家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~   作:水瓶シロン

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第10話 お風呂上がりってもうそれだけで凶器だからね?

 魔法少女協会から帰ってきた望と妃菜。

 望が手際よく準備した夕食を、ダイニングテーブルで二人向かい合って食べたあとのこと。

 

「んえぇっと、なになに……? “魔力には幸せや喜びといった正の感情から生まれる『白魔力』と、不幸や悲しみといった負の感情から生まれる『黒魔力』の二種類があり、生きとし生けるモノはそれらを内に共存させています”」

 

 話し合いの結果、先に入浴を済ませた望は、魔法少女協会でテュカから手渡された『誰でもわかる!御使い業務マニュアル!』をリビングソファーに座って読んでいた。

 

 まさか現実で触れることになるとは想像もしていなかったファンタジーな知識だが、今後御使いとして妃菜をサポートしていくうえで必要になってくるもの。

 

 望は「うぅん……」と唸りながらも、必死にインプットしていた。

 

「えっと、つまり……生き物は多かれ少なかれ皆魔力を持ってて、その魔力は白魔力と黒魔力に二分されるってことだよな? 例えば魔力量が十だとしたら、その内の八が白魔力で、二が黒魔力みたいな……」

 

 その解釈で間違いないだろうと納得すると、望の中で新たな疑問が生まれてくる。

 

「ふぅむ、基本的に白魔力の割合が多いのが正常らしいけど、黒魔力の割合が多くなったらどうなるんだ……?」

 

 そんな疑問への答えはどこだ、と冊子のページを捲って目を通していると――――

 

「闇堕ち、しちゃうんだよ?」

「うわっ……!?」

 

 突然耳元で囁かれたので反射的に振り返ると、ソファーの背もたれから顔を覗かせるように立つ妃菜の姿があった。

 

「ビックリしたぁ……」

「あはは、ゴメンね。驚かせちゃったね」

 

 謝りながらもどこか満足げな微笑みを浮かべる妃菜。

 

「正確には、魔力の上限値の半分以上を黒魔力が占めると、闇堕ちの危険性が凄く高くなるっていう感じかな」

 

 妃菜がそう説明しながら回り込んできて、望の隣に腰を下ろした。

 

 ドキッ、と。

 望の心臓が跳ねてしまうのも無理はなかった。

 

 風呂上がりの妃菜。

 くすみ一つない白肌はいつにも増して瑞々しく、火照った身体からはその熱が微かな湿気と共に伝わってくる。

 

(おまけに、なんかすっごい良い匂いするし……)

 

 ボディーソープの匂いなのか、シャンプーやリンスの匂いなのか……ともかくその香りが否応なしに鼻腔を弄んできて、望はとても心穏やかではいられなかった。

 

 しかし、これから同棲生活をしていくことになるのだ。

 

 ただでさえ年頃の男女が二人きりで同じ空間にいることになるのに、そのうえ下心のようなものを感じさせてしまっては居心地が悪くなるだけ。

 

 望は表面上平静を装うべく、コホンと一つ咳払いを挟んだ。

 

「闇堕ちってもしかしてこう……味方だった戦士が悪の心に支配されて敵に寝返り、衣装とかのデザインもちょっと変わっちゃったりして、強敵として立ちはだかるみたいな……!?」

 

 平静を装ったつもりが、返ってどこか語り口に熱を帯びさせてしまった望。

 

「え、えぇっと、うん。おおよそその認識で合ってるけど……なんか嬉しそうに見えるのって気のせいかな……?」

「気のせいじゃないな。闇堕ちなんて神回確定の胸アツ展開だからな」

 

 ラノベでも漫画でもアニメでも共通して、強敵が味方になる展開と同じくらい、味方が闇堕ちしてしまう展開も冷めやぬ興奮を生み出すのだ。

 

 これまでの血と汗が滲む勉強とバイト漬けの日々の中で、ちょっとした隙間時間に心の支えとなってくれていた数々の作品達が、望にそう教えてくれた。

 

「んまぁ、とはいえ現実では起っちゃいけない大変なことなんだろうけど」

「もぉう、そうだよ? 一般の人や動物が闇堕ちするだけでも対処が大変なのに、もしそれが魔法少女ともなれば、超人的な力を持った怪異が理性を失って暴れ回るみたいなことになりかねないんだから」

 

 そりゃ大変だ、と望はふと昨夜の戦闘を思い返す。

 

 どういうワケか妃菜は体調が悪くて苦戦してしまっていたが、望から少し魔力を供給してもらっただけで、加減していても怪異諸共家を半壊させる力を発揮したのだ。

 

 万全でない状態でそれだけの破壊力があるのだから、もし闇堕ちした魔法少女が暴れ回るようなことがあれば、そこらの怪異が悪さをするのとは比べるべくもない被害をもたらすだろう。

 

 それこそマンションやビルの一つや二つは一瞬で…………

 

 街の平穏と人々の営みの守護者は一転して、混沌と破壊をもたらす悪魔と化す。

 

「ん~、なるほどなぁ。そうならないために、御使いは日々魔法少女のバイタルチェックをする必要がある、と……」

 

 パサリ、と冊子をリビングテーブルに手放す望。

 

 脳裏に思い起こされるのは、魔法少女協会を出ようとしたときにテュカから釘を刺されたこと。

 

 

『望ちゃん、くれぐれも妃菜ちゃんから目を離さないであげてください。あの子、すぅ~ぐ無茶して、それでいて平気なふりして頑張りすぎるところがありますからぁ。特に魔法少女というのは、自分の精神状況がそのまま身体に影響を及ぼしてくるのでぇ……』

 

 

 テュカがわざわざ注意をしてくるくらいだ。

 妃菜の空元気っぷりはよっぽどのものなのだろう。

 

 思い返せば、家事代行で顔を合わせたときに何となく体調が悪そうに感じたり、魔法少女として助けに来てくれたときも随分と辛そうにしていたりと、無理をしていそうな様子はあった。

 

 テュカの口振りからして、妃菜はそういった報告を疎かにしているらしいので、恐らくは何か隠し事をしているのだろう。

 

「というワケで、魔法少女の魔力計測が御使いである俺の日々の業務になるので、早速今日今この瞬間から始めます」

「あぁ……え、えぇっと……ね?」

 

 望が顔を向けると、妃菜はそんな視線から逃れるように目を右へ左へ泳がせる。

 

「み、御守くんも忙しいだろうし、そんな毎日じゃなくても良いんじゃないかな? そう、たとえば週に一回……ううん、月に一回とか。何なら年一とかでも私としてはノープロブレムというか……」

 

 妃菜が歯切れ悪く言葉を並べていくごとに、それを聞く望の目は怪しむような半開きの者へと変わっていった。

 

「いやいや、大プロブレムだろ。というか、これまでと違って家と生活費の心配がなくなったからそんなに忙しくないし、ぶっちゃけ御使いの業務もたいしたことないから余裕です」

 

 もちろん、これまで通り学費免除のために特待生枠を死守すべく、勉強には力を入れなくてはならない。

 

 それでも、休日や長期休暇に詰め込んでいたバイトをする必要がなくなって取り払われた負担はかなり大きく、御使いとしての仕事に割く労力は充分に持ち合わせている。

 

 しかし――――

 

「で、でもさ、家事とか全部やってもらっちゃってるし……」

 

 どうやら妃菜には魔力を計測されると何か不都合な事情があるのだろう。

 

 ああ言えばこう言って、何とか逃げようとしてくる。

 

 だが、望としてはその事情を知るためにも逃がすわけにはいかなかった。

 

「そ、それに、私ちょっと眠たくなってきちゃったから、その件はまた今度お話するってことで――」

「お、おい、月ヶ瀬……!」

 

 説得出来ないとわかって撤退を選ぶ妃菜。

 急かされているようにソファーから立ち上がるので、望は逃がしてたまるかとその手首を掴んだ。

 

 すると、そんなに強く引っ張ったつもりはなかったのだが、妃菜はふらりとこちら側に身体を傾けてきて――――

 

「ひゃっ……!?」

「ちょっ、危っ……!」

 

 ドサッ……!

 

 痛みは……ない。

 望はソファーの上に背中から倒れていた。

 

 思わず閉じてしまっていた目蓋をゆっくり持ち上げると、自分の身体を緩衝材にすべく咄嗟にに抱き寄せた妃菜の顔が、すぐ目の前のところにあった。

 

 雪のようでいて、まだ湯上りの熱を蓄えた髪の毛がカーテンのように垂れ下がり、望の目に妃菜以外のモノの姿を映すまいと、視界の周囲を覆い隠してしまっている。

 

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ…………

 

 力強く脈打つその鼓動は自分のモノなのか。

 それとも、薄いワンピース型の寝間着越しに押し付けられている柔らかな弾力の奥から伝わってきているモノなのか。

 

 驚いたようにこちらを見つめてくるその澄んだ淡紅色の瞳が、答えを教えてくれることはなかった――――

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