クリーニング屋繋がりで書いてみた
それだけ

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クリーニング屋繋がり
巧はライダー大戦 平成VS昭和後の設定


仮面ライダー555 外伝 綺麗にしてもらえますか。

 

 

あの日の熱海の海は、やけに静かだった。

 

潮風の向こう。

 

ひとり、海を見つめる青年。

 

それが

乾巧 との最初の出会い。

 

 

金目綿花奈 は、今と同じように

 

熱海のみんなが大好きだった。

 

だから――

 

“見知らぬ誰か”が、

 

あんなにつらそうな顔で海を見ているのを、

 

放っておけなかった。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

やさしく、声をかけた。

 

 

彼は一瞬だけこちらを見る。

 

無愛想。

 

警戒。

 

どこか、拒絶。

 

 

「……別に」

 

短く答えて、

 

一歩、距離を取る。

 

 

それ以上、踏み込ませない空気。

 

まるで、

 

近づけば傷つくと分かっているみたいに。

 

 

そのまま。

 

振り返らずに去っていった。

 

 

ただのよそ者。

 

ただの通りすがり。

 

それで終わるはずだった。

 

 

なのに。

 

 

あの横顔。

 

潮風に揺れる前髪。

 

何も期待していない目。

 

でも、

 

どこか必死に何かを堪えているような表情。

 

 

なぜだか、忘れられなかった。

 

 

優しくしたいとか、

 

助けたいとか、

 

そういう綺麗な理由だけじゃない。

 

 

“あの人は、誰にも頼らない”

 

そう直感してしまったから。

 

 

熱海のみんなが大好き。

 

だからこそ。

 

“みんな”の中に入ろうとしない彼が、

 

気になってしまった。

 

 

あの日。

 

声をかけて、

 

距離を取られて、

 

去られた。

 

 

でも。

 

あの背中を、

 

あの横顔を、

 

あの寂しさを。

 

 

忘れられなかったことが、

 

すべての始まりだった。

 

早朝の熱海。

 

まだ人の少ない海。

 

潮の匂いと、やわらかな光。

 

泳ぎ終えた

金目綿花奈 は、

 

人気のない陰で急いで着替えようとした。

 

濡れた髪。

 

肩にかかるタオル。

 

少し冷たい空気。

 

 

そのとき。

 

背後に、気配。

 

 

振り向くと。

 

そこに立っていたのは――

 

人ではない“怪人”。

 

低い唸り声。

 

逃げ場は、ない。

 

 

思わず、悲鳴。

 

 

次の瞬間。

 

空気が裂ける音。

 

 

銀と黒の戦士が、

 

庇うように彼女の前へ降り立つ。

 

それが

 

仮面ライダーファイズ。

 

赤いラインが朝日に光る。

 

背中が、広い。

 

 

「下がってろ」

 

短い、低い声。

 

振り返らない。

 

 

怪人が襲いかかる。

 

だが一歩も引かない。

 

むしろ、

 

彼女との距離を測るように、

 

常に怪人と自分の間に立つ。

 

 

恐怖よりも先に、

 

不思議な感情が胸を満たす。

 

“守られている”。

 

それも、

 

迷いなく。

 

 

激しい戦い。

 

砂浜に響く衝撃音。

 

そして――

 

決着。

 

怪人は光とともに消えた。

 

 

戦士は振り返る。

 

数秒だけ。

 

金目の無事を確認するように。

 

 

「……怪我、ないか」

 

 

それだけ。

 

名も告げず。

 

礼も聞かず。

 

去ろうとする。

 

 

「待ってください!」

 

思わず伸ばした声。

 

 

一瞬だけ、足が止まる。

 

でも。

 

振り返らない。

 

 

赤い背中が、

 

朝の海へと遠ざかる。

 

 

あの日。

 

怖かった。

 

震えていた。

 

でも、

 

それ以上に。

 

 

あの背中が、

 

焼き付いた。

 

 

“守るためだけに現れて、去る人”。

 

それが、

 

本当の始まりだった。

 

 

 

翌日。

 

熱海の商店街に、怒鳴り声が響いた。

 

「もう来なくていい!」

 

店先で頭を下げもせず立っている青年。

 

――

乾巧。

 

無愛想。

 

反論もしない。

 

ただ、静かに言い渡される“クビ”。

 

 

「……本業はクリーニング屋なんだよ」

 

吐き捨てるように言って、

 

舌打ちして去ろうとする。

 

強がり。

 

でも、どこか投げやり。

 

 

そのとき。

 

汚れたシャツが目に入った。

 

無意識に、身体が動く。

 

水。

 

薬剤。

 

布。

 

染み抜き。

 

 

「余計なことすんな」

 

低い声。

 

突き放すような言葉。

 

 

周囲がざわつく。

 

熱海のみんなに愛される

金目綿花奈 の手を、

 

はね除ける男。

 

驚き。

 

反発。

 

「あの子の親切を!」

 

という空気。

 

 

でも。

 

彼女は怒らなかった。

 

手を止めず、

 

静かに染みを落とす。

 

 

落ちた。

 

きれいに。

 

まるで最初からなかったみたいに。

 

 

「……」

 

彼が、初めてはっきりこちらを見る。

 

驚いた目。

 

警戒と、戸惑い。

 

 

その瞬間。

 

言葉が、勝手に出た。

 

 

「うちで働きませんか?」

 

 

商店街が凍る。

 

彼も、止まる。

 

 

「は?」

 

 

本気で、驚いた顔。

 

昨日の海より、

 

怪人より、

 

今までで一番“人間らしい”顔。

 

 

「……なんでだよ」

 

 

理由なんて、

 

うまく言えなかった。

 

ただ。

 

去ろうとする背中を、

 

もう一度見たくなかった。

 

 

「人手、足りてるわけじゃないですし」

 

少し笑う。

 

「それに――」

 

 

“放っておけない”とは、

 

言わなかった。

 

 

沈黙。

 

風が通る。

 

商店街の視線が刺さる。

 

 

彼は視線を逸らし、

 

小さく舌打ちして、

 

一言。

 

 

「……すぐ辞めるかもしれねぇぞ」

 

 

それが、

 

金目クリーニングと、

 

無愛想なヒーローの、

 

始まりだった。

 

 

 

働き始めた

乾巧 は――

 

想像以上に、無愛想だった。

 

 

「いらっしゃいませ」も、ない。

笑顔も、ない。

目も合わせない。

 

受け取って、無言。

 

渡して、無言。

 

 

「……巧さん」

 

思わず小言が出る。

 

「もう少し、やわらかく……」

 

 

舌打ち。

 

そして奥へ引っ込む。

 

周囲が凍る。

 

 

けれど。

 

作業場では違った。

 

アイロンの温度を何度も確かめる。

 

仕上がりを何度も見直す。

 

指先は不器用。

 

でも、真剣。

 

誤魔化さない。

 

手を抜かない。

 

 

人を寄せ付けない空気。

 

壁のような距離。

 

“助ける”くせに、“関わらない”。

 

 

やがて。

 

常連さんたちの声が届き始める。

 

 

「金目さん、あの人感じ悪いわよ」

 

「大丈夫? 無理してない?」

 

「あなたが傷つくなら、うちは別の店でも……」

 

 

彼への苦情。

 

でもその奥にあるのは、

 

金目を心配する気持ち。

 

熱海のみんなが大好きな

金目綿花奈 だからこそ。

 

 

胸が、少し痛む。

 

彼の無愛想は事実。

 

でも。

 

仕事場の奥で、

 

黙々とシャツを仕上げる背中を、

 

彼女は知っている。

 

 

「……辞めさせたほうがいいのかしら」

 

一瞬、よぎる。

 

 

そのとき。

 

奥から聞こえる。

 

小さな、ため息。

 

 

“嫌われてもいい”

 

そんな覚悟がにじむ音。

 

 

人を守るくせに、

 

自分は守らない。

 

 

その不器用さが。

 

余計に、

 

放っておけなかった。

 

無愛想な接客は、結局そのままだった。

 

「……」

 

最低限の言葉。

 

笑わない。

 

目も合わせない。

 

 

少しずつ、客足が遠のく。

 

昨日まで当たり前にあった賑わいが、

 

静かに、静かに減っていく。

 

 

「巧さん、もう少しだけ……」

 

「うるせぇな」

 

些細な言い合い。

 

本当に些細なこと。

 

でも、

 

積もっていたものが、少しだけ弾けた。

 

 

「俺が集配行ってくる」

 

ぶっきらぼうに言い、

 

伝票を掴んで出ていく。

 

 

数時間後。

 

電話が鳴る。

 

「まだ届いてないけど?」

 

血の気が引く。

 

時間は、とっくに過ぎている。

 

 

さすがに、落胆した。

 

信じたかった。

 

でも。

 

“やっぱり無理だったのかもしれない”

 

そんな考えがよぎる。

 

 

謝り、頭を下げ、

 

急いで自転車を走らせる。

 

海岸沿いの道。

 

潮風が強い。

 

 

そのとき。

 

 

 

金属がぶつかるような、

 

地面を叩きつけるような、

 

激しい音。

 

砂が舞い上がる。

 

 

心臓が、嫌な予感で跳ねる。

 

 

音のするほうへ駆け出す。

 

波打ち際の向こう。

 

砂浜に、

 

人影と――

 

異形。

 

 

そして。

 

赤いラインが、閃く。

 

 

戦っている。

 

たったひとりで。

 

背後には、

 

集配用の荷物。

 

丁寧に、守るように置かれている。

 

 

その瞬間。

 

理解してしまう。

 

届いていなかったのではない。

 

“届けられなかった”。

 

 

砂煙の向こうで、

 

銀と黒の戦士が立ち上がる。

 

守るべきものから、

 

一歩も退かない姿で。

 

怪人は、光とともに砕け散った。

 

静寂。

 

荒い呼吸。

 

砂浜に残るのは、

 

倒れずに立つ

仮面ライダーファイズ の姿。

 

 

振り返らない。

 

礼も、視線も、求めない。

 

荷物を一瞥し、

 

それが無事であることだけ確認すると――

 

歩き出す。

 

またしても。

 

 

「待って……!」

 

喉まで出かかった言葉。

 

でも。

 

止まらない背中。

 

そこにあったのは、

 

孤高。

 

そして、誇り。

 

“守るのは当然”

 

“見返りはいらない”

 

そんな静かな決意。

 

 

店に戻る。

 

少し遅れて、

 

何事もなかったように入ってくる

乾巧。

 

制服も、顔も、いつも通り。

 

 

 

「集配……どうして遅れたんですか」

 

ほんの少しの沈黙。

 

そして。

 

「サボった」

 

ぶっきらぼうに。

 

それだけ。

 

 

 

嘘だと、わかってしまう。

 

砂の匂い。

 

かすかな擦り傷。

 

そして、

 

あの背中。

 

 

 

何も言えない。

 

責める言葉が、

 

全部、消える。

 

 

 

守ったことを言わない。

 

感謝も受け取らない。

 

評価も望まない。

 

 

 

その背中に、

 

孤高と誇り。

 

そして。

 

ほんの少しの、

 

どうしようもない寂しさを感じた。

 

 

 

“誰にも必要とされなくていい”

 

そんなふうに、

 

自分を切り離しているみたいで。

 

 

 

だから。

 

胸の奥で、静かに決意する。

 

 

 

この人に、

 

帰る場所を作りたい。

 

せめて。

 

「サボった」と言える場所を。

 

朝の金目クリーニング。

 

シャッターを開けると、まだ空気は少し冷たい。

 

作業台の上に、湯気の立つ湯のみを置く。

 

「巧さん、お茶どうぞ」

 

奥から、ぶっきらぼうな声。

 

「……別に頼んでねぇ」

 

それでも出てくる。

 

眠たそうな顔。

 

無愛想。

 

いつも通り。

 

湯のみを持ち、何の警戒もなく口をつけ――

 

「っ……!」

 

ぴたりと固まる。

 

数秒。

 

ゆっくり湯のみを戻す。

 

何事もなかった顔をしようとして、失敗。

 

耳が、ほんのり赤い。

 

「……あっつ」

 

小さく漏れた本音。

 

金目は、瞬きをしてから、くすっと笑った。

 

「猫舌なんですか?」

 

「違ぇよ」

 

即答。

 

でも視線は逸れている。

 

「じゃあ、どうして飲めないんですか」

 

「熱いからだろ」

 

子どもみたいな返し。

 

もう一度、そっと湯のみを持ち上げる。

 

慎重に近づけて――

 

やっぱり、止まる。

 

その様子を見て、

 

金目は自然に手を伸ばした。

 

「貸してください」

 

ひょい、と湯のみを取る。

 

距離が、近い。

 

本当に近い。

 

湯のみを両手で包み、

 

ふぅ、と息を吹きかける。

 

白い湯気が揺れる。

 

もう一度。

 

ふぅ、と。

 

巧が固まる。

 

目の前にあるのは湯のみじゃない。

 

自分のカップを持ったまま、

 

無防備に息をかけている彼女の横顔。

 

「……余計なことすんな」

 

低い声。

 

でも、いつもの刺々しさはない。

 

金目は首を傾げる。

 

「火傷しますよ?」

 

「しねぇ」

 

「さっきしてました」

 

言い返せない。

 

舌打ちしかけて、やめる。

 

差し出された湯のみを受け取る。

 

今度は、飲める温度。

 

一口。

 

黙って飲む。

 

「……」

 

「どうですか」

 

「……普通」

 

でも、全部は飲み干す。

 

金目は嬉しそうに微笑む。

 

「よかった」

 

それだけ。

 

特別な言葉も、意味もない。

 

ただ、朝のお茶。

 

巧は湯のみを置き、ぼそりと呟く。

 

「……子ども扱いすんな」

 

「してませんよ?」

 

「してる」

 

ほんの一拍の沈黙。

 

それから、彼は視線を逸らしたまま言う。

 

「……別に、冷ますのは、嫌いじゃねぇ」

 

小さすぎる声。

 

聞こえないふりをして、金目は頷く。

 

「明日も、冷ましますね」

 

「やらなくていい」

 

即答。

 

でも、少しだけ。

 

ほんの少しだけ。

 

その朝の店内は、

 

昨日より、あたたかかった。

 

午後の店内。

 

ドアのベルが鳴る。

 

「こんにちはー」

 

元気な声。

 

入ってきたのは、

ランドセルを背負った小学生。

 

――片口那色。

 

「これ、綺麗にしてくれますか」

 

差し出されたのは、

泥だらけの体操服。

 

「はい、お預かりしますね」

 

にこやかに受け取る金目。

 

その横で、

伝票を書いている男。

 

無愛想。

 

無表情。

 

――乾巧。

 

那色が、じっと見る。

 

じーっ。

 

巧、気づく。

 

「……なんだよ」

 

「感じ悪いですね」

 

即答。

 

金目、思わず咳払い。

 

「那色ちゃん」

 

「だって、さっきから一回も目合わせてくれません」

 

巧、顔をしかめる。

 

「仕事してんだよ」

 

「接客も仕事ですよ?」

 

小学生、容赦なし。

 

「うるせぇな」

 

「怒ると余計に感じ悪いです」

 

「怒ってねぇ」

 

「怒ってます」

 

間髪入れず。

 

金目、肩が揺れる。

 

耐えている。

 

巧、伝票を置く。

 

「お前な」

 

「はい」

 

「口が減らねぇな」

 

「減らす必要あります?」

 

一瞬、沈黙。

 

那色、さらに追撃。

 

「でもアイロンは上手でした」

 

巧、ぴくりと反応。

 

「……見てたのかよ」

 

「さっきガラス越しに」

 

「暇か」

 

「宿題終わってます」

 

即答。

 

完全にペースを握られている。

 

金目、とうとう小さく笑ってしまう。

 

ふ、と。

 

巧が振り向く。

 

「何笑ってんだよ」

 

「いえ……」

 

まだ笑っている。

 

「巧さん、ちょっと楽しそうだなって」

 

「どこがだ」

 

「いつもより声が大きいです」

 

那色が頷く。

 

「確かに」

 

「お前は黙ってろ」

 

「はい」

 

素直に返事。

 

でも全然黙らない。

 

「でも、お兄さん」

 

那色が少しだけ首を傾げる。

 

「感じ悪いけど、悪い人じゃなさそうです」

 

巧、言葉に詰まる。

 

「……なんだそれ」

 

「なんとなく」

 

にこっと笑う。

 

そのまま、くるりと回れ右。

 

「体操服、よろしくお願いしますね!」

 

ベルが鳴る。

 

ドアが閉まる。

 

静かになる店内。

 

巧は小さく舌打ち。

 

でも、どこか困った顔。

 

金目が言う。

 

「巧さん、子ども相手に本気になってましたね」

 

「なってねぇ」

 

即答。

 

「なってました」

 

「なってねぇ」

 

少しの沈黙。

 

それから、ぼそり。

 

「……ああいうの、苦手なんだよ」

 

「どうしてですか?」

 

「まっすぐすぎんだろ」

 

視線は逸らしたまま。

 

金目はやわらかく微笑む。

 

「でも、ちゃんと答えてましたよ」

 

「……」

 

「ちゃんと、向き合ってました」

 

巧は何も言わない。

 

ただ、アイロンを持つ。

 

でも。

 

ほんの少しだけ。

 

笑ってる気がした。

 

昼下がり。

 

店内には、洗い上がった布の匂いが満ちている。

 

カウンターに、一枚のシャツ。

 

巧のだ。

 

白。

 

……だった。

 

胸元に、うっすらと残る赤茶色の影。

 

ほとんど目立たない。

 

でも、消えていない。

 

「もういい」

 

巧が言う。

 

「それ、落ちねぇだろ」

 

金目は布を光に透かす。

 

「繊維が傷んでません」

 

静かな声。

 

「大丈夫です」

 

大げさなことは言わない。

 

作業台に広げる。

 

指で、そっと触れる。

 

水の温度を確かめる。

 

薬剤をほんの少し、筆に取る。

 

叩かない。

 

こすらない。

 

染みの輪郭を、なぞるように。

 

巧は壁にもたれて見ている。

 

黙っている。

 

金目は途中で手を止める。

 

洗い流す。

 

また、処理する。

 

時間がかかる。

 

焦らない。

 

「そんなに時間かけるもんか」

 

巧が言う。

 

「急ぐと、繊維が負けます」

 

目は布から離れない。

 

「落とすことより、傷めないことの方が大事ですから」

 

しばらくして。

 

水を切る。

 

乾燥。

 

そして、アイロン。

 

蒸気が上がる。

 

まっすぐ、迷いなく。

 

最後に光へ透かす。

 

白。

 

均一な白。

 

あの影は、ない。

 

金目は何も言わず、差し出す。

 

「どうぞ」

 

巧が受け取る。

 

無言で見る。

 

指で触れる。

 

胸元を撫でる。

 

「……消えてる」

 

驚きは小さい。

 

でも確かだ。

 

「完全じゃないです」

 

金目は微笑む。

 

「繊維の奥までは届きませんから」

 

「でも」

 

少しだけ、言葉を選ぶ。

 

「また着られます」

 

巧はシャツを見つめる。

 

長い沈黙。

 

「……すげぇな」

 

ぽつり。

 

照れも、強がりもない。

 

ただの感想。

 

金目は首を傾げる。

 

「仕事ですから」

 

「違ぇよ」

 

巧が言う。

 

「本気だろ」

 

目が合う。

 

逃げない視線。

 

「当たり前です」

 

静かに。

 

でも、揺るがない。

 

「誰かがまた着る服ですから」

 

巧は息を吐く。

 

少しだけ、笑う。

 

ほんのわずか。

 

「……職人だな」

 

その一言は、重い。

 

認めた声。

 

金目は照れない。

 

ただ、嬉しそうでもない。

 

いつもの顔。

 

でもその日。

 

巧はその白いシャツを、

 

少しだけ大事そうに畳んだ。

 

 

金目クリーニングの裏口。

集配から戻る前。

路地の壁に背を預け、

巧はただ立っていた。

 

(……なんなんだ、この店)

舌打ちしたくなる。

でも、できない。

 

温かい。

あの場所が、

いちいち、温かい。

 

慣れていない。

誰かが自分のために湯を沸かす音とか。

「お疲れ様です」が、本気の顔で言われるとか。

そういうのに。

 

居心地が悪い。

当然だ。

自分みたいなものが、

あそこにいていい理由がない。

 

オルフェノクだから、とか。

そういう話じゃない。

もっと単純に。

 

(俺がいると、ろくなことにならない)

それだけだ。

分かってる。

 

だから早く終わらせて。

早く、出て行く。

それだけのはずだった。

 

なのに。

 

「……面倒くせえ」

誰にも聞こえない声で、吐き出す。

 

あの笑顔が、

頭から消えない。

自分が壁を作るたびに、

怒るでも、引くでもなく、

ただ静かに、そこにいる。

 

怖くないのか、と思う。

よそ者で。

無愛想で。

素性も知れない。

 

普通は避ける。

みんなそうしてきた。

それが正解だ。

 

なのに。

 

(放っておけない、か)

あの言葉が、

なぜか耳に残ってる。

馬鹿なやつだと思う。

本当に。

 

……でも。

 

一瞬だけ、目を閉じる。

夜風が、頬をかすめる。

 

(早く、終わらせないとな)

この街を守り終えたら。

また、次へ行く。

それだけだ。

あの店も。

あの笑顔も。

関係ない。

 

そう、決めた。

 

でも。

裏口のドアを開ける手が、

一瞬だけ、止まった。

 

次の夜。

巧は、変身できなかった。

 

理由は単純だ。

ファイズギアが、ない。

修理中。

それだけ。

それだけの話だった。

 

だから。

商店街に怪人の気配を感じたとき。

初めて、焦った。

 

走る。

武器もない。

変身もできない。

ただの人間として、走る。

 

(間に合え)

思ったことのない言葉が、

頭を支配する。

 

曲がり角。

金目クリーニングの前。

怪人が、いる。

綿花奈が、いる。

 

間に合った。

でも。

 

(どうする)

一瞬、止まる。

体一つで、あの怪人に勝てるか。

勝てない。

分かってる。

 

でも。

足が、勝手に出ていた。

 

「おい」

低く、怒鳴る。

怪人がこちらを向く。

綿花奈から、視線が外れる。

それだけでいい。

 

「逃げろ」

振り返らずに言う。

「今すぐ」

 

「巧さん、でも――」

「うるせぇ」

 

怪人が、笑う。

変身していない人間が

わざわざ出てきた、と。

嘲笑。

 

殴られる。

壁に叩きつけられる。

骨が軋む音。

視界が歪む。

 

それでも、立つ。

 

(時間を稼げ)

ギアが戻るまで。

それだけでいい。

それだけでいい。

 

また、殴られる。

膝をつく。

砂を掴む。

立つ。

 

怪人が、腕を振り上げる。

終わる、と思った。

 

そのとき。

 

バシャッ。

 

熱湯が、怪人の顔面に叩きつけられた。

 

怪人が、のけぞる。

隙間。

一瞬だけの、隙間。

 

振り返る。

そこに立っていたのは――

金目綿花奈。

クリーニングの業務用洗浄液。

大きなバケツを両手で持って。

息が上がって。

泣きそうな顔で。

でも。

逃げていない。

 

「……逃げろって言っただろ」

「逃げませんでした」

「馬鹿か」

「はい」

 

怪人が体勢を立て直す。

まずい。

 

そのとき。

ポケットが、振動する。

修理完了の合図。

 

巧は立ち上がる。

血が滲む口元を、拭う。

ギアを構える。

 

変身する前に。

一瞬だけ。

後ろを向く。

 

「……離れてろ」

それだけ。

 

でも。

その声は、いつもより、

少しだけ、低かった。

怒りじゃない。

 

“来てくれた”という感情を、

持て余した声だった。

 

数日後。

 

商店街に、ざわめきが広がる。

 

「最近の怪人騒ぎさ……」

 

「あの無愛想な兄ちゃんが来てからじゃない?」

 

小さな噂。

 

でも、広がるのは早い。

 

 

視線が変わる。

 

挨拶が減る。

 

ひそひそ声。

 

 

そして。

 

疑われるのは

乾巧。

 

よそ者。

 

無愛想。

 

素性もよく分からない。

 

条件は、揃っている。

 

 

「巧さんは違います!」

 

思わず声が出る

金目。

 

否定したい。

 

叫びたい。

 

あの砂浜を。

 

あの背中を。

 

知っているのは自分だと。

 

 

でも。

 

当の本人は。

 

 

「……別に」

 

それだけ。

 

言い訳しない。

 

怒らない。

 

反論しない。

 

 

「違うって、言ってください」

 

小さく訴える。

 

 

「必要ねぇ」

 

短い返事。

 

 

「なんでですか」

 

 

「信じねぇやつに説明しても無駄だろ」

 

淡々と。

 

まるで、自分の評価などどうでもいいみたいに。

 

 

胸が締め付けられる。

 

疑われているのに。

 

悪く言われているのに。

 

守っている側なのに。

 

 

それでも。

 

何も言わない。

 

 

その沈黙は、

 

強さでもあり、

 

諦めでもあるようで。

 

 

“誰にも理解されなくていい”

 

そんな背中が、

 

どうしようもなく、寂しかった。

 

次の日。

 

店を開けても――

 

彼はいなかった。

 

作業台も、

 

ハンガーも、

 

何も変わらないのに。

 

ただ一人、いない。

 

 

数日が過ぎる。

 

怪人の騒ぎは、ぴたりと止んだ。

 

海も、商店街も、穏やか。

 

 

そして、夏。

 

熱海の祭り。

 

提灯の灯り。

 

太鼓の音。

 

浴衣姿の人々。

 

 

どこからか聞こえてくる声。

 

「やっぱりさ」

 

「あの兄ちゃんが出て行ったから平和になったんだよ」

 

「そうよ、怪しかったもの」

 

 

胸が、きゅっと痛む。

 

違う。

 

違うのに。

 

 

でも。

 

否定する材料は、何もない。

 

証拠もない。

 

彼は、何も言わなかった。

 

何も残さなかった。

 

 

“去る”ことまで、

 

守るためだったみたいに。

 

 

屋台の明かりが滲む。

 

笑い声が遠い。

 

こんなに賑やかなのに、

 

心の中は静かすぎた。

 

 

もし。

 

本当に彼が原因なら。

 

もし。

 

本当に彼がいなくなったから平和なら。

 

 

それでも。

 

それでも。

 

 

あの砂浜で見た背中。

 

怪我を隠していた手。

 

「サボった」と言った声。

 

 

全部、嘘にはできなかった。

 

 

祭りの喧騒の中。

 

彼のいない夏が、

 

こんなにも空っぽだと知る。

 

 

穏やかな日々。

 

でも。

 

彼がいない平和は、

 

少しだけ、寂しかった。

 

夜の海岸。

 

祭りの喧騒が遠くに残る中、

波音だけが響く。

 

トボトボと歩く

 

胸の奥が、重い。

 

さっき聞いた言葉が離れない。

 

“あいつが出て行ったから平和になった”

 

 

そのとき。

 

前方に、昼間噂していた三人の姿。

 

笑いながら歩いている。

 

そして――

 

その背後。

 

闇に溶ける異形。

 

怪人。

 

喉が凍る。

 

声が、出ない。

 

 

次の瞬間。

 

赤い閃光。

 

砂を蹴る衝撃。

 

銀と黒の戦士が、

 

怪人を横から弾き飛ばす。

 

そのまま、

 

海へ叩き込む。

 

大きな水柱。

 

轟音。

 

 

三人は気づかない。

 

祭りの花火と勘違いして、

 

笑いながら去っていく。

 

守られたことも知らずに。

 

 

波間で激しくぶつかる影。

 

月明かりに浮かぶ、

 

赤いライン。

 

仮面ライダーファイズ。

 

 

怖い。

 

足が震える。

 

怪人も。

 

戦いも。

 

血も。

 

全部、怖い。

 

 

でも。

 

それ以上に。

 

“ひとりで戦っていること”が怖い。

 

 

気づけば、走っていた。

 

砂浜を蹴る。

 

浴衣の裾が乱れる。

 

息が切れる。

 

 

「やめて……!」

 

叫びながら、

 

海へ向かって走る。

 

 

怖い。

 

でも。

 

それでも。

 

 

あの背中を、

 

今度は、

 

ひとりにしたくなかった。

 

激しい水音のあと。

 

海は、ゆっくりと静まった。

 

月明かりの下、

 

立っているのは

仮面ライダーファイズ。

 

肩で息をしながら、

 

傷だらけで。

 

 

「……ここに紛れ込んだのも、あと一匹か」

 

低く、掠れた声。

 

独り言。

 

誰に聞かせるでもなく。

 

 

その言葉で、すべてが繋がる。

 

怪人騒ぎ。

 

彼が来た時期。

 

去った途端の“平和”。

 

そして、今。

 

 

――守っていた。

 

最初から。

 

誰にも気づかれず。

 

嫌われても。

 

疑われても。

 

 

なぜ、熱海に来たのか。

 

“海を見に来た”

 

あの言葉の裏。

 

疲れていたのも本当。

 

でも。

 

それだけじゃなかった。

 

 

ここに紛れ込んだ怪人を、

 

追ってきた。

 

終わらせるために。

 

 

ぐらり。

 

赤い身体が揺れる。

 

変身が解ける。

 

そこにいたのは、

 

傷だらけの

乾巧。

 

 

膝をつき、

 

そのまま砂に倒れ込む。

 

 

「巧さん!」

 

駆け寄る。

 

手が震える。

 

血。

 

擦り傷。

 

息が荒い。

 

 

去る、という選択肢はなかった。

 

“関わらない”なんて、

 

できるはずがない。

 

 

嫌われてもいいと、

 

ひとりで背負う人。

 

守っても、

 

名乗らない人。

 

 

その頬に触れる。

 

温かい。

 

生きている。

 

 

「……なんで」

 

かすれた声。

 

意識が朦朧としながらも、

 

こちらを見る。

 

 

「どうして、来た」

 

 

答えは、ひとつだった。

 

 

「放っておけないからです」

 

 

月明かりの下。

 

孤独だった背中に、

 

初めて、触れた夜だった。

 

夜更けの店内。

 

シャッターを下ろし、灯りは一つだけ。

 

作業台の上に座らせた

巧の傷を、

 

静かに手当てする

 

消毒液の匂い。

 

包帯を巻く手が、少し震える。

 

 

「……私、昔の記憶があまりないんです」

 

ぽつりと話し出す。

 

巧は何も言わない。

 

ただ、黙って聞いている。

 

 

「でも、不思議なんです」

 

「どうしてクリーニング屋をやってるのかは、ちゃんと分かるんです」

 

アイロンを握ると落ち着くこと。

 

汚れを落とすと、胸が軽くなること。

 

誰かの“好きな服”を守るのが嬉しいこと。

 

 

「きっと」

 

「誰かの大事なものを守りたかったんだと思います」

 

視線を上げる。

 

「巧さんは、何のために戦ってるんですか?」

 

 

少しの沈黙。

 

夜の静けさ。

 

 

「……夢を守るため」

 

短い答え。

 

 

「誰の?」

 

 

一瞬だけ、目が合う。

 

ぶっきらぼうなまま。

 

でも、逃げない視線。

 

 

「お前ら、みんなの」

 

 

胸が、強く鳴る。

 

今まで知らなかった動悸。

 

熱が、じわりと広がる。

 

 

“みんな”の中に、自分もいる。

 

特別じゃない。

 

選ばれてもいない。

 

平等に守られる側。

 

 

それが、

 

どうしようもなく――

 

嬉しかった。

 

 

熱海のみんなが大好き。

 

 

真実だ。

 

誰にでも優しく。

 

誰にでも同じで。

 

 

でも今。

 

胸に宿ったこの鼓動は、

 

“みんな”に向けるものじゃない。

 

 

目の前の、

 

不器用で、

 

傷だらけで、

 

見返りを求めないこの人にだけ、

 

向いてしまっている。

 

「……熱海のみんなが好きです」

 

包帯を結びながら、静かに言う。

 

「助けた人とも、仲良くなれたら素敵なのに」

 

祭りの三人のことが、よぎる。

 

守られたことも知らない人たち。

 

 

沈黙。

 

それから、低い声。

 

「面倒だ」

 

視線は逸らしたまま。

 

本心を隠すでもなく、誇るでもなく。

 

ただ事実のように。

 

 

また、胸が鳴る。

 

強く。

 

痛いくらいに。

 

“見返りが欲しい”んじゃない。

 

でも。

 

この人が、少しでも報われてほしい。

 

それだけで。

 

金目の頬を、涙が一筋落ちた。

 

巧が振り向く。

 

「……は?」

 

また一粒。

 

静かに、こぼれる。

 

「なんでお前が泣くんだ」

 

動揺が混じる。

 

「泣くな」

 

少し強い声。

 

「俺のことで泣くな」

 

金目は首を横に振る。

 

「だって」

 

声が震える。

 

でも目はまっすぐ。

 

「淋しそうだから」

 

沈黙。

 

巧の呼吸が止まる。

 

「強くて、優しいのに」

 

「ひとりで平気なふりしてるから」

 

涙は止まらない。

 

でも、大きな声では泣かない。

 

ただ、静かに。

 

巧は目を逸らす。

 

「……勝手なこと言うな」

 

背を向ける。

 

「俺は別に――」

 

言葉が続かない。

 

金目は近づかない。

 

触れない。

 

ただそこにいる。

 

巧の肩が、わずかに揺れる。

 

「……うるせぇ」

 

小さく。

 

ほとんど聞こえない声。

 

そして。

 

「……ありがとよ」

 

背中越し。

 

掠れている。

 

震えている。

 

本人は気づいていないつもり。

 

金目は涙を拭わない。

 

ただ、やわらかく微笑む。

 

「はい」

 

その返事は、とても静かだった。

 

波の音だけが、続いている。

 

でもその夜。

 

ふたりの間の距離は、

 

確かに、昨日より近かった。

 

暫くそうしてた。

 

急に巧が立ち上がる。

 

コートを羽織る。

 

もう行く、という背中。

 

 

「待って……!」

 

反射的に声が出る。

 

でも。

 

振り返らない。

 

シャッターが上がる音。

 

夜の空気。

 

 

気づけば走っていた。

 

商店街を抜けて。

 

海へ向かう道を。

 

砂浜まで。

 

 

でも。

 

もう、いない。

 

波の音だけ。

 

月明かりだけ。

 

足跡も、闇に消えていく。

 

 

立ち尽くす。

 

胸の奥が、空洞になる。

 

 

守るために来て。

 

守り終えたら、去る。

 

それがあの人。

 

 

でも。

 

それで終わりに、したくない。

 

初めて、

 

“みんな”じゃない。

 

“ひとり”を追いかけたいと思った夜だった。

 

トボトボと、店へ戻る。

 

灯りの消えた商店街。

 

胸の奥が、空っぽのまま。

 

シャッターを上げる。

 

――その瞬間。

 

ぞわり、と背筋に走る違和感。

 

気配。

 

振り向く。

 

闇の奥に、立っている。

 

怪人。

 

月明かりに濡れた異形の影。

 

 

次の瞬間。

 

バリッ――!

 

干してあった洗濯物が、無惨に裂かれる。

 

白いシャツが、裂けて舞う。

 

タオルが、床に落ちる。

 

嘲笑うような音。

 

「やめて……!」

 

手を伸ばす。

 

爪がかすめる。

 

布と一緒に、皮膚も裂ける。

 

じわりと血がにじむ。

 

 

「やめて……助けて……」

 

声が震える。

 

涙で視界が滲む。

 

目が開けられない。

 

守りたかったものが、壊れていく。

 

 

そのとき。

 

重い衝撃音。

 

空気が震える。

 

怪人の笑いが、途切れる。

 

 

……静寂。

 

波の音だけが遠くで響く。

 

恐る恐る、目を開ける。

 

 

誰も、いない。

 

怪人も。

 

破壊の主も。

 

そこに立っていたはずの影も。

 

 

裂かれた布。

 

床の傷。

 

でも、それ以上は壊れていない。

 

“また、だ”

 

守られた。

 

姿も見せずに。

 

名前も告げずに。

 

 

考えるより先に、

 

体が動いていた。

 

店を飛び出す。

 

夜の風を切って。

 

海へ。

 

あの背中を追って。

 

今度こそ、捕まえるために。

 

岩場。

 

砕ける波。

 

火花が散るたび、夜が白く裂ける。

 

その中心に――

 

銀と黒の戦士。

 

乾巧。

 

怪人と、互いに譲らない死闘。

 

肩から血が滲み、

 

膝が揺れても、退かない。

 

 

「巧さん――!!」

 

思わず、名前を叫ぶ。

 

その一瞬。

 

怪人がこちらを見る。

 

口元が、にやりと歪む。

 

標的が変わる。

 

 

跳ぶ。

 

迫る爪。

 

動けない。

 

足がすくむ。

 

 

次の瞬間。

 

衝撃。

 

視界が反転する。

 

怪人が、岩に叩きつけられていた。

 

自分を庇うように、

 

その前に立つ背中。

 

 

「……こいつの夢を汚すな」

 

低い。

 

震えるほどの怒り。

 

今まで見たことのない感情。

 

冷たくも、静かでもない。

 

燃えるような、怒り。

 

 

守るための怒り。

 

自分のためじゃない。

 

“夢”のため。

 

 

みんなが大好き。

 

そう呼ばれてきた自分。

 

誰の夢も応援してきた。

 

誰の願いも否定しなかった。

 

 

でも。

 

今。

 

胸に芽生えたこの熱は、

 

“みんな”へ向けるものじゃない。

 

 

この人が傷つくのは嫌だ。

 

この人に、消えてほしくない。

 

この人に、笑ってほしい。

 

 

怪人が崩れ落ちる。

 

波が、それを飲み込む。

 

静寂。

 

岩場に立つのは、ただ一人。

 

銀と黒の戦士――

乾巧。

 

肩で息をしながら、

 

変身も解かず、よろよろと歩き出す。

 

 

「……終わったから行く」

 

背を向ける。

 

今にも倒れそうなのに、

 

振り返らない。

 

「帰る場所、あるんですか」

 

波音に紛れそうな声。

 

「さあな」

 

短い返事。

 

本当に、何も持っていない人の声。

 

 

胸が、ぎゅっと痛む。

 

走って、回り込む。

 

震える手で、差し出す。

 

さっき切り裂かれた、白いシャツ。

 

血と海水で汚れた布。

 

「……私の夢、守ってください」

 

顔を上げる。

 

真っ直ぐに。

 

「これ、綺麗にしてもらえますか」

 

一瞬、沈黙。

 

波の音だけ。

 

 

ファイズのヘルメット越しに、

 

わずかに息が止まる。

 

「……小せえ夢だな」

 

 

ゆっくりと、手が伸びる。

 

破れたシャツを受け取る。

 

「そのくらいなら、守れるか」

 

低く、かすれた声。

 

けれど。

 

ほんのわずか、

 

その声は、優しかった。

 

⸻完

 




クリーニング屋のキャラって少ないよね

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