家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~   作:水瓶シロン

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第11話 想像以上に限界魔法少女だった

 ソファーに背中から倒れ込んだ望と、その上に乗り掛かるような格好の妃菜。

 

 すぐ互いに距離を取ればいいものの、一瞬の驚きが、突然の状況の変化が、体感的な時間を緩慢にさせて身動きを封じていた。

 

「…………」

「…………」

 

 目と鼻の先。

 互いの吐息が皮膚を撫でるような距離感で見つめ合う。

 

 白髪のカーテンが下りた世界で望の視線を奪うのは、ただひたすらにこちらへ向けられる妃菜の瞳。

 

 小刻みに震える淡紅色の虹彩。

 真っ直ぐ自分を映して開く瞳孔。

 瞳の縁を彩る睫毛は、甘美な花の蜜を見初めた蝶の羽のように、静かに揺れていた。

 

 このままずっと見続けても飽きそうもない光景だったが、理性が保てなくなるその前に、望はこの沈黙にヒビを入れる。

 

「……悪い、強く引っ張りすぎたな」

「…………」

「月ヶ瀬……?」

 

 存外沈黙を破るというのは難しいもので、望の声が妃菜に響かなければ、漂う静けさは拭いきれない。

 

 だが、妃菜も望の呼び掛けを無視していたわけではなかったようで、何かを悩んでから決断したように目蓋を上下させた。

 

 形の良い薄桜色の唇が動く。

 

「私の魔力、見てもいいけど……一つ、約束してほしいの」

 

 約束? と望が問い返すと、妃菜が静かに首を縦に振る。

 

「見たものは、誰にも言わないで」

「だ、誰にもって……え、テュカにも?」

「うん。テュカにも、協会にも」

「それは……」

 

 望はすぐに頷けなかった。

 

 御使いとして毎日妃菜の魔力を計測して、バイタルを記録し、定期的に魔法少女協会へ――妃菜の担当であるテュカへ提出しなくてはいけない。

 

 それが業務。

 

 非公式な立場であれば自分の裁量でどうにでも出来ただろうが、今や望は正式に魔法少女協会に登録された御使い。

 

 協会を会社とするならば、望は社員。

 与えられた仕事をこなさなければ、解雇されるが道理。

 

 何より、安易に約束すると言っても不誠実だし、それは無理だと断じても妃菜を突き放してしまうことになる。

 

 妃菜が何か無理をしているのはわかっている。

 テュカに念押しされるほどに無茶しがちなのも承知の上。

 

 しかし、妃菜にはそうまでしてでも何かやらなければいけない目的があるのだろう。

 

 それが何かはわからない。

 

 それでも、望は妃菜に寄り添ってあげたかった。

 そうすることが、どんな決められた業務よりも、御使いとして優先すべき大切なことだと思ったから。

 

「取り敢えず、見てから判断させてほしい。その上で、一緒にどうすべきか考えたい」

 

 少なくとも手元に何の情報もないまま判断することは出来ない、というのが今出せる精一杯の答えだった。

 

 とはいえ、こんな答えで妃菜は納得しないだろうというのが、望の正直なところの予想ではある。

 

 ところが…………

 

「……わかった。良いよ、見せてあげる」

「えっ、良いのか?」

 

 意外にも妃菜は受け入れてくれた。

 

 予想に反した結果に望が驚くと、妃菜は可笑しそうに目を細める。

 

「うん。なんかね、その答えを出すために、御守くんが私のことを凄く考えてくれたんだろうなっていうのが伝わってきたから……」

「ま、まぁ、そりゃ……御使いだからな。お前の」

 

 確かにその通りではあるが、改めて本人からそう指摘されると、かなりくすぐったいものがあった。

 

「ふふ、嬉しい」

「は、はいはい。ってか、そろそろ俺の上から退いてくれ……」

「君が私を引き倒したんだよ?」

「それはもう謝っただろ……!?」

「もしかして、重い?」

「い、いや。ちょっと心配な軽さ」

 

 もちろん妃菜の全体重を感じているワケではない。

 

 妃菜は妃菜で望の顔の横に手をついて身体を支えているため、その分多少なりとも重みは分散されているはず。

 

 とはいえ、だ。

 

 やはりこれまでの不摂生&インスタント食品生活のせいか、魔法少女としてガッツリ動き回るに見合うだけの栄養やカロリーを摂取出来ていない様子。

 

 倒れる際に、怪我をさせまいと咄嗟に妃菜の腰へ回した右腕ではあるが、無意識だった感触に改めて意識を向けてみると、やはりどこか頼りない細さだった。

 

(って、そうなると俺の胸に思いっきり当たってる何かの感触の説明が出来なくなるんだが……)

 

 取り立てて大きくはないが、決して小さくもない。

 むしろ身体のバランスで言えば、全体的に華奢な分、相対的に存在感が――――

 

「……むぅ、今ちょっと御守くんから邪念を感じるよ?」

 

 妃菜が少し咎めるようなジト目を向けてくる。

 

「そ、そう思うなら、もうちょっと子供達の情操教育に配慮した体勢になろうか。教育熱心な保護者様からのクレームが怖い」

 

 魔法少女は子供達――特に小さな女の子達にとっては憧れの存在だ。

 

 ゆえに夢を壊すわけにはいかない。

 大きなお友達は後方で腕を組んでいるくらいがちょうどいい。

 

 間違っても、こんな密着した距離感で見つめ合うことなどあってはならないのだ。

 

 だが、当の妃菜には離れようとする素振りがこれっぽっちも見られず…………

 

「うぅん、今は深夜帯だからその辺りの規制は緩いんじゃないかな?」

「……よくご存じで」

 

 ハハハ、と望の口から乾いた笑みが零れた。

 

 放送時間帯による規制の強度など、知らない――考えたことすらない層がほとんどだろう。

 

 そう考えると、意外と妃菜はその手の知識に明るいのかもしれない。

 

「まぁ、そういうことは置いておいても、魔力を見てもらうなら案外この体勢は都合がいいんだよね……」

 

 状況を正当化しようとしながらも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。

 

 へにゃり、と笑む妃菜の頬には微かに朱が差していた。

 

 望は忙しなくなる心臓に見て見ぬフリを、その鼓動に聞いて聞かぬフリをしながら、目を細める。

 

「こんな体勢で一体どうやって見るんだよ」

「こうやって見るんだよ」

 

 望の問いに対して説明を挟むことなく――否、実際にやってみせるが早いといったように顔を近付けてきた。

 

 それはあまりに唐突で、身構える暇すらなく、唯一反応を示すことが出来たのはドキッと大きく跳ねた心臓だけ。

 

「……っ!?」

 

 理性の固さにはそれなりに自信のある望だが、それでも健全な思春期男子であることに変わりはなく、この状況でキスされるかもしれないと思ってしまうのは仕方のないことだった。

 

 しかし、その誤解はトン……と互いの額同士が触れ合った半瞬後、流れ込んできた情報の奔流によって掻き消された。

 

 それは、闇堕ちの危険性があるため溜めすぎてはいけないという黒魔力の量を垣間見たといってもいい。

 

 妃菜の中には、充分危険水域な黒魔力が内包されてしまっていたのだ――――

 

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