家事代行先は闇堕ち寸前魔法少女の家でした~貧乏一人暮らしの俺は生活力を買われて内緒の焦れ甘同棲生活を始めることになる~ 作:水瓶シロン
茜色の空に見守られて山を下りた望とアフィスティアは、来た道を戻るようにして川を渡り、住宅街を抜けた先の大通りに面した位置にある書店にやって来ていた。並びにスーパーがあり、どちらも望がよく利用する店舗。
「冒険譚が気に入ってるようだったら、その手のファンタジー作品をメインに他ジャンルもいくつか見繕って持って帰るか?」
「いくつかと言わず沢山持って帰りましょう。あの人、いつも本ばかり読んでいるので、多分すぐに読み切ってしまうと思います」
「なるほど。でも、そうなるとそこそこの額するぞ?」
最近本も値上がりしてきている。
大量に購入すると、それだけお財布が悲鳴を上げることになる。
しかし、それは心配ないという風にアフィスティアが望の隣で肩を竦めた。
「お金は充分以上に預かっているので問題ありません」
「りょーかい。そういうことなら、まずファンタジー作品から……」
望はふらりとラノベコーナーに足が囚われそうになるのをグッと堪えて、最初は万人受けする王道中の王道から紹介することにする。
「これなんかどうだ? こっちの世界じゃ多分知らない人の方が少ないんじゃないかと思うくらいのファンタジー文学の名作」
「どんなお話なんですか?」
「えぇっと、昔魔王が悪い力を注ぎ込んで作った指輪を巡ってなんやかんやある物語だな」
少し分厚いそれを受け取ったアフィスティアは小首を傾げて「なんやかんやとは……」と呟くが、望は小さく笑って「それは自分の目で確かめてくれ」とついでのようにアフィスティアの読書欲もくすぐっていく。
「あと、冒険とは違うかもしれないけど、これも知らない人はいないファンタジー作品シリーズだぞ」
望が指差した先の棚には、各巻ごとに色の違う分厚い本が陳列していた。
「孤児の主人公が十一歳の誕生日に魔法学校への入学許可証をもらって始まる学園ファンタジー」
「入学後になんやかんやあるんですね?」
「そう、かなりなんやかんやある」
「では、取り敢えず一巻目を……」
アフィスティアが棚に指を差し込んでシリーズの始まりを取り出し、先ほど受け取った作品に重ねて腕に抱く。
望はそんな姿を一歩後ろから腕を組んで見守りながら、コクコクと静かに頷いていた。
(続きが気になってシリーズ全巻買い揃える未来が見える見える……)
アフィスティアはあくまで頼まれて買っているだけらしいが、それでも興味深そうに本の表紙を見つめているので、中身がまったく気になっていないということはなさそうだ。
「布教って楽しいなぁ……」
「え、これ何かの経典なんですか?」
「フッ、強いて言うなら……ファンタジー作品のお決まりを作った原典、かな……」
ニヒルな笑みを浮かべて望が言うと、アフィスティアは怪訝に眉を顰めた。
「ちょっと何言ってるのかわかりませんね」
「ごめんて」
望は短く謝りながら再び足を進め、先程は我慢したエリアへとアフィスティアを誘う。
「さて、それらの作品は言ってしまえば高級豆からハンドドリップで抽出した深いコクと苦みを存分に味わうコーヒーだ。でも、毎日そんな重たいものを飲んでいると胃もたれしてくる。そこで、コンビニや自販機で買う手頃なコーヒーに口をつけてみるのもまた一興……」
何言ってんだコイツ、と言わんばかりの視線を無言で向けてくるアフィスティア。望はあえてそれに気付いてないフリをしながら、平積みされている一冊のラノベを手に取った。
「まぁ、手頃にサクサク読める小説も良いよねってことで、はい」
望がアフィスティアにラノベの表紙を見せる。
制服姿の美少女があざとい笑みを浮かべていた。
「『お向かいの小悪魔さんに気付けば世話係にされていた件』という大人気ラブコメです」
「な、何と言うか……カラフルですね?」
「イラストも合わせて楽しめるのがラノベの良いところ」
先程まで見ていた作品が分厚くて大きいものだったこともあって、文庫本を手に取ったアフィスティアは「小さくて軽い……」と興味深そうに呟いていた。
「あとはこれもオススメ。『定期的に異世界語をボソボソ呟く後ろのアリスちゃん』」
「怖いヤツですか?」
「可愛いヤツです」
と、言った調子で布教に熱が入ってきた望はファンタジーはもちろん、ラブコメからミステリー要素のあるもの、SFチックなものと様々なジャンルのラノベをアフィスティアの手に積んだ。
そろそろ顔が隠れそうになった辺りで、アフィスティアが不思議そうに呟く。
「気になっていたのですが……」
「何でも聞きたまえ?」
「……聞きたくなくなってきました」
「すみません、聞いてください」
はぁ、とアフィスティアはため息を吐いてから、ラノベコーナーに平積みされてある作品達を見渡して言う。
「どうして表紙がどれもこれも可愛い女の子ばかりなんですか?」
時々違うものもあるようですが……と言葉尻に付け加えながら小首を傾げてみせるアフィスティアに、望は当然とばかりに真顔で答えた。
「だって、嫌いな奴いないだろ。美少女」
「……え?」
「いいか、可愛いは正義なんだよ」
「い、言い切りましたね……!?」
断言されて少し目を丸くしたアフィスティアに、望は試しに問い掛けてみる。
「だって考えてみてくれ。何か可愛いモノと可愛くないモノが目の前にあったとしたら、お前ならどっちを選ぶ?」
「それは……可愛いもの、ですかね」
「だろ?」
望は少し自嘲するように口元で弧を描いて言う。
「まぁ、結局のところ俺の持論にはなるけど、可愛いものには可愛く生まれた理由があると思うんだよ。愛されるためっていう理由がな」
それはラノベ表紙のヒロインだけでなく、犬や猫と言った動物はもちろん、人間にしても赤ちゃんなんて愛せずにはいられない愛嬌の権化のような存在だ。
そして、その可愛いは何も外見の醜美に限定されることではなく、内面の愛らしさにも適応されるだろう。
結局、内面を好きになれば、自然とそのものの外見も愛せてしまう。
「そういうものですか……」
「ん、他人事みたいな顔してるけど――」
理解は出来るが実感はない。
そんな曖昧な反応を示したアフィスティアに、望はニヤリと笑って言い放った。
「お前だって思いっきり可愛い部類に入ってるんだからな? 愛されるために生まれてきたような存在の一人だぞ」
実際に、妃菜は誰よりもアフィスティア――由菜のことを愛して、大切に思っているだろう。そうでなければ、闇堕ち寸前にまで陥っても諦めることなく連れ戻そうと戦い続けることなんて出来るワケがない。
理屈なんてものを超えた、愛情に他ならない。
と、望はただ妃菜の愛情の大きさを思い浮かべながら、その事実を口にしただけのつもりだったのだが。
「っ、だ、だからぁっ……」
アフィスティアからすれば望が何を思ってそんなことを言ったのかなんて知る由もないこと。急に可愛いと言われれば動揺もする。
その証拠とばかりにじわぁ、と恥じらいの色を顔いっぱいに滲ませながら望を鋭く睨んでいた。
「可愛いって言うなぁあああっ!!」
端から見れば痴話喧嘩の一幕であった――――