笑う。
「……よかろう。お安い御用じゃ。すぐに配下を走らせよう。吉報を待っておれ」
◇
そして、その日の夜。
京都の夜風は心地よく、遠くで鳴く虫の音が静かな庭園に響き渡っていた。葵屋の縁側に腰掛け、夜空に浮かぶ丸い月をぼんやりと見上げているお彦の隣に、弥彦がそっと、音を立てずに座る。
二人の間に心地よい沈黙が流れた後、意を決したように弥彦が口を開いた。
「お彦……。お前、さっきの探し人って……。どんな奴らなんだ?」
お彦は弥彦の方を見ず、ただ夜空を見上げたまま、静かに微笑む。
「……なあ、お彦」
「次また母さん……あの新選組の沖田総司と戦ったら、勝てるか?」
「うん〜……多分、無理ね」
「そうか……」
弥彦は俯き、唇を噛む。そして、顔を上げてお彦の横顔を真っ直ぐに見つめた。
「なら、もう無理しないで、ずっと俺の近くにいてくれよ。戦うのは剣心たちに任せてさ。お前はもう、十分に戦っただろ。これ以上、傷つく必要なんてないんだ」
「あら……嬉しいこと言うね。このこの!弥彦ちゃんが私をそんなに求めてくれるなんて、幸せすぎるわ。もうお姉さん、嬉しくて胸が爆発しそう!」
お彦は先ほどの真面目な空気をぶち壊す勢いで、嬉そうに弥彦の肩を抱き寄せ、自分の頬を弥彦の頬に擦り寄せる。
「ちょ、苦しいってば!離せよお彦!俺は真面目な話をしてるんだぞ!」
顔を真っ赤にして暴れる弥彦を、お彦はニコニコと笑いながらさらに強く抱きしめる。
しかし、そのおどけた態度の裏側で、お彦の心の中には、決して揺らぐことのない鋼のような決意が渦巻いていた。
『……あの日、刃を交えてはっきりと分かった。私と、お義母さんの間に、手加減して「殺さずに済ませられる」ほどの実力差はない。殺すつもりで、全てを捨てて全力で打ち込まないと絶対に勝てない相手。それが彼女の本当の恐ろしさ』
『……でも、私はもう誰も斬らないと誓った。この手で命を奪うことは二度としない。愛する弥彦ちゃんの母親なら、なおさらだ。絶対に殺してはいけない。でも、止めなければならない』
夜風が、お彦の髪を優しく揺らす。
『なら……斬らなくてもいい、人を活かすための「刀」が必要になる。どんなに強く打ち込んでも、相手の命を奪うことなく、その動きだけを止めることができるの刀。……新井赤空が打った最後の一振り、『逆刃刀・真打』。アレは、本来なら抜刀斎が受け継ぐべきものかもしれない。彼こそが、不殺の誓いを立てた人なのだから』
『けれど……今の私が、あの馬鹿で不器用な女を止めるために、絶対に手に入れる。私が受け継いでみせる。弥彦ちゃんの悲しむ顔は、もう二度と見たくないから』
『それこそ‥‥私の最後の赤心。‥‥最後にして見せる』
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は先遣隊の京都到着と、お彦の変化、そして逆刃刀・真打への決意を描きました。
聖母化したお彦や、左之助たちの反応について感想をいただけると嬉しいです。
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