家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~   作:水瓶シロン

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第39話 取り敢えずDNA鑑定してもらってもいいですか?

「魔法少女、なのか……?」

 

 見上げた望の視線の先。

 巨大なクレーターの上空にいつの間にか刻まれていた裂け目から、静かに一人の少女が降りてくる。

 

 灰色の長髪を風になびかせ、黒と紫を基調としたドレスをふわりと揺らし、顔の上半分を覆い隠す黒銀のマスクの下から全体を見据えていた。

 

 クレーターの下で愕然と立ち尽くす妃菜の前に降り立ち、満身創痍で仰向けに倒れるアラゾニアに触れることを拒むように突き立てられた大鎌を、軽々と右手一本で抜き取ってみせる。

 

(味方、じゃ……ないよな……)

 

 対峙する妃菜と新手の黒い魔法少女の様子をクレーターの上から見て、望は眉間にシワを寄せていた。

 

(大量のシャドウ殲滅から、連戦で悪の組織の幹部を相手にして何とか勝ったが……流石にもうこれ以上満足に戦える魔力も体力も残ってないぞ……!)

 

 妃菜だけではない。

 望も二回魔力補助をした。

 無理すればあと一回は出来なくもないが、それで三戦目に挑むのは魔法少女のサポートとしてはあまりに心許ない。

 

 相手が自然発生するシャドウ程度の強さならまだしも、どう見てもあの黒い魔法少女はそんな次元の相手ではない。

 

「カッ……カハハ……! つくづく運のねぇ魔法少女だなぁ、テメェは……」

 

 皆が硬直状態にある中、アラゾニアが息も絶え絶えながらにぎこちなく口角を吊り上げ、顔を横に倒して妃菜を見やった。

 

「不運すぎて、流石のオレ様も同情するぜぇ……」

「……なんだ、思ったより元気そうじゃないですか」

 

 黒い魔法少女がゆったりと大鎌を持ったまま、僅かに顔を振り向かせて口を開いた。

 

「お喋りする元気が残っているなら、私は必要なかったのかもしれませんね」

 

 目元がマスクで隠れているうえに淡々とした口調なので、本気で言っているのかからかっているのかわからず、アラゾニアは訝し気に目を細めた。

 

「喋る元気がかろうじて残ってるだけだっつうの……って、テメェも言うようになったな【強欲(アフィスティア)】」

 

 声量こそ大きくないものの周囲が静かなお陰で、望もクレーターの上から何とか会話が聞き取れていた。

 

(あの黒魔法少女はアフィスティア……やっぱ味方じゃないどころか、アラゾニアと同じ悪の組織の幹部かよ……)

 

 アラゾニアが幹部の中でどの程度の強さなのかはわからないが、少なくともアフィスティアも幹部だということは近しい力を持っているに違いない。

 

 このまま三連戦に突入すれば、敗北は確定的に明らかだ。

 

 ただ、アフィスティアからは特に戦う意思のようなものが感じられないので、望としてはその感覚が気のせいでないことを祈るばかりだった。

 

「貴方が負けたということは、結果は二勝二敗になりますか」

 

 アフィスティアが指折りに状況を整理する。

 

七罪冠(ヘプタハマルティア)四名による四ヶ所同時襲撃。【嫉妬(ジロソニア)】と【色欲(ラグニア)】が目的を果たし、傲慢(あなた)と【憤怒(オリギー)】が敗北……あまり良い結果とは言えませんね」

「チッ……」

 

 アフィスティアの冷静な指摘を受けて、アラゾニアは力なく舌打ちをする。

 

 いずれわかることだと判断しての情報の開示なのだろうが、望はそのお陰で一つ合点がいった。

 

(駆けつけた五人の魔法少女以降増援がないと思ったら、なるほど……襲撃箇所を分散させて、魔法少女の戦力を集中させないようにしてたのか……)

 

 妃菜が一般的な魔法少女を凌駕する戦力だったため、何とかこの人数でもアラゾニアを倒すことが出来た。

 

 しかし、各地にそう都合よく妃菜のような存在がいるとも考えづらいので、幹部一人につき魔法少女十人で当たるくらいのことはしないと、勝機は見えてこないだろう。

 

 人数の限られている魔法少女をそれだけの数向かわせるためには、必然的に一人で魔法少女数人分の戦力を持つ妃菜がいるこの場所への増援は少なくせざるを得なくなる。

 

(まぁ、そんな中で五人も魔法少女を来させてくれたのは、多分テュカが頑張ってくれたんだろうな……)

 

 望はそう心の中で感謝を送っていると、クレーターの下でこれまで口を閉じていた妃菜が声を漏らした。

 

「……ど、どうして……そんなワケ、ないよ……」

 

 ザリッ、と一歩後退って土を踏む妃菜。

 淡紅色の瞳は見開かれ、開けっ放しの口は小刻みに震えていた。

 

 そんな様子にアフィスティアはマスクの下から妃菜へ視線を戻し、アラゾニアは後ろで愉快そうに口角を吊り上げていた。

 

「ま、魔法少女の装束は、その人の心象を反映したものでっ……皆それぞれ固有のものだから唯一無二のはずっ……」

「妃菜……?」

 

 明らかに様子のおかしい妃菜に望も眉を顰める。

 

「確かに色は、違う……その大鎌も、マスクも知らない……でもっ……! その装束を私が見間違えることはないし、その声を聞き間違えることもないっ……!」

「…………」

 

 マスクの下から静かに視線を向けてくるアフィスティアに、妃菜は眉間にシワを寄せ、どこか縋るように笑って呟いた。

 

「……由菜、なんでしょ……?」

 

 一秒、二秒、三秒……アフィスティアはたっぷり五秒と少しを使って沈黙を噛み締めてから、薄い唇を動かした。

 

 

「初めまして――」

「……っ!?」

 

 妃菜はギュッと胸が強く締まって呼吸が止まるのを感じた。

 

「――私は七罪冠(ヘプタハマルティア)が一翼【強欲(アフィスティア)】。誰と勘違いしているか知りませんが、私は私以上の何者でもありませんよ」

 

 アフィスティアはそう淡々と言ってから「さぁ」と身を翻した。

 

「帰りますよ、アラゾニア」

「ま、待って! そんなはずないっ……!」

 

 立ち去ろうとするアフィスティアへ妃菜がたまらず声を上げた。

 

「間違いないよっ、間違えるワケないよ! 私の妹だよ。たった一人の私の……由菜だよっ……!」

「……はぁ、しつこいですね」

 

 アフィスティアはため息混じりに振り返ると、右手に持った大鎌を振るって地面をザッ! と刻んだ。

 

 一筋の切れ目は、まるで妃菜とアフィスティアを分断する象徴のようだった。

 

 それでも妃菜は薄らと涙の滲む目を細めて、長杖を握る右手にギュッ力を籠める。

 

「行かせないっ……! ずっと、ずっとずっと探してた……もう由菜を一人でどこかに行かせたりしない……!」

「今の貴女に、私を引き止める余力が残されているんですか?」

 

 ブワァッ! とアフィスティアの身体から黒魔力が溢れ出し、灰色の髪と黒いスカートを揺らす。

 

 放たれるプレッシャーはビリビリと肌を裂くような圧で、クレーターの上に立っていた望は冷や汗を流し、その後ろで力を使い果たして座り込んでいた三人の魔法少女は身を竦めていた。

 

「力が底を突いたって――」

「――っ、妃菜!」

 

 無謀にも戦おうとしていた妃菜を見て、望は慌ててクレーターの斜面を途中こけそうになりながらも滑り降り、慌てて妃菜の腕を掴んだ。

 

「これ以上はダメだ!」

「止めないで望くん! 由菜がっ、由菜がここにいるの!」

 

 目元にたっぷりと涙を浮かべて叫ぶ妃菜。

 

「無謀だってわかってる! 私じゃ勝てないってわかってる! でもっ、それでもここで何もしなかったら私は由菜のお姉ちゃんじゃないよっ……!!」

「……っ!?」

 

 止めろ。止めろ。

 妃菜を何としてでも止めろ。

 

 敵は引いてくれようとしているのだ。

 これ以上被害を生まないためにも、ここは大人しく見逃すのが正しい選択。

 

 そんな簡単な正解が目の前に見えているはずなのに――――

 

「望くんっ……!」

 

 御使いとして、魔法少女をサポートする立場として正しい判断をしなければならない。

 

(……んなこと、わかってるよっ……!)

 

 だが、望はその正解を前に背を向けた。

 魔法少女ではなく、妃菜にとって必要な選択を応援したいと思ってしまった。

 

(俺は……他の誰でもない、妃菜の御使いだから……!)

 

 望は妃菜の腕を掴んでいた手の力を緩めると、そのまま下に滑らせて手を取った。

 

「……望くん?」

「はぁ……やるからには、全力だ……」

 

 望は既に疲れ切った身体に鞭を打った。

 あとどの程度残っているのかわからない器をひっくり返すつもりで、残された魔力を妃菜に注ぐ。

 

 三度目の魔力補助。

 

「うっ、これは……ハハ、結構キツイな……」

 

 動悸が激しい。

 頭が割れるように痛いし、三半規管が壊れたように視界が回る。

 

 おまけに凄まじい虚脱感が身体に力を入れることを許さないのだから、気付けばその場に膝をついてしまっていた。

 

「な、何でっ……こんな無茶……!?」

「今から無茶する奴に言われたくないな……」

 

 泣きそうになる妃菜に、望は力なく笑う。

 

「妃菜、妹を連れ戻せ……」

「……っ!」

 

 そんな様子を傍で見ていたアフィスティアは「はぁ……」と大きくため息。

 

「この魔法少女も相当に愚かですが……貴方も大概ですね、御使いさん」

「……ううん、違うよ。由菜」

 

 妃菜は最後に望の手をギュッと握り締めてから離すと、真っ直ぐアフィスティアに向き直った。

 

「いつだって私を一番に大切にしてくれる、最高のパートナーなの」

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