これは私たちが『かぐや』を取り戻す少し前のお話。
久々の休日を我が家でゆっくり過ごす。昔ならストレスになるからと避けた母からの連絡もスムーズに対応をこなせてる。我ながら充実した社会人生活だ。
大枚はたいて購入したゲーミングチェアを思いっきりリクライニングさせて、無重力に喩えられるおおいにリラックスできる体勢で会話する。
「そう、うん、そうなんだよ。今がラストスパートだからお盆の帰省は無理かな?無理です。今回はパス」
「マンション借りるから保証人になって」とお願いされて「一棟買ってくれ?じゃなくて」と返すようなお兄ちゃんから多額の投資を引き出し、かぐやボディの完成は間近。ここで気を抜いて失敗した後悔してもしきれない。
「別に壁作ってるわけじゃないよ。もう、お母さん・・・私が東京で暮らすようになって何年目だと思う?とっくにこの話し方がピタッと板についちゃって離れないんだって」
今の私が故郷の言葉を使っても、もはやインチキ関西弁にしかならないだろう。人生の半分近くを東京で生きているのだから。
まあ、故郷の方が長く暮らしていたが、赤ん坊の頃を含めてカウントしても意味がないのではないだろうか。
「というか今更聞くの?あ〜、うん余計なこと訊いて地雷踏むの嫌だった?」
むしろ私の地雷を爆破処理するのがお母さんだったと思うが、お母さんなりに触れないようにする時もあったのか。一生懸命東京に馴染もうとしてるように見えたのかな?それを邪魔しちゃ悪いと考えて指摘しなかったと。
「うん、うん、年末は帰れると思う。そう、そう、じゃあ元気でね」
電話を切ると同時に、正面の机の上でパソコンの画面に明かりが灯る。
「ヤオヨロ〜、彩葉〜、進捗どうですか〜」
あ、今日はロリヤチヨなんだ。そうだ、かぐやとヤチヨも連れて年末の帰省に行こうかな?
「順調、順調。予定通り進んでる」
「いやあ〜、ありがた山の寒鴉。彩葉の努力の玉藻の前だね〜」
ヤチヨこの話し方も、作ってるのではなく離れられないほど馴染んだものなのだろうか?
「ねえ、アンタは私との思い出どのくらい覚えてる?」
ヤチヨにとって、それは八千年よりさらに遠い昔の出来事だ。色々と忘れていても責められないだろう。
「何言ってるの、何一つ忘れたりしないよ 」
そう言ってくれるのは嬉しいが、念の為に確かめてみよう。まずはジャブ。
「じゃあ、アタシの布団にオネショしたことは?」
「そんなことしてない‼️」
おっ、声が裏返った。珍しい。顔が赤い。というか耳まで赤い。
「いや、アンタが家に来て初めて布団で寝たとき、朝起きたら・・・」
「赤ん坊のとき?覚えてるわけないじゃない‼️そんなのノーカンだよ‼️」
まあ、確かにそれもそうか。月の使者が迎えに来る前に質問しても同じ返事かもしれない。
「なら・・・覚えてるうちで、アタシに関する一番古い記憶は何?」
腕を組み、うーんと首をひねって考えるヤチヨ。シンキングタイムは数秒ほどだった。
「何だったかな?オムライスが美味しかったことかも?」
「あー、そんなことあったね」
ミルクが欲しいと起こされたが、小学生くらいの外見に成長したかぐやが哺乳瓶をチュウチュウするのは絵面がヤバすぎると思いオムライスを用意したんだった。自分のだけでは飽き足らず私のまで強奪していったな。
「彩葉の作ってくれたものは何でも美味しかったよ。パンケーキも」
顎に人差し指をあて、ジュルリと舌なめずりながら語るヤチヨだが、あいにく私にはそんなパンケーキ作った覚えはないぞ。
「ん?パンケーキ?アンタ不味いって言ってたじゃない」
「言わないよ?ふわふわのあまあまで美味しかったこと覚えてるもの」
ふわふわ・・・のあまあまだと・・・
「いや、間違いない。アンタが美味しいと言っていたのは『私の作ったパンケーキ』じゃない、『真実たちに奢ってもらった私のパンケーキ』だ‼️それをアンタがいきなり現れて強奪していった‼️」
一人暮らしをはじめてから、久しく味わうことのなかった豪華なスイーツ。それが目の前でかぐやの胃袋へ消えていった、あの夏の悲劇を忘れはしない。
「キ、キオクニゴザイマ千利休」
コイツ、顔を反らして口笛吹いてやがる。
「思い出しただろ‼️そのリアクションは‼️あ〜なんか腹が立ってきた‼️身体が完成したらオムツ履かせてやるからな‼️」
「ひえ〜、許してクレメンス〜」
『かぐや』との再会まであと少し