家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~   作:水瓶シロン

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第21話 未解決問題『どうして私が怒ってるかわかる?』

「た、ただいまぁ……」

 

 ガチャリ。

 合鍵でいつもより静かめに玄関扉を開けた望は、スルリと身体を滑り込ませるようにして入る。

 

 玄関を入るとすぐにリビングとダイニング、その奥にキッチンカウンターが見渡せるが、妃菜の姿はない。

 

 一瞬まだ帰ってきていないのかとも思ったが、玄関には妃菜のローファーが並べられているので、望より早く帰宅していることは間違いなかった。

 

(いや、別に俺何か悪いことしたワケじゃないんだけどさ……)

 

 確かに今日の学校での一件は、状況だけ見れば望が香澄を組み敷いたようにも――――

 

「いや、見えてたまるかっ!」

 

 望は自分で自分に突っ込んでしまった。

 

 一瞬自分にもどこかに少しは非があるのではないかと思ったが、やはりそんなものこれっぽっちもありはしなかった。

 

 結局ああなったのは香澄のせい。

 

 半ば強引に腕を引いていったのも香澄。

 変に密着して歩いて足を絡めたのも香澄。

 トドメとばかりに誤解を招く発言をしたのも香澄。

 

「これで誤解を解くのが俺の役目なの理不尽すぎんか……?」

 

 はぁ、と大きくため息を吐きながら靴を脱いで玄関を上がる望。

 

(ん、いや待てよ?)

 

 しかし、すぐに引っ掛かりを覚えて立ち止まり、眉を寄せた。

 

 (普通に考えて、どんな節操なしでもあんな公の場で女子を押し倒すワケなくないか……?)

 

 学校の廊下。

 倒れる男女。

 普通、そんな状況で真っ先に疑うべきは事故ではないだろうか。

 

(てっきり誤解させて怒らせたって思ったが、それ自体が俺の思い違いなんじゃ……?)

 

 確かに男女が折り重なって倒れている場面を見たら驚くだろう。

 

 実際に妃菜も一瞬立ち止まってビックリしたような顔を――それにしては感情が抜け落ちたような雰囲気だったが――していた。

 

 それでも、すぐにあれは事故だったんだろうなと思い至るに違いない。

 

 望は少し前向きな気持ちを取り戻しながら、階段を上がって二階に向かい、まずは自室で荷物を下ろす。

 制服を脱いで私服に着替えると、部屋を出た真向かいにある妃菜の部屋の扉の前に立った。

 

 そして、ノックしようと右手の甲を向けて持ち上げたとき、

 

 ガチャ――と、内側から扉が開けられた。

 もちろん、中から出てきたのは妃菜である。

 

 望は取り敢えず様子見で、気楽な感じで学校での話題に触れようとした。

 

「あっ、月ヶ瀬。学校でのことだけど――」

「――おかえり、御守くん」

 

 望の話をぶつ切りにするように、妃菜はどこか圧を感じる笑顔をニッコリ浮かべながら一言そう言うと、一階に降りていってしまった。

 

 望は遠ざかっていく背中へと手を伸ばしたが、残念ながら引き止めることは出来ずに空を掴むだけ。

 

 あとに残された望は、ただひたすらに固まっていた。

 

(……や、やっぱ怒ってる……!?)

 

 ピクリともしない見掛けとは裏腹に、心臓はバクバクと唸っており、額には冷汗が滲む。

 

(え、まさか本当に誤解してるっ!? 俺がスミを押し倒したって? いーやいやいや、それはないって話だっただろ。冷静になれ、俺。じゃあ何で妃菜は妃菜は怒っているのかって? んなもん俺が知りたいわっ!?)

 

 望は両手をついて壁を睨み付けた。

 それは廊下の壁であってそうじゃない。

 堅牢にして果てしなく高く聳える、難攻不落の問題という名の壁。

 

 そう。

 男泣かせと噂に聞く『どうして私が怒ってるかわかる?』の壁だ。

 

「い、いいだろう……この程度の難問、解いてやるぜ……私立英志院学園の特待生を舐めるなよ……!?」

 

 望はそう言って自身を奮い立たせて、ニヤリと口角を吊り上げ…………

 

 

「月ヶ瀬、今晩何食べたいとか――」

「――あ、そう言えば明日提出の課題があるんだった」

 

 声を掛けた望の脇を抜けて自室に戻っていく妃菜。

 

 

「そういえばもうすぐ春休み――」

「ごちそうさまでした。私、お風呂入ってくるね」

 

 望より先に夕食を完食して席を立つ妃菜。

 

 

「つ、月ヶ瀬、えぇっと――」

「私、もう寝るね? おやすみ」

「ちょ、あ……」

 

 風呂で温まることでリラックスして平静を取り戻し、気合を入れ直して出てきた望だったが、話し掛けようとした途端に妃菜はリビングソファーから腰を上げてしまう。

 

 階段の方へと歩き出す妃菜の背中に、今日で何度目となるかもわからず手を伸ばすが、やはり届かない。

 

 これで三度目の失敗。

 望は妃菜と話をする機会を得られなかった。

 

(結局夜になっても妃菜が何で怒ってるのかわからないし、まともに話も出来ないし……)

 

 こんなギクシャクしたまま今日が終わるのか――と、望は持ち上げていた手の力を抜く。

 

(……いやっ、諦めんな俺!)

 

 下ろし掛けていた手を寸前のところで止める。

 階段へと向かう妃菜を追い掛け、その手を掴んだ。

 

「月ヶ瀬……!」

「……っ!?」

 

 驚いたように振り返った妃菜。

 見開かれた淡紅色の瞳には、どこか必死な望の表情が反射していた。

 

「悪い、俺……月ヶ瀬が何で怒ってるのか全然わかんなくて。最初は学校でのことで何か誤解させたかもって思ったけど、多分違うだろうし……謝りたいけど、何のことで怒らせたかわからないまま謝れない……」

「御守くん……」

 

 申し訳なさそうに望が俯く。

 妃菜はそんな望を見つめて、何か言いたそうに二、三度口を開閉させるが、言葉が喉に詰まって出てこない。

 

 しかし、このままではいけないと思ったのか、妃菜はたどたどしくも声を絞り出した。

 

「……ち、違うの……」

「……え?」

「あ、あのね、別に怒ってるとかじゃ、なくて……ね……?」

 

 望はゆっくり顔を上げる。

 すると、妃菜がじわぁと赤く染めた顔を横に逸らして、望に掴まれていないもう片方の手で申し訳なさ程度に隠している姿が見えた。

 

「御守くんは別に誰のモノでもないってわかってるんだけどね……なんか、学校では他の人に取られちゃったみたいな感じがして……」

 

 妃菜は顔を横に向けたまま、視線だけをチラリとこちらに向けてきた。

 

「ゴメンね……ただの、ヤキモチで……」

 

 今度は望が顔を背ける番だった。

 背けるというか、もはや天井を仰ぎ見た。

 

 心臓が早鐘を打っている。

 顔がどうしようもなく熱い。

 耳が溶け落ちてしまいそう。

 

(な、なんだこの面倒可愛い生き物はっ……!?)

 

 そう、心の中で叫ばずにはいられなかった――――

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