家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~   作:水瓶シロン

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第32話 春雨前線到来のしっとり具合……?

「じゃあ、失礼します……」

 

 望が覚悟を決めて腕を広げたところに、妃菜がスッと身体を納めてきた。

 

 脇の下から通された妃菜の腕は背中に回され、少し遠慮が感じられる力加減で抱き締められる。

 肩には妃菜の頭が乗せられて、ふわりと流れる白い髪の毛が頬に触れて少しくすぐったく思ってしまう。

 

 また、自分の身体のどの部位とも違う、程よい大きさの柔らかな弾力が胸部に押し当っている感触は少々刺激が強く、健全な思春期男子高校生である望に意識するなというのは無理な話だった。

 

(っ、柔らかいし温かいし良い匂いだし、頭おかしくなりそう……あと心臓破裂する……!)

 

 そんな調子で、妃菜が身体を寄せてきても、広げた腕を小刻みに振るわせるだけで身体を固めさせたまま動けずにいた望。

 

 すると、妃菜が望の肩に預けていた頭を動かして、至近距離から望の顔を恥ずかしさと不満が混じったような半目で見つめた。

 

「望くん……?」

「な、何でしょう……」

「ちゃんと私のこと感じてくれないと意味ないんだよ?」

 

 望としてはもう充分妃菜の存在を鮮明に感じ取れているつもりだが、どうやらその程度ではまだ足りないらしい。

 

「見えない私との繋がりを感じて? それは物理的に離れたとしても変わらなくて、まるでどれだけ距離があっても傍にいるような……その感覚を掴むために、しっかり私の存在をその身に、心に、刻んで……?」

「……っ!?」

 

 どこか遠慮がちに背中に回されていた妃菜の腕に少し力が入り、先程よりも強く抱き締められる。

 

 その分だけ更に互いの身体が密着し、所々に空いていたスペースが埋められ、体温や感触をより鮮明に交換し合う。

 

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……!!

 

 フルスロットルで稼働する心臓が全身に熱い血液を循環させるせいで、体温がみるみる上昇していくのを感じる。

 

 顔なんて今にも噴火してしまいそうで、そのままぶっ倒れてしまいたい気分だった。

 

 だが、これも御使いとして魔法少女である妃菜をしっかりサポート出来るようになるために必要な訓練。

 

(頑張れ俺っ……! 覚悟決めただろ!)

 

 えいままよと言う気概で、望は横に広げていたままの腕をぎこちないながらに妃菜の身体に回した。

 

「……ふふっ」

「な、なんだよ……!?」

「ううん。こうされてると、望くんに守られてるみたいで安心するなって……」

 

 その言葉が嘘偽りでないことを示すかのように、妃菜の身体は望の腕の中で完全にリラックスしたように脱力していた。

 

(俺に守られてる、か。おかしな話だな。この街に住む俺の方こそ魔法少女である妃菜に守られてるはずなのに……)

 

 そう。

 望は守られている側の人間。

 今腕の中に納まっている、自分より身体も小さくて華奢な少女に。

 

(でも、そんな妃菜を守る存在はいないんだよな……)

 

 そう思うと、妃菜を抱き締める腕に自然と力が入っていた。

 

「俺は妃菜みたいに強くないし、これと言って特別な力を持ってるわけでもないから、妃菜を守るだなんて大袈裟なことは言えないけどさ……それでも支えたいって思ってるし、拠り所になれればいいなって願ってるよ」

「望くん……」

 

 抱き合っていて顔が見えないのを良いことに、望は普段は言いにくいことを存分に顔を赤くさせながら伝えた。

 

 それを聞いた妃菜もまた、望の腕の中で顔を耳の先まで紅潮させて、嬉しさを滲ませるようにはにかんだ。

 

「ふふ、おかしなこと言うんだ。望くんはもう私の支えになってるし、安心出来る拠り所だし、何よりとっくに守ってくれてるよ?」

「俺が?」

「うん」

 

 妃菜が自分の頬を望の横顔に擦り寄らせた。

 

「望くんがいたから闇堕ちせずに済んだ。擦り減った心を癒せた。毎日『おはよう』と『おやすみ』を言えて、美味しいご飯を食べられて、ここが私の居場所なんだって思わせてくれる」

「大袈裟だなぁ……」

「そんなことないよ。魔法少女としても、人間としても、一人の女の子としても……もう望くんナシじゃ生きていけそうにないから……」

「そ、それは生き物としてどうなんだ?」

 

 折角ちょっとイイ感じの雰囲気の話をしていたのに、流石に空気感では誤魔化しきれないとんでも発言が飛び出してきたので、望も呆れ半分で冷静にツッコミを入れざるを得なかった。

 

「ふふっ、もうそれくらい私にとって望くんが重要な存在になってるってことだよ~」

「そ、そうか。比喩であってくれたなら良かった……というか、比喩でないと困る……」

 

 ホッ、と望が安堵の息を吐いたところに、妃菜が忘れかけていた本題を思い出させるように、少し拗ねた口調で言ってきた。

 

「それより望くん、ちゃんと私を感じてますかー? 私に集中してくれなきゃやだよ……?」

「し、してるって……! ってかこの状況でお前以外のこと考えられないだろ……!?」

 

 経験豊富な遊び人でもあるまいし、美少女を抱き締めながら別のことを考える余裕なんて望にあろうはずもなかった。

 

「じゃあ、どんな感じ?」

「どんな感じとは……?」

「私の何を感じてる?」

「色々感じてますが……」

「例えば?」

「え、これ言わないといけないヤツ?」

「うん、教えて……?」

「あとでセクハラで訴えられたら勝ち目ないんだが……」

 

 何かと肩身の狭いご時世だ。

 望がコンプライアンスの壁に恐れていると、妃菜が可笑しそうにくつくつと身体を震わせた。

 

「そんなことしないよぉ」

「じゃあ、えっと……」

 

 望は腕の中に納まる妃菜から伝わってくる情報へと意識を向けながら口にする。

 

「あったかい、とか」

「ふふ、私もあったかいよ」

「細くて、強く抱いたら壊れそう」

「それはこっちの台詞だけどね」

「……俺のは比喩だけど、妃菜のは事実だから怖いのよ」

 

 実際にその腕に抱き締められてる状況で言われるのだから、なおさら恐怖だ。

 

 何がとは言わないが、本能的にヒュンとした。

 

「あとは?」

「柔らかい、かな」

「……えっち」

「ち、ちがっ……変な意味じゃなくて、男子の身体はやっぱ骨々しいし筋肉質で固いから、そういうのと比べて柔らかいなっていうことであって……!」

「あはは、うん。わかってる。からかっただけだよ?」

 

 コイツぅ~!? と望は仕返しに押し倒してやろうかと考えたが、すぐにそんな気概を持ち合わせていないことに気付いて、不満を不完全燃焼させる。

 

「もうそれだけ?」

「はぁ……えっと、凄く良い匂いです」

「ふふ、ありがと。どんな匂い?」

「ちょっと甘いような、妃菜の匂い」

「ふぅん、私の匂い覚えてるんだ?」

「そ、そりゃ、もう一緒に住み始めてしばらく経つし……」

 

 フローラル系、シトラス系、他にも共通認識の持ちやすい別の例えを用いれば、どんな匂いかを説明することは確かに出来る。

 

 しかし、それはどこまで言っても例えであって、究極的に突き詰めても近似値だ。

 

 今こうして至近距離から鼻腔をくすぐってくる香りは妃菜固有の匂いに他ならず、それを妃菜の匂いだと断定出来るくらいには、もう望は妃菜のことを知っている。

 

「……あぁ、なるほど。妃菜との繋がりを感じるってこういうことから始まるのか……」

「うん、そうだよ」

 

 何となくこんな体温。

 何となくこんな感触。

 何となくこんな匂い。

 

 意図せぬ間に感じ取ったそんな何となくの積み重なりで、妃菜を知った気になっていたが、こうして改めて意識を研ぎ澄ませて感じてみると、意外とまだまだ気付いていなかったことが多いのだとわかる。

 

 何となくを上書きし鮮明に。

 無意識だったものを意識して。

 

 そうやって望の中でまだぼやけていた妃菜という存在の輪郭を明瞭に整えていくことで、繋がりをより強固なものに出来る。

 

「もっと沢山、私のこと知ってほしいな……」

「あぁ、その必要がありそうだな」

「もぅ、必要がなかったとしてもだよ?」

「というと?」

「……それも含めて、感じ取ってよ」

 

 あれほど忙しなく早鐘を打っていた二人の心臓は、気付けば心地良さに浸ってトクトクと穏やかな心音を重ねていた――――

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